スキャンダル
ファモール国立学院には王国中の貴族と、一握りの才能ある平民が所属している。卒業までの年数は4年と定められているが、在学金さえ払えば何年でも所属でき、必要単位さえ取り終えればいつでも卒業できる。とは言え勉学やファモール国立学院卒の肩書きが目的の一部の者が使用する制度で、おおよその学生は4年で卒業していく。
そんな学院には、学院創立からこれまでの歴史を見ても類を見ない才子と噂されるテイル・ステンドが在籍している。彼は二回生ながら、学院が誇る名だたる魔法教師から教えを請われ、剣術でも学院で五指に入る実力者。にも拘わらず偉ぶらず誰にでも分け隔て無く接する。何より第2王子であるリュートからの絶大な信頼。この学院内で彼を悪く言える者など1人もいないほどの人気者であった。
そんなテイルが、いつものように授業後の自主訓練を終え部屋に戻って来ると、自分の部屋から人の気配がする。リュートからの厄介ごとか、お付きの侍女からの連絡だろうと安易に考えたテイルは部屋に入る。そこには驚きの人物が椅子に腰掛けお茶を飲んでいた。
「メ、メイリー!? どうしてここに? 学院内には関係者以外は」
「わかっています。問題はありません。バレませんので」
「そ、そういう事じゃ。…それに男の部屋に易々と」
テイルはいきなりのメイリーの登場に狼狽えてしまう。そんな彼を放ってメイリーは自分の用事を済ませていく。
「取り敢えず伝えなきゃいけない内容は手紙にしましたので後で読んで下さい。それでですね…」
長くなりそうな『ヴィルディゴ教団』については文字にして渡し、本題の紅鬼の来襲について話し出す。最初は自室にメイリーがいるという非日常にどきまきしていたテイルも、紅鬼という深刻さに真剣に話を聞き出す。
「という感じで流石に元S級の冒険者を手加減有りであしらうのは難しいので、どうすれば良いかと思いまして」
「俺としては紅鬼と対峙して逃げ仰せたお前に驚きだが。紅鬼はこっちの陣営の最強戦力だ。倒されたら勿論困るだろうが、倒せるのか?」
「…殺し合いなら私に分があると思います。『鑑定眼』を使って視ましたが、負ける要素はほとんど、魔防装備で空間魔法を使えない状況に追い込まれて、前のように『威圧』で硬直させられたら厳しいですが」
「それは…そうだろうな」
メイリーは自身の負け筋を語る。その絶望的な想定にテイルも返す言葉が無い。『威圧』とはシドが斬り掛かってきたときにメイリーを硬直させたスキルであった。スキルなどの他者の細かい情報は『鑑定眼』でも基本的にわからない。しかしスキルの発動を見たり、自身で受けたりしたことがあれば、そのスキルを持っている人が分かるようになる。逃走の際にシドを視るとスキルの欄に『威圧』があった。そのため硬直の原因はその『威圧』なのだろう。
「取り敢えずリュートに言ってみるとする。もしまた襲われたら遠慮はいらない。出来れば殺さないでおいて欲しいが」
「分かりました。まあ当分は逃げに徹するとします。それはそうとテイル様、大分魔力制御が上達しましたね」
「そ、そうか!」
「これなら『魔法死にススメ』の2巻をお渡ししても宜しいでしょう」
「それは嬉しいが…やはりそのタイトルは誤植だろ! 『魔法師のススメ』の間違いだよな?」
「いえ、間違いではありませんよ。おそらく魔法を使って死ぬくらい進め! という作者の意図でしょう」
「それがおかしい」
師弟の楽しい魔法談義はテイルの部屋から女子の声がするとの、密告を受けた教師が部屋に押し入ってくる直前まで続いた。
結局、テイルの部屋や男子寮から女子生徒が出てくる姿を誰も見なかったため、聞き間違いと言う事で事態は収拾したかに思えたがテイルを慕う女子生徒たちは疑心暗鬼に陥り、学院内がしばしばギスギスするのだった。




