第100話 新たなる幕開け
ウェルムは自分の身体が動ける事に気が付き試しに手を動かす。
『……今はウェルムと名乗っているようですね』
「ええ、母上こそよくぞご無事で」
光の女性とウェルムはお互いに警戒しながらさらに会話を続ける。
ウェルムの配下たちは目の前の女性の魔法の力により動けずにいた。
ウェルムはそんなクライシスたちを横目で見て引き攣った笑みを浮かべる。
「まさか僕の精鋭たちが動きを封じられるとは……流石、大魔術師ケイドフィーアだ」
「買いかぶりすぎですよ」
ケイドフィーアは微笑む。
そこで二人の雰囲気は変わった。
ケイドフィーアの耳鳴りのような声も鮮明に聞こえ始めた。
「それで母上は何のようで?」
「お分かりのはずです。あなたの歪んだ野望を止めるため。完全に封印したと思っていましたが……万が一のため魔力をあの子に残して置いて正解でした」
「歪んだ? ふふふ、どこがですか? 私はあなたと同じ道を目指しているはずですよ」
「同じ目的とは言えやり方があまりにも……惨すぎます。あなたの進む道は決して平和などではありません。無用な死者を増やし続けているだけに過ぎません」
「僅かな犠牲で世界が平和になるのです。各地で広がる戦争によって生じた死人との数を比較すれば天と地の差があります」
「あなたには人の命の重みが分かっていません!!」
ケイドフィーアはウェルムに怒鳴りつける。
「母上には到底分かることはないでしょう!! そして、分からなくて結構です!! 現に母上のやり方では平和は訪れませんでした! あなたのやり方は間違っていたのです! 母上、現在、あなたがなんと呼ばれているか知っていますか?」
ただ言葉を交わした喧嘩のように見えるが実際はお互いの魔力をぶつけ合っていた。
だが、お互いそれは無意識のうちに身体から飛び出したものだ。
この時点でも両者が人の領域を越えた者であることが分かる。
ケイドフィーアは全てを熟知しているが無言を貫きウェルムはそんなことに一切構わず言葉を続ける。
「力に溺れた最悪の魔女。あなたはそう呼ばれているのです。あなたの言葉は誰の耳にも届きませんでした。偉人は死んだ後、考えを認められると言われていますがあなたは変わらず大罪人として後世に伝わっているのですよ」
「たとえそうであっても私が行ったことに何一つ後悔はありません」
「あなたほどの力があれば力で押さえつけることなど容易かったはず。あなたは甘すぎたのです。私はあなたが成し得なかったことを成し遂げそれをもってあなたを越える」
「あなたは真には平和を求めていないのです! あなたが言葉で理解してくれないのはあのときから理解しています! たとえ、あなたを傷付けてでも私が責任を持って止めて見せます!」
ケイドフィーアは両手に魔力を込める。
輝いている身体よりも発光した両手には許容できないほどの力が収束している。
それを見てウェルムは笑う。
「やはり思った通り……母上、あなたのその身体、魔力でできていますね。そんなに魔力を消費して大丈夫なのですか? 存在を保つことに苦しいのでは?」
冷静に答えているウェルムだったが表情に焦りが滲み出ているのは否めない。
「この魔力はあなたを止めるために残したもの。今この場で使うためのものです。あなたをもう一度封印することができれば悔いはありません!!」
収束していたケイドフィーアの魔力がさらに増幅していく。
その様子を見たウェルムの配下たちが叫ぶ。
「「ウェルム様!!」」
ウェルムは呆然としながら後退りをする。
「ま、まさか……」
「今回は逃しはしません!! 封印魔法! 四方縛散!!」
ケイドフィーアの両手に溜めた魔力がウェルムに向かって放たれる。
ウェルムは避けようと足を動かすが上手く動かなかった。
「くそ! 今になって……」
そして、その魔法がウェルムに直撃した。
「ぐああああああ!!」
ウェルムの身体が輝きだす。
すると、ウェルムの姿が霞み何重にも重なって見え始めた。
身体から飛びそうとして戻っていくことを何回も繰り返している。
いや、ウェルムが必死に耐えているのだ。
この魔法に耐えた結果としてそう見えているだけに過ぎない。
僅かでも力を抜けばウェルムの何かが外に飛び出してしまうだろう。
だが、やがてウェルムから笑い声が聞こえてきた。
「クックック、母上。その魔法はもはや僕には効きません。僕が何も対策を講じていないとでも? はあぁぁぁぁ!!」
ウェルムは底に秘めていた魔力を絞り出し力込めていく。
するとウェルムの何重にも重なっていつ飛び出してもおかしくなかった身体が元に戻ってしまった。
さらにウェルムを灯していた輝きも音もなく消え去った。
「そうですか。私の力はもう……あなたには届きませんか」
ケイドフィーアの魔力が急激に小さくなりそれに伴い身体の輝きが弱まりつつある。
そしてどことなく身体の色合いも褪せていく。
今の攻撃が最大で最後の攻撃だったのだろう。
ケイドフィーアの魔法の力も消失しクライシスたちの束縛が解け自由の身になる。
「もはや、あなたに対抗できる力はなくなりました。現世に存在できる時間も残り僅か。ですが時間稼ぎには十分でしょう。心苦しいですがあとはかの者に任せましょう」
そして、ケイドフィーアの姿は徐々に薄れていく。
ウェルムは止めを刺そうと動きはせずそんなケイドフィーアに向けて言葉をかける。
「母上、見ていてください。この世界に平和が訪れ私があなたを越える瞬間を」
ケイドフィーアは何も言わず悲しそうな表情をしてその姿をくらませた。
「行った……ようだね」
緊張からやっと解かれたウェルムはふらつき膝を地面につける。
「ウェルム様!! 大丈夫ですか!!」
シフォードが駆け寄りウェルムの身体を支える。
「危なかった……まさか母上が出てくるとは……」
「ウェルム様、顔色がよろしくありません。少しお休みになってください」
ウェルムはシフォードの身体を押し退けて立ち上がる。
「まだ、まだ倒れるわけにはいかない」
そのとき、ファーストが何かを引きずって持ってきた。
「ファースト、それは?」
ウェルムはいつ途切れてもおかしくない霞む視界の中でファーストに尋ねる。
しかし、ファーストは何も答えない。
「ああ、そうか。確か余裕があれば君に匹敵する者を連れてくるように言っていたんだった」
ウェルムはファーストを目を凝らしてよく見るとデルフから受けた傷とは別に所々に細かな傷がついており決して軽くは無い。
「君がそんなに、傷をね」
ファーストが首元を掴んで引きずってきた者に目を向けたウェルムは引き攣った笑みを浮かべた。
「えーと、ファースト。これ生きているのかい?」
その者は服を着てはいなかった。
だが、それが全く気にならないほど全身が真っ赤に染まっている。
髪もなく顔もわからないほどの出血量だ。
もはや、誰なのか判別がつかない。
まるで全身の皮が剥がされているような見た目をしていた。
何も答えないファーストの代わりにカハミラが近づき首元に手を当てた。
「辛うじて生きていますわ」
「治せるかい?」
「少し時間を頂きますが容易いことですわ」
「頼んだよ」
カハミラはこくりと頷く。
「ウェルム。そろそろ始めたい。頼んでいいか」
痺れを切らしたジュラミールがウェルムに話しかける。
「そうだね。大分遅れてしまった」
ウェルムは仕上げに残していた魔力を解き放つ。
すると王都の各地で暴れ回っている魔物の動きが止まり始めた。
「それじゃジュラミール、後は頼むよ……」
ついに限界を迎えたウェルムはその場に倒れてしまった。
先程の魔物の制御で全ての魔力を使い果たしてしまったのだ。
いや、ウェルムはとっくの昔に限界を迎えていた。
ここまで意識を保つことができたのは執念に他ならない。
「ああ、任しておけ」
ジュラミールは王都が一望できるほどの開けた大穴の前に立ち大声を放つ。
「王都に住む民たちよ!!」
その声は王都中に拡散していき隠れていた者、避難区域に移動していた者などの民たちが次々とジュラミールの姿が見える位置まで移動する。
そして、ジュラミールが見下ろしている先には人で溢れかえっていく。
それを待ったジュラミールは再び口を開いた。
「王都に住む民たちよ。まずはこのような事態に陥ったにもかかわらず対処に遅れたことを詫びよう」
ジュラミールは静かに頭を下げる。
王子が頭を下げる姿を見た民たちは思わず息を呑んだ。
「だが、安心して欲しい。王都を襲っていた魔物たちはかねてより研究していた魔物の支配によって我が支配下においた。魔物が諸君らを襲うことは二度とない」
その言葉により少しは民たちから安堵の空気が広がる。
普通ならば急に魔物を支配できると聞かされても信じることはできないが現に魔物が立ったまま動かないと言うことが十分すぎるほどの説得材料になっているのだ。
「そして、皆に訃報を伝えなければならない。……国王そして我が父であるハイル・リュウィル・デストリーネは崩御なされた」
その一言により安堵しかけていた民たちに動揺が広がる。
「だが! それは決して魔物の仕業ではない! この一件は全て仕組まれた者だったのだ。魔物を誘導し王都を絶望に陥れそれに乗じて国王の暗殺を行いこの国を乗っ取ろうとした者がいた」
そして、ジュラミールは大きく息を吸い解き放つ。
「その者の名は騎士団副団長であるデルフ・カルストである!!」
ジュラミールの怒号が響き渡る。
「かの者は騎士団団長ハルザードを討った後、国王並びに我が妹フレイシアを殺し私をも殺そうとした。だが、その寸前で魔術団団長であるウェルム・フーズムの働きにより大悪人であるデルフを退けた」
さらにジュラミールは言葉を続ける。
「だが、デルフ・カルスト、いや、奴の名をジョーカー。危険度十三を超える存在である魔人ジョーカーと称する。皆も知っているだろう。奴はあの滅びの悪魔と同様の力を持ち生きとし生けるものに死を与える存在だ。ウェルム団長の働きにより深い傷を与えることはできたが残念ながら逃げられてしまった。このような形で不本意だがこの事態に対処するため私は国王に即位することをここに宣言する!! 民たちよ力及ばない私をどうか助けてくれ!」
再びジュラミールは民たちに頭を下げる。
その瞬間、民たちから歓声や拍手が鳴り響いてくる。
「……痛み入る。では、国王としての最初の仕事を行う。ウェルム・フーズムを騎士団並びに魔術団を指揮する存在、総団長の称号を与えるとともに私の側近である精鋭十人を天騎十聖と称する!!」
ジュラミールはさらに息を吸い込み最後の言葉を放つ。
「これよりデストリーネ王国は新しい時代を迎える!!」




