第5話 昆虫戦士の無敵体質
「C級が何体束になろうと私の相手になるわけないでしょ……。あいつの方はどうかしら。少し離れちゃったわね」
レミリアはタスキと分かれた辺りまで戻る。
月明かりだけに照らされ少し暗い森、茂みを抜けた先の惨劇にレミリアは声を荒らげれる。
「っ! あんた……っ! 何してんのよ!」
「キャシャッ……キャシャシャシャッ!」
アントの腹部から生えた右足に頭を捕まれ、力が抜けきったようにぶら下がるタスキ。
タスキの頭部からはかなりの量の出血も確認出来た。
×××
「あんた1人でいいのか? さっきのお仲間芋虫も俺1人でやったんだぞ? あんただけじゃ手に負えないと思うけどな」
「キャシャシャシャ。女がいなくなった途端に態度が変わるとは……尻にでも敷かれておるのか? わかるだろう。お前ごとき俺様1人で十分なんだよ」
「知ってるか? それ、最後に負ける悪党や、結局死んでいくかっこいい仲間キャラのテンプレ台詞ってことをな!」
タスキはこの世界で向上した身体能力を活かし、アントの背後へと滑り込み背中へと刃を向ける。
「もちろんお前は前者だけどな」
しかしタスキの剣がアントに刺さることはなく、金属と金属がぶつかる高い音をたてるだけだった。
「おいおい、まじかよ」
剣が刺さらない程の硬さ、当然打撃なんかはダメージになる前にタスキの拳が砕けてしまう。
「キャシャシャッ! 無力な人間め! 身の程を知るんだな!」
「ちっ。さっきから発言は小者なのに実力は本物なのかよ」
アントはタスキの剣を素手で掴む。
「剣なんか掴んだって……いや待てよ。そういや蟻って人間サイズにするととんでもなく力持ちだって聞いたような」
「だから俺様はァ! アント様だァ!」
アントの想像以上のパワーで立派な木に叩きつけられたタスキはあまりの衝撃に咳き込み立ち上がる事が出来なくなってしまう。
「ぐはっ……。いや、マジか。これ……マジか。」
ついさっきまで自分なら本当に世界救えちゃうんじゃ、なんてうつつを抜かしていたタスキに取ってこのダメージは肉体以上に、精神への大きなダメージになっていた。
そこまで追い込まれたタスキが取る行動は当然隠れる事だけになる。
「パワーだけとか防御だけが飛び抜けてるならまだいい……なんだよあれ。パワーも防御も桁外れじゃねぇか。本当に同じA級なのか?」
「そうだぞ。俺様は確かにA級だ……だがな、ただのA級じゃねぇ。アント様だ!」
「しつけぇし! その小者発言やめろやありんこ野郎!」
タスキが立ち上がると同時に右頬へと強烈なストレートを決めるアント。
口から血を吐きながら宙を舞うタスキ。
その後も攻めては返され攻めては返され続け、タスキの体は限界を迎え始める。
いくら身体能力が強化されていても人間。受けられるダメージにも限界はある。
「あ〜。くらくらする」
視界が少し赤く染まるのに気付くと、タスキは不気味に微笑む。
受けすぎた肉体的な痛みとどんどん弱っていく精神面がタスキを可笑しくさせていた。
「頭から血が流れるとか……初めてだな。いや、2度目なのか? もうそんな事……どうでもいいか」
「キャシャシャシャ! やはり人間なんてこの程度」
アントはタスキの前に立ち上から見下ろすように問う。
「今ならまだ許してやるぞ? アント様調子に乗って申し訳ありませんでした、と土下座して足を舐めればな! キャシャシャシャシャシャシャッ!」
「ふざけんな小者野郎。そんな事するくらいなら死んだ方がマシなんだよ。俺が土下座すんのはどうしても欲しいパンツがあった時だけだ」
「後半何言ってんのかわかんねぇが、まあいい。死にたいようだしな、殺してやるよお望み通りに!」
アントは腹部から生えた右足でタスキの頭を持ち上げ、握りつぶすようにじわじわと力を込めていく。
タスキは既に意識がほとんどなく、痛みを感じる事すら出来ない程だった。
「あんた……っ! 何してんのよ!」
「レミ……リアさ……ん?」
「キャシャシャシャッ! 待ってろ、次はお前を俺様が楽にしてやるからなぁ」
レミリアが右の手のひらを構えるとそこに水色の魔法陣が現れる。
「死なないわよ。私も、そいつも! 氷の槌」
レミリアの合図と共に魔方陣から現れる大きな氷の塊が腹部へと当たりタスキを放してしまうアント。
「逃げるわよ。今のじゃ目くらましにしかならないわ」
と話しかけても返事のないタスキをレミリアが担ぎ、森を抜けていく。
担ぐとよくわかる弱々しい息遣いや自分にかかりきった体重。それだけタスキが消耗したという事が痛いほどに。
「大丈夫。あんたは私が死なせたりしないから」