前触れ
薄暗く、肌寒い。不気味な雰囲気の回廊を、周囲を警戒しながら歩く。順番は俺、セイ、リアナ、シオンだ。土の匂いが立ち込め、息苦しさを感じる。シオンの出した魔法の光が無くては、歩くこともままならない。暗黒は人を不安にさせる。強いストレスを無意識のうちに感じているのかもしれない。
大体の地図をリアナに描いてもらいつつも道を進む。分かれ道になる度に相談して進む道を決める。リアナはあたふたしつつも最低限の道を描き込んでいた。
過敏になっていた聴覚が微かな音を拾う。
「待て、前に何かいる」
手で合図をしながら皆に伝える。一気に緊張感が増した。各々が武器を取り出す。俺も左腰に吊った鞘から無骨な両刃の剣を引き抜く。
スッと鞘を滑り、剣が抜かれる。長年使いこんだそれは良く手になじんだ。正面中段で構える。暗闇を見据えると音が徐々に近づいて来た。魔獣は四足歩行型。犬を大きくしたような外見だ。先制は……シオンか。
「みんな!目を閉じてっ!」
咄嗟に目をつぶり、腕で覆う。
「閃光ッ!」
道を照らしていた光の球が光量を上げた。暗黒に慣れ切っている目では刺激が強すぎたようだ。魔獣は悲鳴を挙げ、その場から動かなくなった。勝機――。
剣を後ろに振り、その反動を生かして首元を斬りつける!
ザシュッ!
勢い良く血が噴き出した。だが、まだ殺し切れていない。腰を捻りつつ剣を引き絞る。魔獣の横合いから渾身の突きッ!
グシャッ!
深々と突き刺さる。魔獣は強張った後、痙攣を始めた。如何やら勝ったか……。
肉に刃を突き立て、削る。心臓の位置にある魔石は売れるため、回収しておく。
「楽勝だったな」
ニヤけ面でセイが労ってきた。
「ああ、完全に雑魚だった。このくらいはできないとな。それとシオン、良い攻撃だったぞ」
「ありがとう。私も少しは仕事をしないとなって思ったんだ」
シオンは褒められてご満悦の様子だった。御しやすくて助かる。
「私も仕事をっ!怪我はないですかっ!」
リアナが張り合い、その様子を見て皆が笑う。大迷宮探索は順調に進んでいた。
その後も大迷宮内を進んでいく。障害物等ないも同然。たまに出る魔獣も雑魚ばかりで、十分に注意しつつ戦えば怪我をすることなく殺すことができた。
第一階層を抜け、二、三階層も難なく突破。目的の第四階層に到着した。この階層で教員を見つければ訓練はクリアだ、良い評価を貰えるだろう。
だがしかし、俺たちは結局のところ油断していたのだ。大迷宮ともあろう場所の魔獣が、ここまで少ない訳はなく、ここまで弱いものばかりなはずがない。一度悪いことが起きれば、何度も続く。坂を石が転がる様に。沼にドロドロと沈んでいくように。深く深く……。
第四階層。
周囲を警戒しながら進む。この陰鬱な空間から一刻も早く出たい。はやる気持ちを抑えつつゆっくりと足を出す。目的達成が近い、人間はこの時が一番隙が出る。慎重に行こう。
歩いていると違和感を感じた。しばらく悩む。
――何かが違う、これは……匂い?
今までの土の匂いに何かが混ざっている事に気付く。嗅覚に意識を向ける。
――なんの匂いだ?
最初に感じたのは、鉄の匂い。続いて糞尿のすえた匂い。自然と緊張感が生まれた。固唾を呑む、仲間と合図をして歩みを再開させる。近づくにつれ、血の匂いは濃厚なものとなり、不安を煽る。呼吸が荒くなり、汗が止まらない。無意識のうちに剣を鞘から引き抜き、身構える。
回廊の中心に一人の死体。正体は教員の一人だった。息をのむ。
――何故?何があった?
教員は腹を切り裂かれ、臓物をまき散らしながら絶命していた。この階層の魔獣に後れを取るなどありえない。何か、異常が起きているとみて間違いないだろう。
――鋭利な傷跡、爪跡は横一文字についている。傷跡からみて、四足歩行型の魔獣にやられた可能性はありえない、骨格から推測すれば付けられる傷は縦方向か斜めだろう。だとすれば……。
「危ないッ!」
「――ッ!」
気づいた時には既に、鋭く禍々しい爪が迫っていた――。