取らぬ狸の
この世界には宗教派閥は大きく分けて3つ存在している。そして王国にそのうちの1つ、創造神ゼフを祀るゼフ教が大きな力を持っている。ゼフは創造神であることもあってか信仰する信者も多く、三大派閥の中でも一番の信者数を誇る宗教である。しかしその反面、優れた回復魔法や神聖魔法の使い手が少なく王族や貴族、大商人など権力者たちはあまり信仰していない。そこが欠点とも言える。
そんなゼフ教の王国本部の一室には、ゼフ教の上層部、大司祭以上の要職につく者たちが集結していた。その理由は王国内で現在、看過できない問題が発生しているからであった。
「それで今回も冒険者に回復魔法が流出している件か。進展があったか?」
「違いますぞ。今回の招集はどこの教会所属でもない神聖魔法の使い手が現れたかららしいですぞ」
「何?本当か!」
事情を知らされていなかった者たちが騒ぎ出す。すると1人の老人が口を開く。
「本当じゃ。と言っても神聖魔法の一端、浄化のみとの情報じゃがの。ただ無所属なのは確かじゃろう」
「…何故そう言いきれるのですか、ロゼーデイク最高司祭」
「その者が冒険者に回復魔法を教授したとされる者だからじゃ。どこかの教会に所属しておればそのような事をしでかすことは無いじゃろう?」
そう言うと全員、納得した表情を浮かべ頷く。彼らの知る全ての教会で回復魔法の流出がされないよう細心の注意を払っている。嬉々として回復魔法を流す教会があるとは思えない。更に回復魔法を冒険者たちに漏らしていた者は同じく冒険者であることがわかっている。1人いるだけでも宗派閥のパワーバランスが、変わるおそれがある神聖魔法の使い手を危険で野蛮な職業には就かせないだろう。
「とすればですぞ。その御方は自力で神聖魔法を習得したということでかな?回復魔法なら兎も角、神聖魔法をですぞ?」
「しかしそれが真実だ。とするなら我々のやるべきことは1つであろう」
「その者をゼフ教への入信させましょう。これによって王国で2人目の聖女が誕生することになります」
各人が晴れやかな未来を想像し笑みを浮かべる。そんな中、最高司祭だけは更なる想像を膨らませていた。
「…いやそれ以上となるかも知れんぞ。その者はおそらく独学で神聖魔法の浄化を発動した。しかもまだ年若いそうじゃな?」
「そうでございます。かの者の年はまだ10歳を迎えていないという話であります」
その情報に全員が度肝を抜かれる。10歳など魔法を使い始めるような年齢である。しかしそれを聞いたロゼーデイクは、
「才能も伸び代も揃っておるようじゃ。ならば我々の手で稀代の癒し手に成長させることもできよう。歴代最高の聖女と謳われたセーランを越える存在となることもじゃ」
「おお!」
大司祭たちは歓喜する。神聖魔法の使い手が増えれば今まで欠点であった権力者からの御布施も増えるだろう。これによって冒険者たちに回復魔法が流出したことで生じた損害を帳消し、それどころか更なる利益を得られることになる。
そんな喜びのためか、彼らは重要な事を見落としているのだが、それにまだ気がつく者はいない。
ただの村人であれば入信させることに障害は少ない。その子の親は子どもの才能に喜び感謝して子どもを差し出すだろう。しかしその者は冒険者である。独り立ちした冒険者を幼子であると言っても侮ってはいけないし、もし力ずくで勧誘すれば他の冒険者たちが黙っていないだろう。
しかし10歳の幼子と聞いてしまった彼らは、そんな想定を全く思い付かず、ただ新たな聖女の誕生に喜ぶのだった。




