第137話 晴れ舞台
デルフとウラノは与えられた部屋で相談をしていた。
「まずこの小国を経由すればボワールに到着できるでしょう」
「……そうだな。全てお前に任せる。」
「ハッ」
ウラノは跪き頭を伏せる。
「それでアリルと陛下は?」
「既に向かわれているかと」
「そうか」
デルフは立ち上がるとウラノは顔をあげて尋ねてくる。
「向かうので?」
「ああ、せっかくだしな」
そして、デルフたちは天守に向かう。
デルフとウラノは気配を消して大広間の光景を伺っている。
大広間には正装をした武将たちが整列しておりその奥にはタナフォスもいた。
そして、身なりを整えたフレイシアとその護衛のアリルが同席している。
「というかなぜ殿はこそこそしているのです? 堂々と出席すればいいものの。これでは完全にこそ泥ではありませんか」
「仕方ないだろ。宴会などはうやむやにできるがこんな正式の場に俺が出るわけには行かないさ。後々に厄介なことになってしまう。……俺はともかくお前は行ってもいいぞ」
「何を仰せですか。殿の御側に控えることが小生の役割」
「そうか」
にやりとデルフは笑う。
そのとき大広間に動きがあった。
大広間にいた全員は一斉に頭を下げる。
すると、ナーシャとその前にはフテイルがゆっくりと歩いてきた。
どちらも今までデルフが見たこともないような礼服を身につけている。
ナーシャは皆より一歩前に出て中央に座りフテイルは上段の間に座る。
そうして即位の礼が始まった。
フテイルの前にタナフォスがお盆を目の前に置く。
フテイルはそのお盆に置いてある畳まれた紙を手に持ちそこに書かれた達筆の字を読み始める。
その光景をデルフは一切目を離さずに見届ける。
読み終わったフテイルはその紙をナーシャに手渡した。
ナーシャは両手で恭しく受け取り一礼する。
そして、フテイルは先程座っていた場所から斜め後ろに座りナーシャが上段の間にへと上がり上座に座った。
さらに様々な儀式を経てナーシャは正式に王位をフテイルより即位した。
この日よりナーシャはナーシャ・ギュライオン・フテイルと改名した。
座っているナーシャから漂う気迫はまさに王のもの。
デルフも見たことがないナーシャがそこにいた。
その後ろに座っているフテイルは嗚咽を漏らしている。
「師匠、見ていますか……。姉さんがフテイルの王になりましたよ」
デルフは勇ましくそして美しい姉の姿を見てそうポツリと零した。
それからナーシャは城下街に出て大きく演説を行い新たな王としてフテイルに君臨することとなった。
そして、別れの時が来る。
「もう行っちゃうのね」
「ああ」
即位の礼を終えたその日にデルフは出立を決めていた。
「だけどもう待っているだけなんてしないから! 今は無理でも絶対にあなたの役に立ってみせるわ!」
「期待しているよ」
「あなたも頑張りなさいよ!」
とんっとゆっくり胸を小突かれる。
それにデルフは苦笑して答えた。
「もちろん」
そして、ナーシャはフレイシアに目を向ける。
フレイシアは既にフーレに変装しており格好が様変わりしている。
初めてこの変化をみれば思わず二度見してしまうほどの変わり様だ。
「フレイシア。ふふ、私が先に王様になっちゃったわね」
「そうですね。私が王位を取り戻した暁には是非指南の程をお願いしたいです」
「それだともっと勉強しないといけないわね」
そう言ってナーシャはフレイシアを抱きしめた。
それにフレイシアも抱きしめ返す。
しばらく抱きしめあった後、二人は名残惜しそうに離れた。
「それじゃ……お姉様。お元気で」
「うふふ、最後の別れみたいにしんみりしなくていいのよ」
「ふふ、それもそうですね」
二人は笑い合い、フレイシアは馬車の中に戻っていった。
それに合わせてアリルも一礼して馬車に入っていく。
デルフは諄いようだがタナフォスに目を向ける。
それをタナフォスは嫌な顔を一つもせずに頷き返してくれた。
「それじゃ姉さん」
「あなたも元気でね」
デルフは一礼して馬車の運転席に乗り込んだ。
既にウラノは運転席で手綱を握っている。
「ウラノ出してくれ」
「ハッ」
そして、馬車は動き出した。
馬車を走らせながらウラノはチラリとデルフを見る。
「寂しくなりますね」
デルフの中に渦巻いていた感情を的確に言い当てられ少し驚く。
どうやら顔に出ていたらしい。
ポーカーフェイスは難しいなとデルフは苦笑してしまう。
「そうだな。それに加えてもう一つ気掛かりなことがあるが」
「はて? なんでしょう?」
「飯の心配をしたらどうだ?」
今まで料理を行っていたのはナーシャだ。
ナーシャがいなくなってしまった今誰が料理担当になるか。
「あっ……」
「言っておくが俺はできないぞ」
味の分からないデルフには料理はまずできない。
元料理人とかならば勘でできたかもしれないがたまにしか料理をしてこなかったデルフがすれば大惨事になるのは目に見えている。
「小生も、丸焼きぐらいしか……」
「……陛下に煩わせるわけにもいかない。アリルに期待するしかないか」
ウラノは大袈裟に顔をしかめさせる、
「大丈夫ですかね……」
「行っちゃったわね…」
走って行く馬車が見えなくなったナーシャはそう寂しそうにポツリと呟いた。
「あの者たちは止まらぬじゃろう。心配するだけ無駄じゃ」
「そうよね。あっ……そうですね」
「ハッハッハ、今更敬語なんて不要じゃ。さっきのように気軽にでよい」
そのとき側に控えていたタナフォスが近づいてくる。
「殿下、そろそろ執務室に……殿下?」
「あ、ああ私の事ね。まだ呼び慣れないわ」
大袈裟に首を振り笑ってみせるナーシャ。
「ハッハッハ、褪せることはない。徐々にじゃ」
そして、ナーシャたちは中に戻っていく。
だが、ナーシャはそこで自分を待っていた物をまだ分かっていなかった。
「えーと……これ全部?」
ナーシャは引き攣った笑みを浮かべて尋ねる。
「はい」
「嘘よね?」
「いいえ」
タナフォスは涼しい顔でそう言ってのける。
「ちょっと、お茶でも飲もうかしら……」
そーっと退出しようとするナーシャの肩にタナフォスは優しく手を置く。
「休憩は早うございます」
「そんな固いことを言わんでも良いではないか」
フテイルが助け船を出すがタナフォスは冷ややかな視線を向ける。
「大御所、それでどれだけお逃げになったかお覚えで?」
フテイルは口を詰まらせそっぽを向いてしまった。
ナーシャの味方は案外弱かった。
「殿下、早くお座りに。こちらが早急にまとめていきたい書類でございます」
ナーシャは身体が重くなるのを感じながらもやる気を出す。
(そうね。これが私の役目だもの! デルフたちに比べればこんなのお茶の子さいさいよ!)
ナーシャはパチンと両頬を挟むように叩く。
「さぁやるわよ!! どんどん持ってきなさい!!」




