第125話 見つかった後継ぎ
「お久しぶりです。フテイル様」
フレイシアは微笑みをフテイルに向ける。
凜としたフレイシアの雰囲気を初めて見たアリルは目を点にして見詰めている。
アリルとは違う理由だがフテイルもまた狼狽えていた。
「まさかご存命だとは……」
そう呟いた後、フテイルは慌ててその場に座り両手を地面に付けて頭を下げた。
それに合わせて後ろに控えていたタナフォスをはじめとする兵士たちも跪く。
「フレイシア様、先程までの無礼どうかご容赦ください」
「構いません。それよりもお立ちになってください。今の私は王女ではありません。そのように畏まる必要はないのですよ」
「いえ、そんなわけにはいきません」
頑なに頭を下げ続けるフテイルに戸惑っているフレイシアだが気を持ち直して優しく言葉をかける。
「せめて……顔はあげてくださいませんか」
「ハッ」
フテイルは顔をあげてフレイシアを見詰める。
その瞳は潤んでおりいつまた大泣きをするか分からない。
「殿下」
タナフォスが跪きながらタナフォスの側に近寄り耳打ちする。
フテイルは視線だけを向ける。
「この場よりも中に入ってもらいましょう。もはや警戒の必要ありませんでしょう」
「おお、タナフォスよくぞ申した。ささ、フレイシア様。続きは中で。一年前、王都で何があったのか。その真実をお聞かせください」
「分かりました」
フテイルは後ろに控えていた兵士を呼び案内するように言いつける。
デルフたちはフレイシアの後に続き歩き始める。
だが、フテイルの横を通り過ぎたときフテイルは持ち直していた自分の身長よりも長い薙刀を地面に落とした。
デルフたちは何かあったのかと振り向くとフテイルの表情は何か信じられない物を見たように驚きに染まっていた。
口をぱくつかせながら必死に心を宥めさせようとしている。
その視線の先にはナーシャがいた。
それに気が付いたナーシャは一回後ろを見て誰もいないことを確認すると自分に指を向けながら首を傾ける。
「私?」
だが、フテイルは頭が追いついていないのか震えているだけだった。
そして、一言ポツリと呟いた。
「エレメア……戻ってきてくれたのか」
その言葉に動揺したのはナーシャだ。
「エレメア? 母を……知っているのですか?」
「母……じゃと?」
「は、はい。私が子どもの時に死んじゃいましたけど」
「なんじゃと!? ……そうか。死んだのか。親よりも先に逝くとはこの親不孝者め……」
フテイルは遠くの空を眺めて一筋の涙を零した。
「ナーシャと申したか……詳しく話を聞かせくれないかの」
そして、一同は城内にある会議室に向かった。
会議室には机や椅子はなく畳の上で座布団を敷いただけだ。
上座にはフテイルの願いもありフレイシアが座り左側にデルフたち右側にフテイルとタナフォス、そして侍大将であるサロクを含めた三人が縦に並んで座っている。
サロクを前に見たときは鎧姿だったが今は着物を着用している。
だが貫禄は前よりも増しておりもし敵となれば一筋縄ではいかないだろう。
ナーシャが自身の境遇について話し終わるとフテイルは唸っていた。
「そうか。お主の父親はあのリュースと言う若僧じゃったか。神速……そうか通りで。奴の性格からしてエレメアからは何も聞いておらんかったのじゃろう。エレメアは頑固じゃからのう」
ナーシャも両親を思い出したのか儚げな表情をする。
「それでじゃ……」
「殿下」
フテイルが何か言おうとしたときタナフォスが止めた。
「何を言おうとしているかは存じていますがまずはデストリーネに何があったかをお聞きになりましょう」
フテイルはそれに同意しフレイシアが頷いて話し始める。
デルフがしても良かったがデルフの姿や雰囲気は傍から見れば不気味でありフレイシアが行った方が説得力はあると判断した。
(しかし、さっきから視線が痛いな)
先程からずっとサロクに睨まれていた。
(初対面ではないはずだが。まさか……俺だと気付いていない?)
しかし、危険視されるのは当然でデルフも同じ立場であればそうするので文句はない。
デルフはフレイシアの話に集中する。
「まず見ての通り私は生きています。それなのになぜ王都に戻らないのか。それは一年前の魔物による王都の襲撃並びに国王を排した元凶は兄であるジュラミールの蛮行にあるからです」
「なんと……信じたくはなかったですがやはりジュラミール様が……」
やはりフテイルたちもジュラミールの怪しさからそう推測していたようだ。
「私も危うく命を落とし欠けましたがそこにいるデルフのおかげでなんとかこうして生き延びることができました」
「そうでございましたか…」
フテイルは神妙な顔になり顔を俯かせる。
「私の目的はお父様の跡を継ぐことです。そこでフテイル様にお願いがあります」
「何なりとお申し付けを」
「私に協力してくれないでしょうか。勝手なお願いというのは重々承知しております。今の私は何の力もありません。御礼も全てが成った後になります。それを承知でお願いします」
フレイシアは頭を下げる。
それに合わせてデルフたちも頭を下げた。
「フレイシア様。お顔を上げてくだされ。」
フテイルは慌てて答える。
「ジュラミール様はハイル様のご子息。しかし、儂としても謀反人に加担などするつもりは毛頭ございません。もちろん……」
「殿下、お待ちを」
タナフォスがフテイルの言葉の途中で制止の声をかける。
「どうかしたのか? タナフォス」
このような口を挟む行為は普通であれば叱責ものであるがフテイルは気を害した様子もなくタナフォスに尋ねる。
これもタナフォスが優秀であり絶大な信頼を置いているからこそだろう。
「殿下」
タナフォスは微笑みを向けるとフテイルは察したのか少々引き攣った笑みを浮かべていた。
「まさか、このようなことにまで考えを巡らせておったのか」
「某は軍師ですので」
「恐ろしい男よ」
フテイルは軽く笑いフレイシアの方へ身体を向ける。
打って変わって真剣な表情だ。
「フレイシア様。協力に当たり一つお願いの儀があります」
「何でしょうか? 今の私にできることなら何でも致しましょう」
フテイルは少し溜めた後、口を開いた。
「そこのナーシャを儂の後継ぎに据えることのお許しを頂きたく存じます」
最初のうちはタナフォス以外の誰もが首を傾げた。
「え? え? ええええええ!? わ、私が!?」
当の本人であるナーシャは動揺しまくりである。
「一応、理由をお聞かせ願いますか?」
「元より後継を探していました。本来ならば一人娘であるエレメアに継いでもらうつもりであったが大喧嘩をしましての。……それが今生の別れとなりましたが」
この場にいる全員は黙って聞く。
「儂ももういつまで生きれるか。そんなときにエレメアの一粒種がこの場にやってきたのです。もはやこれは天命。儂の望みはただ一つ。お主にこの国の王の座を継いでもらいたい」
フテイルはその場で深々と頭を下げる。
ナーシャは何も発することができずに狼狽えている。
フレイシアも狼狽えておりそれを見たデルフがこの場で初めて口を開く。
「それは……この国の総意でありましょうか。姉さん……ナーシャさんが板挟みになる心配は?」
デルフの質問に答えることなくフテイルが顔をあげて目を細める。
「姉じゃと? お主もまさかエレメアの子か?」
「いえ、私はリュース・ギュライオンの弟子としてナーシャさんと過ごしてきました。ですが血のつながりはないとはいえ私はナーシャさんを姉として慕っております」
「そうよ! デルフは私の自慢の弟なんだから!」
興奮気味にナーシャは立ち上がり意気揚々と答える。
先程の緊張や戸惑いは感じさせない自信たっぷりな言いようにフテイルは身じろぎする。
「う、うむ。お互いの絆は強固なように見える。疑いもなく良い姉弟なのじゃろう」
そして、タナフォスが咳払いし口を開く。
「先程の質問の答えだが、そのような心配は無に等しい。この国は殿下の存在で一つにまとまっている。殿下の直系の後継ぎとあらば民たちは喜んで支持するであろう。無論、某たちも身命を賭して仕える所存」
タナフォスの瞳には揺らぎはなくデルフは数回頷いた。
「そうか」
デルフは決心する。
「姉さん。いい話だと思う」
デルフは隣に座っているナーシャに耳打ちする。
「ちょっと、私、王様なんて無理よ!」
ナーシャも必死に小声で訴えてくるがすぐさまデルフは諭すように言葉をかける。
「もし姉さんがこの国の王となればフレイシア様をお助けすることができる。もちろんこの国を守り抜く責任も生まれるがそれはあのタナフォスに任せればいい。あいつは頼りになる」
「でも王なんて……」
「なら今あいつらに無理難題を突きつければいいさ」
「そ、そうね」
ナーシャはこくりと頷き人差し指をピンと立てる。
「一つ条件があるわ」
「申してみよ」
フテイルが言葉を促すとナーシャは口を開く。
「私はフレイシアに全力を持って協力する! それでもいいの? 私が王様になったらこの国の戦力を惜しみなく全部使うわよ。それなら私は喜んで王様にも何でもなってやろうじゃないの!」
その言葉を聞いてフテイルはしわくちゃな顔を歪ませ大いに笑う。
「よし! 決まった!」
「えっ?」
無理難題を突きつけてやったと満足げにしていたナーシャは拍子抜けをしてしまう。
「ハッハッハ。儂は元からそうするつもりじゃ。フレイシア様にはデストリーネの新たな王として返り咲いてもらう。そのために協力を惜しむことなどあってはならぬ」
「え、う、嘘でしょ……」
タナフォスたちもやれやれといった表情で息を吐いている。
「前王ハイル様には多大なご恩がある。ハイル様の死に際に立ち会えなかったことをこの一年悔やみ続けてきたのじゃ。今こそまさに恩返しの時、タナフォス! サロク! 異存はないな!」
両名は深々と頭を下げる。
「仰せのままに」
「ハッ!」
そして、フテイルが二回手を叩くと数名の着物姿の侍女がやってきた。
「頼むぞ、お前たち」
侍女たちはフテイルに一礼した後、ナーシャを連れてどこかに行ってしまった。
「ちょ、ちょっと押さないで。どこ行くのよ〜〜〜〜!!」
デルフは改めてフテイルに向き直る。
「フテイル様。姉をよろしくお願いします」
デルフは頭を下げる。
「無論、大事な後継ぎじゃ。ナーシャの命は儂よりも重い。お主たちもそう心掛けよ」
「「ハッ!!」」
タナフォスとサロクの二人が返事する。
「フレイシア様もこれでよろしいでしょうか」
最後にフテイルがフレイシアに確認を取る。
「もちろんです。お姉様……いえナーシャさんがこの国の王になってくれるのは私としても心強いです」
フレイシアは笑顔で答える。
『これで良かったのか?』
リラルスがそう問いかけてくる。
(ああ、この国ならば安心して任せられる。正直、俺一人で陛下と姉さんを守れるかと言われると絶対と答えることはできなかった。それに姉さんを俺の道に巻き込みたくなかったからな)
『そうじゃの。この国ならばたとえデストリーネでも迂闊には落とせぬじゃろう』
(しかし、まさか姉さんがフテイル様の孫だったとはな……。まさかココウマロさん、こうなることを見越していたのか……)
そして、フテイルがデルフについて尋ねてきた。
「そういえばココウマロのやつは何をしているのじゃ?」
その問いかけにデルフたちは顔を曇らせる。
「そのことについては小生から申し上げます」
「おお、ココウマロの孫じゃな」
ウラノは一礼をして口を開く。
「おじじ様は一年前の襲撃の際、小生たちを逃がすため殿を務め討ち死に致しました。……見事な最後でした」
そのウラノの言葉にフテイルは驚きはしたがそれも一瞬、すぐに思いを馳せたように数回頷いた。
「そうか。そうじゃったか。あいつはしっかりと使命を果たしたのじゃな」
「伺ってもよろしいでしょうか?」
「ん?」
「おじじ様とフテイル様のご関係は?」
「そんなことか。なに、儂の弟じゃよ。我が最愛の娘の従者にした男じゃぞ。一番信頼を置ける者を付けるのは当然じゃ。しかしまさか家出の手伝いまでするとは思わなんだ。確かに儂はエレメアの言うことを聞くようにとは言ったが……」
途中から独り言のようにぶつぶつと呟き始めた。
「驚いた……。おい、ウラノ。つまりあれだぞ。姉さんとお前は”はとこ”ということになるな」
「……そうなりますね」
「なんで嫌そうなんだお前……」
そのとき兵士の一人がこの場に走ってやってきた。
「どうした?」
サロクは緊急事態とすぐに判断し兵士に尋ねる。
「敵襲です! デストリーネから大軍がフテイルに向けて侵攻中にございます!!」
その声と同時に国中に鐘の音が響き渡った。




