第138話 結束する兄弟
小国であるソフラノ王国の王都マシック。
その城内の庭の中央にある大木の上で一人の男が今日もまた一日を自由気ままに過ごそうとしていた。
顔付きは誰しもが思わず振り向いてしまうであろう美形だ。
しかし、それ以上に悪い意味で人目を引いてしまう姿をしていた。
背中まで伸びている薄緑の髪がボサボサに乱れて清楚さが些かかけてしまっている姿なのだ。
服装も元は質の良い生地から作られた洋服なのだが皺だらけなっているのに加えて着こなし方も雑と言わざるを得ない。
そんな残念美男、グランフォル・ソフラノは木漏れ日に浴びながら昼寝を嗜んでいた。
暑くもなく寒くもない。
これこそが昼寝に絶好の機会だと確信できる。
自分の身体を丁度良く支えてくれる木の枝でバランスを崩すことはなく疑いなく身を委ねられる。
(次は何処に行こうか〜)
もしこの思いを言葉に出してしまっていたら皆が顔をしかめてしまうがグランフォルは絶対に気付かないだろう。
だが、そんな至福の時間も自分を呼ぶ大きな声によって終わりを告げた。
「兄上!! 兄上!! どこですか!! 兄上!!」
目を開くとそこから見える廊下に見知った顔が慌てた様子で駆け回っていた。
(珍しいな……あいつがここに来るなんて)
そして、大声で叫んでいた青年はグランフォルの姿を見つけたらしく庭に入ってきた。
(げっ、なぜここが分かる……)
人が一人乗ってもビクともしない太い枝の上にいるグランフォルの姿は完全に隠れていると言ってもいい。
しかし、その青年はしっかりとグランフォルが寝転んでいる位置に視線を合わしている。
「兄上! いるのは分かっています! 出てきてください!」
(隠れても無駄か)
グランフォルは諦めて大木から飛び降りる。
「ったく、なんだよ。フィルイン。俺は忙しいんだ。用なら後にしてくれ」
フィルイン・ソフラノ。
金髪の髪に整った顔立ちと服装、グランフォルの対極に位置する存在と言っても過言ではない。
髪の色こそ違うが歴としたグランフォルの実の弟だ。
「兄上! そんなこと言っている場合ではありません!」
大声を張り上げて訴えようとするフィルインだがマイペースな調子を崩そうともしないグランフォルは青空を仰ぎながら尋ねる。
「それはそうとイリュンにいるはずのお前がなんでここにいるんだ」
イリュンとはソフラノ王国の二つある都市のもう片方だ。
長男であるグランフォルは父である国王の下で王都マシック、次男であるフィルインはイリュン、その統治を任されていた。
フィルインはグランフォルの言葉を聞いて唖然としている。
「兄上、この王都にいながら知っていないのですか……。……どうりで皆が探し回っているはずです」
フィルインの真剣な眼差しにさすがに異変に気が付いたグランフォルは真面目に尋ねる。
「……どうしたんだ? なんかあったのか?」
「何かではありません! 父上が、父上がお倒れになったのです!!」
「ち、父上が!?」
「一昨日のことです。本当に、知らなかったのですね……」
グランフォルは一昨日から忍んで街に出て遊んでおり一日跨いで今日の朝方に人目を盗んでここまで帰ってきたのだ。
知りようがなかった。
グランフォルはフィルインを置いて急いで走り出す。
身なりを整えている暇などあるはずがない。
王室に到着したグランフォルは勢いよく扉を開けた。
「父上!!」
「グランフォル王子……」
扉が開く音を聞いてゆっくりとこちらに首を向けたのはこの国が誇る二人の軍団長の一人、ジュロング・サフバスタだ。
「王子、何というお姿か……」
しかし、グランフォルはジュロングに目も向けずにベッドに近づいていく。
グランフォルの険しい顔を見たジュロングはそれ以上何も言わずに顔を伏せて一歩下がった。
「ジュロング、父上の容態は!?」
「病は重く医師もお手上げでもはや……手の打ち用がございません」
「嘘だろ。つい先日までお元気だった父上が……」
「グ、ラン……フォルか」
ベッドで目を閉じている国王ドルソン・ソフラノが微かに言葉を発した。
「父上……」
「父上!」
そのときグランフォルを追いかけてきたフィルインも王室に到着した。
その横にはもう一人の軍団長であるデンバログ・フォクンが控えている。
フィルインはグランフォルの下に駆け寄って衰弱しているドルソンに目を向けた。
「フィルインも来たか……」
「はい! 父上」
ドルソンはゆっくりと目を開けて横に並ぶ二人の顔を眺める。
グランフォルが知る覇気を宿した瞳は既に存在せずもはや一切の力強さは見られない。
「二人とも……儂は間もなく死ぬであろう」
「父上! なんと弱気なことを! 父上なしではこの不安定な世界を生き抜くことはできません!」
フィルインがそう悲しそうに声を荒げるがドルソンは力なく首を横に振る。
「お前たちは十分なほど逞しくなった。お前たちならば大丈夫だと儂は信じておる。何も不安に思うことなどない」
「父上、そんなこと……」
「フィルイン、静かにしろ」
フィルインの言葉をグランフォルが遮る。
「兄上……」
「父上の最後の言葉だ。しっかりと受け止めるんだ」
フィルインはその言葉に言い返すことはできなく押し黙った。
ドルソンは掠れた声で笑った後、ゆっくりと噛みしめるように言葉を出す。
「今まで通りこの王都はグランフォル、イリュンはフィルインに任せる。二人で協力してこのソフラノ王国を守ってくれ。頼んだぞ……」
「はい。はい! 安心してください。父上、必ずご期待に応えてみせます」
フィルインは地面に膝をつきドルソンの片手を両手で握りしめる。
グランフォルは目を瞑りゆっくりと頷いた。
そして、ドルソンはにかっと笑った後、完全に力を失った。
「父上……? 父上!!」
二人の軍団長は同時に敬礼をする。
その表情は悲痛に染まっていた。
ここでまた一人の王が死に新たな時代が開かれることとなった。
グランフォルは表情を変えずに踵を返して王室を後にする。
そのときグランフォルは自身の頬に伝う熱いものを感じた。
混乱する頭を必死に落ち着かせながら歩いているといつの間にか庭に戻ってきていた。
グランフォルは少し集中して高く飛び上がり再び大木の枝に寝転ぶ。
(父上が死んだ……か)
様々なことが頭の中で駆け巡っていく。
「兄上!」
しばらく時間が過ぎるとまたも自分を呼ぶ大声が聞こえてきた。
「フィルイン、今度はなんだ」
大木の側にはやはりフィルインが立っていた。
「父上が亡くなったのにまた昼寝ですか」
「今だからこそだ。ここで寝転んでいると頭が冴える」
フィルインは息を吐きだしてやれやれとばかりに頭を振る。
「次の王は兄上なのですよ。しっかりしてください」
「ああ」
グランフォルはむくりと身体を起こして大木から飛び降りた。
「フィルイン、俺を支えてくれるか」
「もちろんです。この騒乱を二人で乗り切りましょう」
二人は固い握手をした。
兄弟二人の結束は固く互いに信用し合っている。
だが、二人が知らぬうちにこの王国内に蔓延っている不和が蠢き始めていた。
それに気付かぬ間に一年の時が過ぎそしてまさに今、二人の絆に罅が入ろうとしていた。




