表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/53

5


……噂話は、所詮噂話か。

さっきの衝撃からわずか数分後、ご婦人方は、既に全然違う話で盛り上がっている。

思わず嘆息する私に、2人がずいっと顔を近づけ、異口同音に「気持ち悪い?」と聞いてきた。


「ううん、全然。2人ともいつも優しいなあ。ありがとう」


手に持っていたクッキーを口に入れて、咀嚼して、飲み込む。

すると、バラの香りがフワッと広がった。バラのクッキーだろうか?


「美味しい……」


ごく小さな声で呟くと、2人はしばし無言になった。どうしたのだろうと思っていると……2人して、いたずらっ子みたいにニヤリと笑う。おてんばポーリンはともかく、紳士リチャードも悪ガキの顔である。


「お母さま、私たちお腹いっぱいになっちゃった。お庭に出てもよろしいかしら?」


「あら、よく食べたのね。あまり走り回ってはだめよ、いってらっしゃい」


ポーリンが、最後だけ取ってつけたような敬語でスローン夫人に頼んでいた。夫人は、まだ社交界入りまで猶予があるからかキツくは叱らない。

玄関でそれを見守っていた私とリチャードは、食当たりの感想やらポーリンのおてんばが相変わらずなことやらを話していた。


「行こ!」


すごいスピードでやってきて、そのまま駆け出していくポーリンを、私たちはゆっくり追いかけていく。



「2人とも、なにごと……?」


小さいながらも壮麗さで有名だというスローン邸の庭園の、かわいらしい噴水の縁に座って水をぱちゃぱちゃやっていると……

2人はどうもニヤニヤしながら私を見てくる。何かおかしいのだろうか?

シンディでないことが、まさかバレている?

上目遣いでポーリン、リチャード、ポーリンと交互に見てみる。


「シンディ、なーんかちょっと違う。なんだか大人みたい」


ポーリンがつまらなそうに言うと、


「そうだね。いつもなら、僕に会うとすぐ笑顔になってくれるんだけど……」


リチャードも困惑したように言う。


「お庭に出ても、はしゃがないし……」


「病み上がりだろうけど、そういう大人しさとも見えないし」


言い募られ、既に冷や汗ダラダラの私に、ポーリンがトドメを刺してくれた。


「シンディ……前、ローズジャムのクッキーが苦手なんだって、言ってたよね? どうして食べたの?」


前世で17歳まで生きてきた私としては、小さい子供の直感は侮れないと、そう思う。

下手に誤魔化すより、正直になるべきかもしれない。……いや、2人は私より(中身は)だいぶ年下だ。ポーリンは11歳だし、リチャードも13歳だし。いけるか?



疑惑を打ち消すべく口を開こうとして、


「……シンディ、わたしたちといるの、楽しくなくなっちゃった? もしかして、無理、してない?」


ポーリンの言葉で我に返った。彼女の細い指先は、リチャードの上衣の裾を心細げになぞっていた。

こんなちっちゃい子を、怯えさせているらしい……気づくと急速に罪悪感が湧き出てくる。


「実はね……」


やっぱ、本当のことを言ってみよう。

……すると、私が続きを言うよりも早く、スローン家の使用人らしい男性が駆けてきた。すごい速さだ。


「申し訳ございません、……は、はやく、お戻り頂けますか?」


息切れを起こしているが、よほどのことらしい。リチャードが静かに立ち上がり、ポーリンの頭を撫でて、私に微笑みかけてくれた。


「戻ろうか、……2人とも、一緒にね」



□■□



屋敷の中に戻ると、顔面蒼白の大人たちが、激しくざわついていた。

使用人たちにあれこれ尋ねていたお母さまとスローン夫人が、私たちに気づいて珍しく小走りしてくる。

ただならぬ雰囲気を感じてか、ポーリンがそっと私にくっつく。疑われていたのも忘れ、思わずポーリンの頭を撫でてしまう。


「……お母さま…………」


私が言うと、困った顔でお母さまが教えてくれた。


「ついさっき、王宮で火事があったそうよ……」


スローン夫人が続ける。


「誰かが火をつけたようなの……王太子殿下のお部屋を狙って」


ポーリンとリチャードが息を呑むのが分かった。王太子とは、もちろんサミュエルのことだが……なぜ?

この火事、原作では聞いたことがない。今はまだ物語の開始前だから、スルーされたのだろうか。


それに、そう、火事…………


唐突に思い出す。

この火事は、たしかに原作の中でも起こっていたのだ。しかし、はっきりとは触れられていない。恐らく、伏線ということだ。

それを匂わせるのは、カスター家の葬儀での、サミュエルの発言のみ。


「僕は、まだだなのか……? あれは必然か、偶然か? 次は、あるのか……」


その台詞は、ファンを大いに沸かせた。

憶測が飛び交って、SNSで議論が交わされた。


きっと、『あれ』はカスター家の火事ではなかったのだ。

カスター家の火事について、王宮の時と同じ『放火』を疑ってーーいや、確信だったのだ。

私は、自分が内側から焼かれるようか恐怖を覚えた。

あの火事……私たち全てを焼き尽くす惨事は、確実に訪れると思った。


「スローン夫人、また後日、楽しくお話しましょう? とても美味しいお菓子をいただいて嬉しかったわ。ありがとう」


「こちらこそ、来ていただけて楽しかったわ。またいらしてね」


こんな時でも、淑女2人は丁寧に挨拶を交わす。すごい。

玄関には既に迎えの人力車が来ていた。リチャードも一緒に乗って、カスター邸に着いた後、リチャードだけを乗せてカーター邸に送るそうだ。


お母さまとリチャードに挟まれて、少し安心した私の頭の中では、色々なことが渦巻いていた。そのせいか、ほんのちょっとの道のりなのに……


つい、眠ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ