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追いつきたくて 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 ほい、つぶらや、おみやげだ。

 ギフトカード50枚分。この時期、何かと物入りだろ? 好きなものに使ってくれや。

 ――どうしてこんなに景気がいいかって?

 ふふん、先日の皐月賞で三連単が当たったんだよ、三連単。こいつは今年の運を使い果たしたんじゃないかって、ご近所におすそ分けしてんの。お前とはすぐに会えないから、こうしてストックしておいたんだ。俺はじかに手渡さないと、安心できない性質だから、遅くなって悪かったな。


 いや〜、ここまで来るまでの運転、実はひやひやだったぜ。

 去年の今頃に馬を巡って、奇妙な体験をしちまってさ。やっぱり馬は、コースの中にいるのを眺めるのが一番だぜ。そばによってこられたりすると、警戒しちまうわな。

 つぶらやもウワサ好きなのは結構だが、時には度肝を抜かす事態にもあったんじゃないのか? 俺は今まで度肝を抜くことを信条にしていたが、まさかやられる側に回るとは思わなかったよ。

 ちょっと休みがてら、話してもいいか?

 

 俺の住んでいる地域は、昔、大規模な馬場があったと伝わっている。時代は古く、戦国時代には大名相手に、軍馬を見繕って馬主もいたくらいだとか。

 戦国時代は、馬の損耗も激しい。特に、前線で戦う武者が乗るものなんて、矢を受けたり、足を折ったりなんて日常茶飯事だ。

 もののふと同じだ。戦のために育てられた以上は、戦で死ぬることこそ華。乗り手が死んでから、敵方に捕まっても水も草も受け付けず、飢え死にした誇り高い馬もいたと聞く。今なお、この地面の下じゃ、人骨にまぎれて馬骨も大量に埋もれているんじゃないか。

 それが、俺のでくわした事態に関わっているのだろう。

 

 正月の三が日が終わって、新年最初の出勤日。先輩社員の一人が、会社に出てこなかった。

 そんなことが許されるんなら、俺の休みも一日伸ばしやがれと思ったが、仕事が終わってから親しい上司に尋ねてみると、どうも交通事故を起こしてしまったらしい。

 おとそでも残っていたんじゃなかろうか、と思ったが、口には出さなかった。飲酒運転の取り締まりが強まっている昨今、もし事実だったら、先輩が仕事を辞めさせられる可能性もある。不謹慎だ。

 幸い、先輩は一ヶ月ほどして復帰してきた。俺も含めた同じ部署の仲間で快気祝いが催されて、場の空気に酔いつつも、先輩に件の事故のことを尋ねてみたんだ。

 すると、今日は電車で来ているせいか、がんがんグラスを空けていい気持ちになっていたらしい先輩の顔が、氷水を掛けられたように、一気に冷え切った。

 そして言い切る。「怖い話が苦手な奴は、席をはずすなり、耳をふさいでいろ」と。

 

 一月三日。

 先輩は、二つ県をまたいだ実家に戻って、親戚めぐりなどをしていたんだが、予想以上に疲れたらしく、三日の午後に仮眠を取ったら、うっかり寝過ごしてしまったらしい。

 枕元には、親が外に出なくてはいけなくなったから、家のカギを閉めたこと。お腹が減ったら台所のご飯を食べていいこと。もし、帰るのだったら、カギをしっかりかけ直して欲しいことなどが書かれている。

 先輩は飛び起きた。仕事道具一式は、自分の部屋にある。いつも前日のうちに持ち物を確認していたから、習慣を崩したくないと思ったらしい。軽く体操をして眠気を飛ばすと、親のご飯をある程度拝借しつつ、十数分後には車を出していた。

 

 夜の国道は、想像以上に空いていた。夕方にあったと思われる、帰省ラッシュを越えたとは言え、ガラガラだ。時間も遅く、町中の信号はほとんど、黄色が点滅していたとか。徐行しろというサインらしいけど、構ってはいられない。

 しばしば、無作法な路上駐車があったせいで、スピードを落とし気味だった先輩だったけど、県境を抜けたとたんに停まった車の数が一気に減ったんだ。

 これはチャンスとばかりに、片側三車線の道路のど真ん中に躍り出てアクセルを踏み込む先輩。だがほどなく、ラジオも音楽もかけていない、エンジン音しか響いていなかった車内に、異音が混じって来た。

 ほら貝の音。間近で吹かれているかのように、はっきりと聞こえる。ラジオのスイッチは、やはり入っていない。

 ふっと顔を上げた先輩の目が、車の背後を映すルームミラーをのぞくや、思わず声を出しそうになったらしい。

 

 車から数メートルほど後方から、馬が追いかけてくるんだ。先ほどまで何もいなかったし、飛び出してこられるようなわき道も、この辺りにはない。降って湧いたとしか思えなかった。

 追いつかれてはならない、と先輩はますます加速する。すでに時速は100キロを超えるが馬はまだついてきている。チーターならいざ知らず、馬が出せる速さじゃない。

 先輩はアクセルを踏み続け、130キロくらいでようやく馬が少しずつ遠ざかりはじめ、やがて後方の闇の中へ消えていったらしい。

 ほっと溜息をついたのもつかの間、前を見るとカーブが想像以上の速さで近づいてくる。急ブレーキと急ハンドルで対応したものの、抗いきれずに事故ってケガをした……。

 

 それが事故の顛末だ、と先輩は語る。車に乗る奴は十分に気をつけておけ、と。

 それを聞いて、俺はつい「そんなお化け馬、俺がぶっちぎってやりますよ」なんて返しちまった。しこたま呑んで、気持ちがでかくなっていたからなあ。怪談そのものにあまり興味がない性格だったのも、大きかったと思う。

 そこはかとなく明るい雰囲気で祝いの席を立ったんだが、まさか数ヶ月後に出くわすことになるとは、俺も考えていなかったよ。

 

 先輩から聞いたお化け馬の話が、ほとんど脳の隅っこに詰め込まれていた4月の下旬の話。会議が長引いて電車がなくなったことで、マイカー通勤の俺は、電車帰りの先輩たちを家まで送る「アッシーくん」を引き受けていた。

 こういう時の先輩の圧力ってずるい気がするぜ。「ちっとは気を利かせろや」って、目で訴えてくるんだから。確かにタクシー代は浮くだろうが、俺の車に乗って、俺の家とは反対方向に行くこともあるんだから、せめてガソリン代くらいは出して欲しいと思うくらいだ。

 三人乗っていた先輩のうち、最後の一人を送り届けた時には、すでに夜中の2時を回っていた。ここからだと、さっきまでしていた法定速度やや超過運転じゃ、自分の家まで40分はかかる。


 俺は国道に出た。車通りは奇妙なくらい少なかったが、先輩の話のことは、すっかりうっちゃっていた俺。「ラッキ〜、飛ばせるぜ」くらいにしか考えていなかったな。

 ぐっとアクセルを踏み込んで、ガラガラの道路をひた走る俺。信号も黄色が点滅しているものばかりで、足を止められることもない。一刻も早く帰って、ひとねむりしたかった。

 ちょっとテンション上げるかなと、俺がカーラジオのスイッチに手を伸ばした時。

 

 聞こえたんだ、ほら貝の音。ラジオからじゃなかったけど、ごく近くから。

 一気に頭が冷えて、姿勢を正した。先輩から聞いた話が記憶の藪を抜けて、頭をもたげ始める。そうっと、ルームミラーをのぞいた。

 いる。後方数メートルのところに、たてがみを振り乱して迫りくる馬が。その身体は、辺りに立ち込める夜の闇よりは、明るい黒に染まっている。

 俺はアクセルを踏み込む。100キロ……110キロ……。急加速によって、押し付けられる座席の硬さを味わいながらも、前方とミラーをしきりに確認することは忘れない。

 相変わらず、馬はこの車に追いすがって来る。確か、先輩は時速130キロで差をつけ始めたと話していたはず。

 前方を見ながら、俺はかつて先輩がやったように、ガラガラの片側三車線のど真ん中に躍り出ると、更に加速した。この事態、速さも命も落とすわけには行かない。

 

 何分ほど経っただろうか。すでに車は時速130キロに到達したが、馬はまだ離れる様子を見せない。首を左右に振って苦しそうだが、それがはっきり分かるということは、じょじょに近づかれているのだろう。

 話と違う。こいつ、速くなっている。

 怪談を信じない俺でもぞっとした。もし、こいつに後ろから追突されたらどうなる。この速さだと、わずかにハンドルを傾けただけでも、車は敏感に反応して、その身体を曲げていく。玉突きされたら、体勢を立て直すのさえ命懸けだ。

 あきらめろ、あきらめろと俺はひたすらアクセルを踏んだが、もう速度はじわじわとしか上がらない。

 馬の顔がハッキリと見えてくる。その目、その鼻、その歯並び、その口につけている轡、背中に乗せたくらとあぶみ……。


 はっとした。この馬、ただの馬じゃない。最低限とは言え、馬具を取り付けているんだ。ただ走るのではなく、誰かが乗ることを想定している。

 そう考えた時には、ずっと先にカーブが見えた。このままでは先輩の二の舞だ。かといって、もはや鼻の穴さえはっきり見える距離まで迫ったコイツ相手に、減速していいものか。

 俺は一瞬だけ迷ったが、カーブに備えたよ。それでもスピードを極力落とさないように、気をつけたけどな。この速度だと、ハンドルさばきに神経使うし。

 

 曲がり終えた時、ふと見たミラーにアイツの姿はなかったが、前へ向き直った時、あいつはすでに助手席側から車の前へ、飛び出していたよ。

 不意に、車の屋根がガタリと揺れる。思わずブレーキを踏みかけた俺の前で、走っている馬の上に降り立った奴がいたんだ。

 それは、鎧直垂を身につけた武者。社会の授業で習ったのとほぼ同じ姿をしていたよ。口にはほら貝をくわえて、それを両手で支えている。

 馬は更に加速して、俺の車をぐんぐん突き放す。ほら貝の音も再びなり始めた。

 あたかも勝利を告げるような響きを残しつつ、あいつらは夜の道路のかなたへ、溶け込んでいってしまったんだ。

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