プロローグは要らない
よろしくお願いします。
シュッ
剣が風を切る。
王都グランエスタ、聖光騎士団支部の訓練場は、陽が沈む頃合いになると人がいなくなる。
1人の少年を除いて――。
黒い髪はボサボサに乱れ、目は鋭く剣呑な気を発している。一見細身に見える体躯はしかし、見るものが見ればしなやかな筋肉を十全に備えていることがわかる。名をアルスという。
唯1人、愚直に剣を振るう。玉の様に溢れ出す汗を鬱陶しげに振り払いながら。
「フッ、フッ」
鋭く息を吐き、それに合わせる様に無骨な剣を振るう。何度も、何度も、何度も。
――まだ足りない。
1人鍛錬を続けていると、鈴の様に美しい声が発せられた。
「精が出るね」
声の主は、孤児のアルスにとって唯一の家族と呼べる存在。名はシオンという。
腰まで届く綺麗な銀髪に、細見で引き締まった身体。大人っぽい雰囲気を発している。透き通る程白い肌、左目の泣きほくろが自慢だといつも自分で言っている。
シオンもアルスも親はおらず、同じ孤児院で育った仲だった。
「ああ」
短く返事をし、再び鍛錬に戻る。まだまだ足りない。ただでさえ皆より遅れているのだ。少しでも強くなれ、と自分に言い聞かせる。この世界は力こそが全てだと。
夕暮れ時、草や木、建物などが橙色に輝く。爽やかな風が2人を包んだ。
◆
この世界には魔なる一族、魔族が繁栄しており、はびこっている。魔力をその身に宿し、魔石を体内に持つ。魔族は人類にのみその牙を振るい、人類は成すすべもなくその数を減らしていった。魔族の中でも高位な種族、吸血鬼は最も古くから人類と敵対し、聖光騎士団は吸血鬼を殺すことこそ至高としてきた。人類は魔族に対抗するために魔法を開発した。体内の魔素を励起させ、属性を付与し攻撃を行う。基本属性は火、水、雷、風、聖、魔の6つだ。
魔法のおかげで絶滅を免れた人類は街を壁で囲い、内部での暮らしを強要された。しかし、壁の中の生活に飽きた人類は外の世界を渇望し、力をつけることを決意した。そうしてできた対魔族特化戦闘騎士団が聖光騎士団の所以である。
教員は教室の中でそう締めくくった。眠くなる午後。俺は、退屈な座学を受けていた。
そんな神話の時代の話をされても正直、興味がない。教員は魔法の話を続けている。属性の相性だとか、それぞれの特性についてだ。しかし、俺には関係のない事だった。教員が蔑んだ眼をこちらに向ける。目線の先にいる人間に気付いた数人の騎士候補生が、クスクスと笑う声が聞こえた。
そうだ、俺は魔法が使えない。いや使えないわけではないが、魔素がとてつもなく少ないのだ。ただでさえ少ない魔素。それに加え、属性も悪い。俺の属性は雷なのだが雷属性はすこぶる燃費が悪い。瞬発力や、瞬間的に出せる火力は非常に高いが何しろ燃費が悪い。相性は最悪だ。
では何故、聖光騎士団に入団したのか、それには自身の出自が関係してくる。
俺を捨てた親は、態々騎士団直営の孤児院の前に俺を置いていったのだ。直営だからこそ、孤児たちは育った後は自動的に候補生として入団し、誉れ高き騎士を目指す。
孤児として教育する際も、洗脳まがいの教育方法だ、神を信じ騎士となり、この世に仇なす魔を滅せ。さすれば神はすべからく、救いの手を差し出すだろう。
何が神だ、第一、神がいるならこの世に孤児はいないだろう。神云々は置いておき、魔族を殺せるのは良い、俺自身家族を魔族に殺されている。
魔法の才なしで入団できたのは剣の腕だ。俺は生まれた時からやたら反射神経とか何かに反応する速度が異常に早い。この体質のおかげで決闘では負け知らずだ。勿論、魔法なしのではあるが。
笑い声を無視していると教員が言った。
「今日はここまでとします。各自、しっかりと復習しておくように。明日は実地での訓練があります。午後の訓練はありませんから十分に休息をとり、疲れを残さぬように。では、解散」
実地訓練とは、魔獣が出る地域へと赴き、実際に魔獣と戦う訓練だ。魔獣とは魔族の中でも比較的に保有する魔素が少ない、下等な魔族の総称だ。
下等な種族とはいえ、人など簡単に殺されてしまう。まだここにいるのは候補生だ、明日も何人かは死ぬだろう。魔族と戦うということは、それほど厳しい。
座学が終わり、あちらこちらで白い制服を着た候補生が立ち上がり、教室を出ていく。全身が白い候補生の制服はまるで、王国軍の軍服の様だ。
候補生が実地訓練について話している。心なしか無理に明るく振舞おうという雰囲気が伝わってきた。
「明日の訓練ってどこだっけ?」
「北の森に新しく発見された、大迷宮だってさ」
「え、発見されたばかりのところで訓練すんの?」
「うん。なんでも、第6階層までは安全が確保されているんだって」
明日は大迷宮に集合か。大きく伸びをしつつ荷物をまとめ教室を出る。
候補生は寮で寝起きを行う。騎士団支部内の寮に向かう。
王都グランエスタに騎士団本部は1つしかない。この本部に勤めているものが正真正銘の騎士に当たる。そのほかに騎士団支部がいくつかあり、ここでは主に候補生の訓練や試験を行う。騎士として第一線を引退したものが教員となり、候補生に教える形だ。
道を歩いているとシオンに声をかけられた。
「アルス、お疲れ」
「ああ、お疲れ」
心なしか、彼女は怒っているように見えた。