奇怪な依頼
メイリーに商人とヨハンが追い付いたのはご飯を食べ終えてまさに今、転移魔法を使う直前であった。二人の引くほどの平謝りに観念したメイリーはもう一度話を聞くことになった。すると商人のあの態度も納得できる緊急事態であった。
「竜ですか？」
「はい。ヨハンと他数名で確認したところ、この村の近くに住み着いたらしく…」
「ここにか。それは中々。でもそれならBランク冒険者を呼んだ程度では…」
竜が生活圏に出没したとなれば冒険者組合が動かない筈がない。それがたとえ悪い噂が絶えない村の付近であろうと。それをしなかったと言うことはそれなりの理由があるのだろう。
「わかっています。しかしそれを冒険者組合にただ言っても駄目なんです！ ただ竜が討伐されるだけでは」
「竜を討伐してほしくて私を呼んだのではないと？」
「そうなります。貴女を呼んだ理由はなぜ竜がこんな場所に出現したのかにも関係してきます」
商人はなぜ依頼を出した経緯を話し出した。まず『バスディ』が活動しだしたのと同時に冒険者が寄り付かなくなっていき、それによりこの付近で魔獣が増加しだした。『バスディ』が意図して魔獣増加を引き起こしているかは分からないが元凶であることに違いはない。そして今回の竜の出現。これが『バスディ』の責任になればいくら宗教活動に寛容なこの国でも彼らの活動は制限されるだろう。
「そのためには普通に竜討伐の依頼を出すわけにはいかないのですよ。特にここら辺の組合に出せばただ竜が討伐されて終わってしまいますからね」
「この村の内情を知った冒険者が『バスディ』と竜を関連付けて組合に報告させる目的か」
「王都の組合ならばなぜ竜が出現したのか調べてくれます。それに王都の高ランク冒険者ならば大なり小なり貴族と関わりがありますからね」
「そうか…」
商人の思惑は理解できたメイリー。だが彼女には別の不安があった。それによっては自分一人で竜を討伐しなくてはならないと思うほどだ。
「一つ聞かしてほしい。それは竜だったんですね
？ ドラゴンではなく」
「ドラゴン？ 竜とドラゴンは同じでしょう？ ヨハンが判断したので詳しくは分かりませんが」
「はい。冒険者時代に迷宮で見た竜に似ていましたので間違いないかと」
「…やっぱりか。わかりました」
竜とドラゴンは異なると言う学説がある。ただそれは一般には広まっていない。メイリーも偶然ステンド家でその説が載っている書籍を読まなければ知らなかっただろう。それを提唱した学者は魔獣と魔物の違いを発見し、そのときに魔獣である竜を竜と、魔物である竜をドラゴンと命名したのだが、正直な所一般人だけでなく冒険者たちでさえ魔獣と魔物の違いに関心が無かったため、それらの説は広がらずドラゴンと言う名称だけは残ったのだ。
魔物は魔力の元の魔素によって発生する生物であり魔素を吸収するだけで生存できる。中にはトレントのように魔素によって樹が変質し魔物になった存在もいるが、おおよその魔物は魔素のみから発生する。そのため迷宮などで倒したモンスターから素材ではなくドロップアイテムが出現すると書籍には記載があった。それに比べて魔獣は魔法を使うが通常の獣と同様、子を成し肉や草を食べる。つまり食事と言う理由で人も襲う。
(魔除け結界で王国の魔素濃度は下がってる筈だから王都から近いここでドラゴンが生存できるとは思わない。つまり竜か)
魔物であれ魔獣であれ縄張りに入ってくれば襲ってくるため、それらを区別する必要性が乏しい。ただし今はこの付近にいる魔獣を食らっている竜もそれを食いつくしたら村に降りてくるだろう。そしてメイリーが倒した宝竜などの迷宮産ドラゴンは絶対強者として誕生するのに対して、子竜とし天敵に晒されて育つ竜はステータス的には同等でも技が天と地ほど違う。それらをほとんどの冒険者が理解できていないのだ。
「取り敢えず視察かな？ まあ龍じゃなくて良かったと思うべきか。おもしろいな」
このまま王都に報告して討伐隊を組織する時間があるか分からず、一人で打倒できるかも分からない強敵が相手とあってメイリーは久しぶりに昂っていた。
魔獣と魔物の違いを書くか迷っていたら投稿がかなり遅れてしまいました。すいません。というか竜もドラゴンもほとんど違いはありませんねこの設定は迷宮でドロップアイテムが出る説明がつかなかったので考えた物なのであまり気にしないで下さい
『龍』
竜が高濃度の魔素によって魔物に変質した存在。
