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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第9章 解き放たれる殺人鬼
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第112話 侵入

 

 デルフは王都を囲んでいる広い幅の壁の上に立っていた。


「壮観だな。こうして王都を見るのは初めてだ」


 空の遙か先では太陽が沈みかけており夕暮れ時の王都の景色が広がっていた。


 心地よい向かい風が勢いよく吹いているがデルフの身体は揺らぐことはない。

 その代わりに長い黒の髪が靡く。


『さて、目的はどこなのじゃ?』


 デルフは王都のある部分に指を指して答える。


「刑務所だ」

『なるほどのう。罪人か』

「まぁしばらくここで待つけどな」


 こそこそ動くなら夜中に限る。


 今はまだ夕暮れだ。


 日光はそれを程強くはなく直視しても眩しくはない。

 ゆっくりと沈み行く太陽を眺めながら無言で夜を待った。


 先程、逃がした騎士もあの速度ならば王都に着くのは朝方で時間はまだまだ余裕がある。

 これでこれから起こる王都襲撃の首謀者も明らかになるだろう。


 そして、太陽が完全に見えなくなり徐々に残っていた光がなくなっていく。


 デルフは目を奪われるほど綺麗な王都の景色を惜しみつつも見納めし目を瞑った。


 そして、身体をゆっくりと前に傾けていき足が地面から離れる。

 重力に身を任せ頭から急速に落下していく。


 一見するとただの自殺の最中に見えるがデルフの口元には笑みが浮かんでいる。


 現に重心が安定せずに回転する落ち方ではなく一直線に落ちているのだ。


 周囲は暗くなっておりデルフは闇に溶け込んでいる。

 落下しているデルフの姿を捉えることをできる者は一人としていない。


 着地と同時にその勢いのまま地面を強く蹴る。


 デルフの身体は既に人間の限界を超えておりその衝撃による痛みどころか痺れすらない。

 もはや、人間とは言えないかもしれないが。


 デルフも自分で行っておきながら少しだけ驚いていた。


 (これならば多少の無理が利くか。やっぱり強いってのは得だな)


 勢いを殺さないことで得た凄まじい速度で真っ直ぐ進む。

 夜道を歩いている人々の隣を通り過ぎるが精々強い風が吹いたという認識しかないだろう。


『詳しい場所は分かっておるのか?』

(何言っているんだ。俺は副団長だったんだぞ。何よりその前はここが仕事場だ)

『ふっ。愚問じゃったか』


 デルフは裏道を通り広大な王都内にある目的の場所に僅か数分で到着した。


 王城の外れにある一つの建物。

 そここそデストリーネ王国の最大の刑務所である。


 大きさは二階建てだがその広さは広大だ。


 罪人たちは一律として刑務作業を強制されるがただ一つ例外がある。

 それは死刑囚である。


 死刑囚は刑務作業を与えられず執行までの間、牢屋に入りっぱなしとなる。


 しかし、デストリーネ王国では死刑執行の前例はなく死刑判決は終身刑とほぼ同義となっているのが真実だ。


 そんな死刑囚が収監されている場所はこの刑務所の地下牢だ。


 脱獄を考える気力を簡単に削ぐほどの深いところにある。

 目的の人物はそこにいる。


 デルフは容易く刑務所に侵入した。


 入り口には門番がいるがわざわざ入り口から侵入してあげる必要もない。


 王都に侵入した方法と同じく壁を昇り侵入したのだ。


 しかし、刑務所だけあって警備レベルは相当で見回りの看守が多数歩いているのが目に入る。


 さらに至るところに松明があり暗闇に溶け込むのは難しそうだ。


 明るい場所では黒の姿はかえって目立ってしまう。


 しかし、そんなことデルフにとっては些事以外の何事でもない。


(阻む者は排除していくだけだ)


 デルフは刑務所内の構造も把握しているが少し変わったようにも見える。


 どうやら魔物襲撃によってこの場所も被害をゼロというわけではなかったようだ。

 外からでは分からなかったが壁の汚れが全くない箇所が見られる。


 それから補修だけではなく改修も行ったことが予想できる。


(これは……少し骨が折れるな)


 デルフは闇雲に探すのは後回しにして取り敢えず前と同じ地下牢への入り口に向かう。


『デルフ、前に人じゃ』


 デルフはそのリラルスの声と共に行動を開始した。


 走っていた速度を緩めることなく看守との距離を詰めた。


 刑務官がデルフの姿に気が付く前にその顔を掌で覆う。


 そして、魔力を集中させる。


 すると、その看守は一瞬で黒く染まり灰となって消えてしまった。


 その様子をデルフは足を止めて見届けることなくさらに奥に進んでいく。


(殺す必要はなかったか。いや、もしかしたら姿を見られたかも知れない。今はまだばれるわけにはいかない)


 デルフが刑務所にいる事がばれるともしかしたら天騎十聖の誰かもしくは全員が出張ってくるかも知れない。


 ばれる分には問題はないがそれは明日の朝の予定だ。


 目的が達成できていない今ばれるのは即時撤退を余儀なくされ王都に忍び込んだ意味を成さない。


 わざわざ“黒の誘い”で看守を倒したのも騒ぎを起こさないためだ。


 短刀で殺せば血が噴き出し辺りを汚し死体も残ってしまう。


 しかし、看守の一人が行方不明であることがばれるのは時間の問題だろう。


 デルフは足を速める。


 幸いあれ以降、看守には出会わずに前と同じ地下牢までの入り口に到着した。


(よかった。ここの場所は変わっていないようだ)


 そもそも考えて見れば地下牢までの道のりを変更するのは無駄な労力がかかりすぎる。


 たとえ魔物の襲撃によって耐久度が低くなっていたとしても補修だけして入り口を変えるという可能性は限りなくゼロに近いだろう。


(少し慎重になりすぎだったようだな)

『いや、敵はあのサムグロ王じゃ。常識で考えていたら足下を掬われる。今ぐらいで丁度良いじゃろう』


 デルフは鉄格子に施錠されていた南京錠は握りつぶして中に入る。


 中には先が真っ暗なほど深い階段が下に伸びており壁には一定間隔に松明が灯っていた。


 デルフはゆっくりと警戒しながらその階段を降りていく。


 およそ数十分ほど下り続けようやく底と見える鉄の扉の前に到着することができた。


 これ以降はデルフにとって未知の場所になる。


 デルフも構造自体は知っているが地下牢には入ったことはない。


 デルフは鉄の扉を開こうとする。

 だが、開かなかった。


(鍵がかかっているな)


 しかし、デルフに鍵なんて関係ない。

 デルフは右手を強く握りしめて振り抜いた。

 鉄の扉は轟音を鳴らして吹っ飛び地面を引きずっていく。


(さて、行くか)


 無くなった鉄扉の先には広々とした一部屋に続いていた。

 部屋の奥には先程の鉄扉よりもさらに大きく厳重な扉が見える。


 恐らくその扉が死刑囚の牢獄に繋がっているのだろう。


 そして、その隣には看守が在中している小部屋があった。


 小部屋からはデルフの姿は丸見えだが看守は気が付かずに背を向けている。

 そもそも鉄扉を破壊したときの轟音にも気が付いていないのだ。

 何かに熱中しているのだろう。


 そうだとしてもデルフは隠れる気などもうさらさらなく冷たい足音を立てながら扉に近づいていく。


 流石の看守の背後からの冷ややかな気配に気付き振り向く。

 驚いた顔でデルフを見るのも束の間、看守は剣を携えて警戒しながらデルフに近づいてくる。


「誰だ! 貴様!! どうやってここまで入ってきた!?」


 デルフは何も答えない。

 答える必要なんてないのだ。


 これから死ぬ人物に向かって。


 警戒して立ち止まった看守に向かって歩き続けるデルフ。


 デルフの異様な気配に怖じ気づいた看守は走って小部屋に戻ろうとする。


 しかし、デルフはその速度を優に超えている。

 看守は騎士よりも数段劣る兵士が担っているのだ。


 デルフの敵ではない。


 走る看守に余裕で追い抜き対面したデルフは看守の肩にポンと手を置く。


 そして、デルフは何事もなかった様に牢獄の入り口である大扉に歩き始めた。


 始めは何をしたか分からない看守だったがみるみると顔が恐怖に染まりやがて絶叫を上げ始めた。


 しかし、それも一瞬でなくなり気配すらもなくなったことをデルフは背後から感じ取った。


(悪いとは思わない。理由付けもしない。呪いたければ呪え)


 デルフは大扉の前に立つ。


 先程と同じ要領で右手の拳を大扉に打ち付ける。

 だが、一撃では大きなへこみができるだけで破壊するまでは至らない。


 仕方なくデルフはもう一回行い、今度は大扉を吹き飛ばすことに成功した。


 地下牢は至る所に鉄格子で塞がれた部屋がありそれぞれの中には死刑囚と思しき者たちが数人ずつ入っていた。


 デルフに気が付いたのか数え切れない視線が突き刺さる。


 だが、その視線は妙に弱々しい。


 まるでこの国の闇の部分が見えた気がした。


(死刑が執行されないというのも大きく見れば辛いということか。生き地獄だな、これは)


 何かをさせられることもなく未来の望みもない者たちがただ生かされ続けている。

 この狭い牢の中で。


 重罪を犯した者に相応しい刑は死ではないというのがこの国の考え方なのだろう。


 死よりも辛い苦しみがあることをデルフはこの光景を見て知った。


 中には気が狂って自ら死を選ぶ者もいそうだ。


 いや、もしかするとそれが死刑の執行なのだろうか。


 自ら死を選ぶまで待ち続ける。


 その答えは今となっては知ることはできないが。

 そもそもデルフにそこまで興味はない。


(しかし、元気なのもいるな)


 周りが弱々しい反面、そんな者が特に目立つ。


 デルフ向けて放たれる怒鳴り声が牢獄内に響き渡る。


 内容はここから出せの一点張り。


 もちろん、そんな者にデルフは耳を貸さない。


 強ければ思案したが横目で見た限りではため息がでそうなほど残念だった。


 先程の看守の方がどれほどマシか。


 己の力量を即座に判断し応援を呼ぶため小部屋に戻ろうとした看守にデルフは細やかな賞賛を送る。


(人を守るために騎士になった俺が次は国を壊すために人を殺すなんてな。こんなことをしているなんて陛下にはとても言えないか)


 デルフは自分に向けて皮肉げに言う。


 リラルスは空気を読んで無言のままだ。


 真っ直ぐ進んでいくと徐々にブツブツと聞き続けると気が狂いそうになりそうな声が聞こえてきた。


 デルフはその声を聞いて少し安堵し近づいていく。


(予想通り執行はされていないようだ)


 そのブツブツとした声は一つの牢屋の中から発せられていた。


 隣の牢屋ではその声を遮るように耳を塞ぎながら声を出して誤魔化す囚人が多数見受けられる。


 中には気が狂ったように壁に頭を打ち付けている者もいた。


 デルフはそんな声を発する牢屋の前に立ち目的の人物を発見した。


 そして、声を掛ける。


「久しぶりだな。アリル」


 すると、声がピタリと止まった。


 牢屋の中にいた桃色髪の少女がゆっくりと顔を動かし今にも死にそうな隈のできた目でデルフの姿を捉えた。


「え? デルフ、様?」


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