制限と油断
「『反転』だよ。まったく、一番警戒すべき攻撃を私が対策しないわけないだろう。それとも対策など出来ないと思ったか?」
自身の『威圧』の効果で身体が動かなくなったシド。今まで幾度も自身の窮地を救ってくれたスキルが、自分に牙を剥く。予想外であったため録に抵抗することも出来ずまともに食らってしまった。
「この状況なら問題ないだろ。『眠れ眠れ、眠り姫につられ、全てを忘れ眠りこけろ』」
「や、め……ぐぅ」
「ふぅ眠ったか。やはり威力等を確保するなら詠唱が手っ取り早いが。上位者相手に『並列詠唱』は課題だな。まあだが今回の教訓は制限と油断だな。冒険者なら陥るリスクのある問題だ。覚えておこう」
今回、メイリーの作戦が上手く行ったのは、侯爵の命令によりメイリーに、再起不能の怪我を負わせる攻撃が出来なかった事が1つ、そして焦った末に無警戒に『威圧』を発動してしまった事が要因である。実際、手加減する必要が減った肉弾戦ではメイリーを圧倒していた。
魔獣の生捕り依頼等で本来の実力が制限される場面は来る。同じ魔獣を狩っていれば油断や慢心をするのが人の性である。そこに予想外の一手が加われば喰われるのは自分である。今回喰われたのはシドであったが『反転』によるカウンターが機能しなかったらそうなっていたかもしれない。
「流石に近接戦のトップ級には遠く及ばないか。それに『転移』が封じられると攻守で支障があるな」
それ以外にも色々と収穫があったメイリーは、暫しシドの近くで考え込む。しかし先ほどまで『転移阻害』を張り巡らせていた魔法使いたちはシドを助けに来る様子がない。メイリーとシドの戦闘を近くで見てた隠密の連中もである。
「最高戦力が敗れて動揺してる。予想外の事で指示待ちになっている。殺すような真似はしないと高を括っているのどれかかな?」
とは言えメイリーも扱いに困る。本来は様子見しておく予定だったがうずうずして誘ってしまった手前、どうこうしようと言う意図はない。しかもテイルが所属する陣営の最高戦力である。これでテイルが他からとやかく言われてもつまらない。
「よし、ほっとこう。『転移阻害』も解除されているしな」
そう言ってメイリーは『転移』でその場を後にした。眠っているシドを置き去りにして。
シドが目を覚ますと、パトライ侯爵のお抱え魔法使いのホッとする表情が目に入ってきた。
「どういう状況だ?」
「隠密部隊が言うには、シド様が圧倒していたのに突然眠らされ、そのまま眠ったシド様を放置して少女は去ったとのことです」
「……眠らせて直ぐにこの場を?」
「そう聞いております」
「そうか。見逃されたか」
誘拐紛いのことをしようとした相手に見逃された。これ程屈辱的な事も無い。シド個人としては即座にリベンジしたい心境である。しかし
「先ほど隠密部隊の1人が状況を侯爵様に伝え、その返答が戻って来ています」
「…! それほど長く眠らされていたのか?」
「は、はい。我々の力では解除も出来ず」
「そうか…それで主からの返答は?」
「メイリーへの直接的な勧誘は中止し、彼女の家族やステンド家を中心に勧誘していくとのことです」
「わかった。戻ろう」
パトライ侯爵としては、自陣営を強化する上での最も効果的なメイリーと言う存在は欲しい。しかしそれと引き換えにパトライ侯爵家、最強の手駒を失うリスクは取れなかった。パトライが貴族社会でそれなりに大きな顔ができるのもシドの存在が大きい側面があるからだ。
そのため回りくどいやり方に変更した。それがシドにも理解できてしまう。そのため屈辱感が晴れることはなかった。




