3
「シンディ。ポーリンのお母様から、久々にお茶会のお誘いがあったわ。リチャードも招待されているそうよ」
そんなことをお母さまが言ってきたのは、食当たりから1週間経った朝食のとき。お父さまは王宮で働いており、このところ泊まり込みらしい。お疲れ様です。
すっかり回復した私は、 前世の自分と今世の自分のアイデンティティにしっかり折り合いをつけ、『シンディ』である自分に馴染み始めていた。
「わあ、2人に会えるのは久しぶりですわね!」
「スローン夫人もとても心配していたわ。元気なところを見たら安心するはずね。 今日の午後だけれど、歴史の授業はもうお休みにしてあるから」
「え……それは、まあ、突然ですわね」
びっくりして声を上げると、お母さまはくすりと笑った。
「あら、シンディ。スローン家の皆様は、とても心配していたそうよ。だから、あなたが回復したらすぐに行くと約束していたのよ」
そうだっけ…… と呟いて、私はもふもふのパンをそっと持ち上げた。
この国の社交界デビューは、なんと14歳であるーー始めの1年は夕方までしかパーティにいられないので、実質15歳がデビューとされているがーー。
それ以前に、内輪での集まりを通してマナーと雰囲気を学び、噂話を仕入れるの慣習だ。
また、それ以外の日は家庭教師による授業もあり、貴族の子として必要な教養も身につける。
ちなみに、シンディが好きだったという音楽の時間は、私も好きだ。
今は令嬢でも、かつてはカラオケ大好き人間だった私には、声楽の授業は珍しく堂々と歌える時間なのである。ただ、ロードウィンでは貴族の嗜みとしてそこまで重視されていないらしく、半年あまり習えば十分という程度らしい。
歩いても15分ほどだという(貴族の邸同士としてはかなり近い)距離にあるスローン邸には、使用人が返事しに行ってくれたらしい。
私たちは朝食を終えて、準備のためにそれぞれ自室に戻った。
……たしか、カーター邸も大体同距離にある。そんなわけで、ポーリンとリチャードとシンディは幼なじみなのだ。よくお茶会をしたり、お出かけしたりと家族ぐるみで仲良しだ。
しかも、シンディとリチャードの間には淡い淡い恋心があるような、ないような……という描写がある。原作では、シンディの死により2人は結ばれず、またシンディの心情描写はないのであくまで考察でしかなかったが……
シンディの記憶を得た今は断言できる。シンディは、リチャードにほの甘い気持ちを抱いている。しかし、シンディに自覚はなかった。初恋ゆえ分からなかったのだろう……
それがこのまま育つかは、別問題だけれど。
ただ、シンディと違い、リチャードの気持ちは明確なものとして育っていく。シンディを喪ったリチャードは、心の底で悲しみと思慕を凝らせていき、やがて死を恐れなくなる。積極的に死のうとは思っていなかったようだが、最期は戦いでサミュエルを庇い、死んでしまうのだ。それはもう、あれは号泣必至の名シーンだった。
……その未来を知っている分、阻止できるならそうしたい。自分が死にたくないだけでなく、シンディの死がリチャードの死に直結し、ポーリンは一人ぼっちになってしまうのだ。
そんなの、絶対許せない。……しかし、そうなると、ポーリンとサミュエルは?
でも、とにかく、今は少し置いておきたい。
優しく物静かな、美少年リチャード。
闊達で愛らしい、親友ポーリン。
穏やかで人見知りな、シンディ。
なにせ、幼なじみ2人に会える、『初めて』のお茶会だ。さて、ドレスはどうしようか?
メイドがクローゼットを開くのを眺めつつ、知らないうちに鼻唄を歌っていた。