4
メイドのリズと相談して選んだ、若草色に薄紫のリボンのドレスを着て、私は鏡の前でぐるぐる回った。何度見ても、この世界のドレスはとても素敵。全く見飽きない。コルセットもないし、至って快適だ。
(ロードウィンのドレスは、腰から下が膨らんだ、いわゆる『ヨーロッパのドレス』ではなく、腰より下の部分がそのまま流れている。中に数枚スカートを重ね履きして、多少ふんわりしているけれど。ウエストはリボン等で結ぶ)
スローン邸まではすぐ近いが、貴族はさすがに歩いたりはしない。かと言って馬車では大仰な距離であり……こんな時用いられるのは、まさかの人力車だ。
前世で最初に読んだときは我が目を疑ったのを、懐かしく思い出した。
日本の人力車とほぼ同じであり、若干作りや装飾が西洋風になっているその人力車は、かなり乗り心地がよかった。
□■□
「久しぶりー! シンディ、大丈夫? 生きててよかった!」
原作通り元気のいい、顔立ちのはっきりした綺麗な令嬢ーーポーリンが、驚いたことに走って迎えに来てくれた。
まっすぐのプラチナブロンドが風に靡き、きらきら光る黒い瞳が私を捉える。
……うわ、可愛い!
中身はおてんば令嬢なのに、外見はまるで儚げな妖精のようだ。このギャップは、知っていても目の当たりにするとたまらないものがある。
釣り目でも垂れ目でもない、絶妙な角度の大きな目は、月光を落としたような長い睫毛に縁取られている。
シャープな顎のラインやほっそりした首、走ったせいで淡く染まった頰も何もかも、目を離したら消えそうな聖なる存在のようである。
ポーリンは、お母さまに挨拶され、慌てて謝罪と返事を口にした。しかし、慣れっこらしいお母さまはくすくす笑うだけ。
(漫画は、ポーリンの12歳の誕生日から始まっていたが、そこまでに多少は、おてんばが改善されていたのだと知って私は思わず笑ってしまった)
「こんにちは、カスター夫人。シンディが元気そうで何よりです。……よかった、シンディ。 久しぶりだね。ポーリンは、いつも通り元気かな?」
ポーリンに見惚れていると、しっとりと優しい声が後ろから聞こえた。この声は、リチャードだ。13歳ながら、すでに一人前の紳士であるらしい。
これはシンディが惚れるのも頷ける、と思いながら振り返る。
「……リチャード…………」
私は声を失った。ポーリンも可愛いけれど、リチャードの美しさも相当なものだった。
黒髪に黒い目と、色そのものは珍しくないのに、繊細に作られた人形のような甘いマスク。潤んだやや細めの瞳が、年齢以上の大人っぽさを醸し出している。
まだまだ控えめな、大人しそうな感じが消えていないが、もう少しこなれた振る舞いでもしたら、きっとあまりの色気に令嬢が殺到するだろう。
優しい光を湛えた彼の目が、柔らかな弧を描き、笑った目になった。
「……久しぶりだね。会えて嬉しいな」
私が何とか返すと、ポーリンが私の腕をぐいっと引っ張った。私はリチャードを引っ張る。
……シンディがそうしていたように。
□■□
お茶会は至って穏やかに進んでいた。スローン夫人が玄関で私たちを迎え、テーブルに案内してくれた。大きな丸いテーブルに、子供と大人が少しだけ離れてる座る。
リチャードは1人で来たそうだ。
マナーも何とかなったーーポーリンがなかなか豪快で、大人たちの目はそっちに釘付けだったおかげでもある。
ポーリンは、明るくてチャーミングで、人見知りのシンディにとっては、同い年ながら姉みたいな存在だ。
「ねえ、シンディ。このクッキー食べてみない? 私がお母さまと焼いたのよ!」
言葉少なな私を気遣って、何回も笑ってお菓子を勧めてくれる。
ありがたく、たくさんお菓子を食べて、いい匂いのお茶を飲み、噂話をして……まるで本当に幼なじみであるかのように、気づいたら2人と会話していた。
リチャードは、控えめにかつ絶妙なタイミングでお菓子を勧めたり話題を振ってきてくれた。紳士だ。
私たち子供がきゃいきゃい話している間、お母さまとスローン夫人は大人なりの噂話をしていた。
その中で、スローン夫人が発した言葉に、私は耳を疑った。
「最近、王宮の省庁でスリや泥棒が出るらしいわ。ほら、このあたりは王宮に出入りする貴族の館も多いでしょう? いつかうちにも来るかと思うと、怖いわ……」
これは…………フラグなのだろうか?
漫画の中で、王都を騒がせる『コソ泥』の一団。実は、黒幕の手下たちで、社会を混乱させる目的だったのだという……
カスター邸の火事にも、どうも関わっていると思われる一団だが……
首を突っ込むわけにもいかず、お菓子を頬張りつつも。
私の胸は重く暴れているのだった。