第106話 改めて
「さて、これからどうするか……」
リラルスは目を瞑りしばらく熟考を重ねたあと口を開く。
「ウラノよ。戻ってこれるか?」
そう言ったのも束の間、ウラノはリラルスの目の前に跪いて現われた。
「相変わらず早いのう」
「いえ、主の命にすぐさま参上するは臣下の務め」
頭を下げながらウラノは重々しく言う。
「ふむ……身体はデルフじゃが私はデルフではないぞ?」
リラルスがそう言うとウラノは顔をあげて言葉を紡ぐ。
その表情はどこか微笑んでいるようにリラルスは感じた。
「リラルス様は殿の命の恩人並びにご友人と聞き及びました。ならば殿のご不在の今、小生はリラルス様の指図に従います」
その言葉にリラルスは目を剥いて驚いた。
「その言葉は助かるのじゃが……良いのか?」
「短い時間ですがリラルス様を見させて頂きました。それにナーシャ様のお言葉、それらを用いて十分に信用にたる人物であると確信しています。なにより自分の目には自信がありますから!」
最後の言葉は自信満々に強調して胸を張って答えた。
それを聞いてリラルスは笑う。
「さすがデルフの配下じゃ。面白いことよ」
そして、リラルスは一回咳払いしたのちにウラノに向き直る。
「それではデルフが回復するまでの間、私が代理となる。異存は?」
「もちろんありません」
リラルスは満足そうに数回頷く。
「では早速で悪いが頼みがある」
「なんなりと」
ウラノは頭を下げてリラルスの言葉を待つ。
「デストリーネの現状を確かめてきてくれ。ケイドフィーアは一年は猶予があるとは言っていたが念のため確かめたい。できるだけ多くの情報を集めてくれ」
そして、リラルスは横目で話しているフレイシアとナーシャを見た。
「それと余裕があれば召し物と食料の調達を頼む」
「かしこまりました」
ウラノは頭を下げて了承する。
「リラルス様、ひとつよろしいでしょうか?」
「なんじゃ?」
「それらの任務が終わり次第、一度挑戦の森へ向かいたいのですが……」
それを聞いて「なぜ?」と思ったリラルスだったがすぐに思い当たることがあった。
「三番隊か……」
確かに三番隊のその後はデルフからすれば気になることだろう。
三番隊とは王都で落ち合う約束になっていたが無事に王都に着いたのか定かでは無い。
今のリラルスたちは明らかに情報が足りていない。
ケイドフィーアから過去の話を聞いたがそれはあくまでも過去の話だ。
ウェルムの目的やこれからの行動を推測することはできるがあくまで推測の域にしかなっていない。
リラルスは考え通りになったことがまだ一つもない。
現状の把握が何よりも優先すること。
(抜け目がないのう。ならば、ついでに頼むとしようかの)
リラルスは口を開く。
「それならば各地の王国と……一と二と四は既に敵方じゃろうから残る五番隊の動きも少しでいい無理のない範囲で調べて置いてくれ」
クロサイアと呼ばれる小娘は新しい四番隊隊長でありクライシスは言うまでもない。
そして、”エイムちゃん”と呼ばれる者は恐らくグーエイムと呼ばれる一番隊の副隊長であり隊長であるドリューガが不在である以上、一番隊の実権を握るのは彼女であることが予測できる。
つまり、一、二、四番隊は取り込まれているだろう。
残るは三番隊と五番隊だが特に五番隊が敵に付くことは何としても防ぎたい。
隊長であるイリーフィアはドリューガにも引けをとらない人物。
むしろ味方にしたいぐらいだ。
「はっ!」
「もしかすると既に三番隊は王国に到着しており既に取り込まれているかもしれん。そのときは深追いはせず報告に来て欲しい。勝手にデルフの配下を使って死なせたとあっては申し訳がつかないからのう」
ウラノは頷きその場を去って行った。
「次は……まずこの右手じゃな」
リラルスは無くなった右腕を見た。
そして、回復した微量の魔力を捻りだし黒い霧が無くなった右腕部分に収束させる。
「確か構造は……」
以前見た義手の構造を記憶から探り出して“衣服生成”を発動させる。
黒の霧が徐々に形を織りなしやがて鉱石で作成したような光沢を放つ黒色の義手が出来上がった。
リラルスは何回かその義手の拳を握りしめたり広げたりを繰り返して動作を確認する。
この義手は以前の義手の構造を真似て作りだした物で見せかけの腕ではなく魔力による動作が可能となっている。
面倒くさがらず義手の構造をデルフの中からじっくり見ておいて良かったとリラルスは内心で笑った。
「初めての試みじゃったがうまくいったようじゃの」
そんなリラルスの様子を見てフレイシアとナーシャは息を漏らす。
「リラルスさん? 何? 今の魔法?」
辛抱できずにナーシャが捲し立てる。
「ああ、“衣服生成”と言って元は着ている服を作り替えて別の服にするという魔法じゃが……魔力量が格段に上がってのう。魔力で衣服が生成できるようになったのじゃ」
「なにそれ、もの凄く便利な魔法じゃない。だけど、その義手って金属よね?」
「うむ。私の魔力でできた金属じゃ。なんかできるかなと思ってやってみたら思いのほかうまくいった」
「うまくいったって……」
平然とそう答えるリラルスにナーシャは唖然としてしまっている。
「これならば武器も作れるじゃろうが…ルーの方が全てが上で作る価値はないじゃろう。しかし、こうなると“衣服生成”では名が寂しいのう」
リラルスは頭を悩ませる。
義手や武器などは衣服ではない。
別に気にすることも無いだろうがリラルスは真面目なのだ。
「うーむ。……“武具錬成”と言ったところか」
リラルスが悩みながら小さく呟いているとフレイシアが恐る恐る尋ねてくる。
「ところでリラルス様……」
そう口を開いたフレイシアの言葉を遮るようにリラルスは苦笑する。
「様は止めてくれ。お姉様の面影があるお主にそう言われるのはくすぐったい」
「お姉様?」
そう首を傾げたフレイシアを不思議そうにリラルスは見た。
そんなフレイシアを見て疑問に思ったリラルスは確かめるため質問をする。
「私が滅びの悪魔と呼ばれていることは知っておるか?」
「は、はい。先程、お姉様……ナーシャ様から聞きました」
それを聞いたフレイシアは何かを察したように頷く。
「そうか。公爵様は隠しておられたか。いや、それもそうじゃ。滅びの悪魔が王となった公爵様の身内だと知れれば不味いからのう」
「あの、公爵様とは?」
「ん? ああ、グラスニー様の事じゃ」
フレイシアはその名に心当たりがあったのか少し顔を曇らせた後、驚いたようにリラルスの顔を見た。
「グラスニー? 知っているの?」
「は、はい。その名前は初代の名前と同じです」
「……あー! そういえば!」
「お主たちが考えている人物に相違ないぞ」
フレイシアは改めてリラルスに視線を合わせる。
「失礼を承知で聞きます。あなたの本当の名前をお聞かせください」
「そうじゃの。この名は捨てたんじゃが、お姉様の子孫とあれば言うべきであろうな」
リラルスは一息置いてフレイシアに本当の名を告げる。
「リラフィール・ルースフォールドじゃ」
「ルースフォールド……二代目に嫁がれた奥方の家名と同じ」
「その者が私の姉じゃ。つまり、広く言うと私はお主の遠い先祖に当たる。あまり歳を実感したくないのじゃがな」
「そ、そうでしたか。何か胸のつかえが取れた気がします。道理でお父様が滅びの悪魔……あなたの話をするときどこか悲しげだったわけです」
「察するに私のことは王を継いだ者だけにしか伝えられていないのじゃろう」
一人、話しについて行けていないナーシャがリラルスとフレイシアの顔を交互に見ている。
「と言うことはあなたのことはご先祖様かおば様と呼ぶべきですか」
それを聞いたリラルスはしかめ面をし大声を出す。
「そ、それは……止めて欲しいのじゃ! ……私のことは……リラルスか、そう! リラと呼んでくれ!」
「リラ?」
「昔、そう親しい者に呼ばれていたのじゃ。本音を言えばお主たちにはそう呼んで欲しい」
この場にはいないが恐らく聞いているであろうウラノに向けてもそう言う。
(もちろん。デルフのやつもな……)
「ああ、もちろん様付けは不要じゃ」
リラルスは話の原点たる事柄を含み笑みを浮かべ指を立てて念押ししておく。
「分かりました。リラさ……ん」
「うむ。懐かしいのう……」
リラルスは儚げに上を向く。
「それで、言いかけていたことは何じゃ?」
フレイシアは姿勢を正して改めて口を開く。
「……しつこいようですが本当にデルフは無事なのですか?」
「損傷は酷いが無事じゃ。安心せよ」
その言葉を聞くとフレイシアは腰を抜かすように地面に手を着いた。
フレイシアもナーシャから話を聞いていたはずだが実際に自分の耳でリラルスから聞くまで安心できなかったのだろう。
それからしばらく時間が経った後、ウラノが帰ってきた。
リラルスが下した命を滞りなく僅かな時間で果たしたのだ。
「早かったのう。早速で悪いが聞かせてくれ。いや、先に彼女らに服を。その濡れた服では気分が悪いじゃろう」
「はっ」
ウラノはせかせかと自分が調達した服をフレイシアたちに差し出す。
「そういえばリラさん」
魔物との戦いでボロボロとなった服から新品の洋服に着替えながらナーシャが口を開く。
一応、男であるウラノが側にいるにもかかわらず気にせずフレイシアも着替えを始めた。
ウラノは誰からも文句を言われてないのだが顔を赤らめながら「少し失礼します」と言い残し外に出て行った。
そのとき、「小生を誰も男だと思ってくれていない……」と悲痛な呟きをリラルスは聞き逃さなかった。
(私も今はデルフの身体じゃが……平然としておるな。ウラノとは逆で私は女とみられているのか……はたまた見られても良いと考えているのか)
リラルスはナーシャの質問に対する返答がまだであったことに気が付き口を開く。
「なんじゃ?」
「リラさんの魔法があれば服を作り出すことができたんじゃないの?」
「まぁそうじゃが。私の魔力はちょっと特殊で私とルー以外には危害が加わる恐れがある。できるだけ最小限にすることができるが完全ではないのじゃ」
「それって天人だっけ? そうなったせい?」
「……そうじゃ」
「あー嫌なこと聞いちゃったわね。ごめんなさい」
ナーシャが頭を下げて謝罪する。
「よいよい。気にしておらん」
リラルスは手で押さえるようにナーシャを宥める。
そして、ナーシャたちの着替えが終わりそれを見計らいウラノが戻ってきた。
改めてウラノから聞いたデストリーネ王国の現状は思わずリラルスの顔を渋くさせた。




