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第三章 勇者と運命を定める女神


青年の剣士が放った斬撃は、角と羽を持つ巨大な、暗黒の魔物の体をいともたやすく両断する。


青年はその血しぶきにより赤く染められた顔を歪ませ、苦しさと怒りの混じった雄叫びを上げ、次に控えていた対の頭をもつ巨大な狼を斬り伏せた。



よく見れば青年の後ろには幾多もの魔物の死骸が転がっており、今に至るまで壮絶な戦いを繰り広げていたことを容易に想像させる。



亜麻色の髪が血で汚れるのもお構いなしに返り血を浴び続ける青年は、遂に巨大な悪魔と対峙する。



「お前で最後だ。魔王」

『人間にしてはやるのだな。しかし私に勝てるかな』



下がっていなさい。と、そばに控える子供を下がらせる魔王。

魔王の子供だろうか。


疲れから震える手を、剣を握り締めることにより何とか持ちこたえさせる。



吠えた青年は剣を携え、

魔王へ突進していった。





◇◆◇◆◇◆




無数の切り傷を負い息絶えた魔王の側でしゃがみこむ青年。

青年自身も深手を負い、生死の境をさまよっている。



血塗られた剣に、血塗られた青年の顔が映る。

それは人間離れした、恐ろしい顔になっている。


(人か、化け物か)


青年は自問した。

ただ魔王を討伐するために、幽鬼の如く強さを求め戦ってきた。

その人間離れした強さは賞賛や仲間を集めたが、同時に仲間達を奪っていった。


既知と呼べる仲間は最早数人しかおらず、大切な人もまた死に―。


それでも残るものがあったからこそ、戦ってきた。


魔王の子供が親の死体と自らをと交互に見定める。


親の仇。と、この子供に命を絶たれるのもまた良いと思っていた。

血塗られた自身にふさわしい末路だと。



しかし、それは無かった。

子供は自身に寄り添い、ありがとう。と呟いた。


その不可解さに眉を潜めれば、不意に眩い光が辺りを包む。



漆黒の城塞が清廉な光りに包まれたと同時に、白い羽根が辺りに舞う。


それはまるで

そう、天使の羽根だ。



白い羽根とは対照的な漆黒の長い髪。


女神と見間違えるほど神々しい美しさをもつ女性が目の前にいた。




『さすがです、剣士アルフレッド』

「…あなたは」

『運命を見定めるため【世界】より遣わされた者』


神託を得たかのように確固たる自信をみなぎらせ、女性は青年へ歩み寄る。


女性は青年の目の前にしゃがみこむと、目の前に丸めた洋紙を差し出した。

金と銀の装飾がほどこされたそれは、女性の輝きを受けさらにきらめいている。



『魔王という、人に災いをなす存在は必ず復活します』

「…また、こんなものが現れると?」


女性はただ静かに頷く。

そして青年へと差し出された洋紙は静かに広がり、その姿を現す。





その洋紙に一行だけ、文字が記されていた。




【不老不死の契約】と




「これは…」

『悪しきものが必ず輪廻し復活するにも関わらず、それを打ち倒す善なるものが必ず復活する保証はありません。だからこそあなたに契約を結んで欲しいのです』


話が見えずに押し黙る青年。

女性は青年の唇に指を当てる。


『確信無き輪廻により善なるものを待つのでは遅すぎる。だから優れた力量と、それを正しきことに使う心を持つあなたを不老不死にし、永遠に戦わせるほうが効率的なのです』



宣告が静かに響く。

世界を救い続けるために、人としての本分を棄てろ。と言われたのだ。




「俺は…」

『選択の余地は有りませんよ、剣士アルフレッド。時と命のことわりを外れ、悪しきものを討ち滅ぼすのがあなたの役割なのです』



世界の具現化とも言える女性。

その女性から突きつけられた選択。

確かに、自身が永遠に死なない存在として悪と戦い続けるのが『正しいのかもしれない』



そして、青年は遠慮がちに口を開く。



「俺は……」







◇◆◇◆◇◆




「……とまあ、これがヴァレンシアと俺との出逢いだよ」

「……」



宿屋の一室内。

アルフレッドと、アルフレッドが不老不死になった経緯を知り、黙りこむ三人がいる。




「…なんで」

「え?」

「なんでアルは契約を結んだんだ?」



ウィリアムが問う。

三人はもう子供と言うには年をとっている。


不老不死というものが『何を意味しているのか』ぐらいは理解している。

五年前、アルフレッドについていくと決めたときよりも。



人を愛しても、先立たれる。

子を成しても、子供に看取られることはなく子供を看取ってしまう。



なぜ、そんな耐え難い道を選んだのか。

ウィリアムや、クライブやミシェラにはまだ理解できなかった。




「約束、なんだよ」


アルフレッドは曖昧にそう言えば、

「外の空気を吸ってくる」と逃げるように部屋を後にした。





町外れの森

鬱蒼とした木々により薄暗いそこを歩くアルフレッド。


ふと足元を見つめれば、切り株に刻まれた年輪が目立つ。

年を重ねた証として誇らしく残っている跡に触れるアルフレッド。


よく見たら切り株からは僅かに双葉が生えており、さながら切り株がその双葉を生み、育んでいるようにも見える。



「そうだ、これはあんたとの約束なんだ」


二の腕を自らの手のひらでつかみ、抱きしめるようにその場でうずくまるアルフレッド。



それは孤独と罪悪に苛まれた、痛みに耐える表情だ。








『不老不死にはならない。と?』

『ああ』



燃え盛る城塞で、女性と青年はそう言葉を交わしていた。

青年の傍らに寄り添う魔王の遺児は、その様を無表情で見つめている。


『あなたは私の言うことを理解していないのですか?』

『理解したから決めたんだよ』


青年は傍らの遺児を左腕で抱き締める。

抱き寄せられた遺児はキョトンとした表情を浮かべながら腕に収まっている。

青年はそんな遺児に笑いかけ、女性へと向き直る。


『確かにあんたの言うことは正しいよ。それが確実だ。…だが』

『だが?』

『だが、人の本分を失ってまで戦うことはしない。…確かに才能はその人限りだ。だけど力や志は、受け継がせることが出来る』


青年はそう言い、遺児を抱く腕に力を込める。



『この子もまた俺を受け継ぐ可能性がある。俺は人として老いて死にたい。そうして死ぬまでの間に俺の力を受け継いだ人間が、更に別の人間に力を伝えていく。…それが段々と重なれば、俺以上の力になるんだ』

『力を正しく受け継がないのかもしれないのですよ』


それは無いと言いたげに微笑む青年。

そして、迷いの無い瞳で女性に告げる。




『人は、過ちを正せるから』




例え誤った道に往こうとも、必ず戻ってくる

戻ってこれると信じている。



すべてを語らずとも真意を悟ったのか、女性は洋紙をしまい、姿を消す。


城塞に満ちた白い光は消え、今や燃え盛る炎の赤い光が周囲を照らしている。




『忘れないで下さい。あなたは世界にとって大切な存在。あなたが正しく力を伝達出来なければ世界が終わることを』



遺児を抱きかかえ、中空から降る女性の声に

「忘れないさ」と青年は言う。


『…行こうか』

『…』



魔王の遺児はただ青年に黙って頷き、青年はそれに笑いかけると城塞を脱出するべく駆け足でその場を立ち去った。




ヴァレンシア暦

0017年 11の月

【魔王討伐】




魔王を討伐したのは当時17才の青年。

魔王を討伐しようと立ち上がり、旅の途中、夢半ばにして倒れた魔術師の父と剣士の母との間に生まれた青年。


名をアルフレッドと言う。




【第三章 完】

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