第二章 死なずの勇者と三人の仲間と暁の誓い
勇者アルフレッド
それは幾度と無く世界を襲う未曽有の危機から人々を救ってきた者。
初めての活躍は
ヴァレンシア暦
0017年 5の月
【魔王討伐】
である。
そして真新しい活躍は
ヴァレンシア暦
1999年 7の月
【邪竜ディアブロ討伐】
である。
長い間彼が戦ってこられたのは、
彼が【呪い】に蝕まれているからである。
【不老不死の呪い】
勇者アルフレッドはその呪いのお陰で今まで戦ってきたのだ。
そして運命は、
否が応でも彼を次の戦いへ誘う。
新たに出来た三人の仲間と共に。
ヴァレンシア暦
2004年 5の月
【ザイルの街にて】
「着いた!」
「長かったねー」
今年15になったウィリアムと、13になったミシェラは背負った荷物を下ろし、同時に伸びをする。
五年前には短く刈り込んでいたウィリアムの髪は耳にかかるほど伸び、ミシェラの亜麻色の髪も滑らかに、腰まで伸びていた。
その顔つきも子供のそれでは無く、様々な事柄を理解した大人の面も醸し出しつつある。
「ほら二人とも、街の入り口で固まってないで」
「他の旅人の迷惑になんだろーが。もう少し考えろ」
アルフレッドとクライブが二人に続いて、街の入り口である石造りのアーチを通過する。
クライブは17
メガネは相変わらずだが、身長はアルフレッドと同じにまで伸び、顔つきも大人のものになっている。
そしてアルフレッドと同じく剣を背負っている。
違いを上げれば、両手持ちの幅広の剣ということだろうか。
アルフレッドは5年前―
ウィリアム達が動向を申し出たあの時から全く変わっていない。
不老不死の呪い故に。
「とりあえず、宿を確保しようか。ウィル頼む」
「分かった!」
人ごみをスイスイと掻き分け向こうへ消えたウィルをしばらく眺めたあと、クライブとミシェラを買い出しに行かせ、アルフレッドはアーチ脇にある石壁に寄りかかった。
新たな魔王。
既知の女性ヴァレンシアから言われた言葉。
無限に闘い続けなければならない宿命なのかとアルフレッドはため息をつく。
しかし、運命を嘆いたかと言って運命が変わらないと言うのも、幾千年の間に悟っていた。
「覚悟していた筈だったんだけどな」
目を伏せ、自嘲するアルフレッド。
出来れば三人の仲間を巻き込みたくはなかった。
それでも、側に居て欲しかった。
彼等の純粋な願いを尊重したわけではなく、ただただ己の為に。
幾千年も生きれば、
親しかった人間は皆死ぬ。
どれだけ友情を感じても
どれだけ愛し合おうと
結局置いて生く。
結局老いて逝かれる。
それでもあの三人を仲間にしたのは、孤独に耐えきれなかったからだろう。
(まったく馬鹿らしい)
矛盾した想いに耽っていれば、ウィルが手を振り回しこちらに向かってくる。
あの様子からして、宿を見つける事が出来たらしい。
(せめて今は、仲間と居られる幸せを感じさせてくれ)
いつか来る辛い別れの影にそう懇願し、アルフレッドはウィルのもとへ走った。
宿の一室でアルフレッドと三人は今日入手した情報を入手していた。
「今の魔王『混沌の担い手レギオン』は北の大地を拠点にしているって聞いたぜ」
「北…『漆黒の城塞』だな」
アルフレッドの発した『漆黒の城塞』と言う単語に頷く三人。
勇者アルフレッドの伝説を語る上で欠かせないのが『漆黒の城塞』。
勇者アルフレッドが倒すべき存在は必ず『漆黒の城塞』を拠点とするのだ。
「長い旅になるな」
「どれくらい?」
「半世紀以上はかかる」
『半世紀!?』
同時に声を出して驚く三人。
なぜならどの伝承にもそんな事は書いていないからだ。
アルフレッドに言わせれば
「時間なんて記しても無駄」だと言うことらしい。
「伝承じゃ『多くの仲間が傷付いて死んでいった』なんてあるが、実際は衰退による別れや老衰による死別が重なっただけなんだ」
「そう…なんだ」
「目の前で死なれるよりはマシ」とアルフレッドは語った。
が、ウィリアムは思う。
避けられない、運命の死が一番辛いのだと。
誰かに殺されたり、自身の過失で死なせたのならば怒りの矛先を誰かに、若しくは自身に向けることが出来る。
だけど自然の摂理なら誰にも怒りは向けられない。
そうして段々とやり場のない虚しさや怒りが鬱積していく。
アルフレッドはどれだけそんな感情を背負ってきたのだろうか。
あとどれほど背負わなければいけないのだろうか。
若いウィリアムには、それしか考える事しか出来なかった。
恐らくはクライブとミシェラも。
「とりあえず、今日はもう寝よう。明日もうちょっと情報を集めて次の街に行く。いいな?」
頷く三人を見たアルフレッドは満足げに頷き、頭から毛布をかぶった。
その瞬間三人の浮かべた悲壮な表情を遮るかのように。
やがて三人もアルフレッドに倣い、毛布をかぶり眠りにつく。
ただ一人、ウィリアムを除いて。
クライブは夜中、自身の大剣を手に部屋を出た。
アルフレッド達を起こさぬよう静かに、そっと。
「なんだ、先を越されてたか」
街の近くの森。
鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた、少し開けた場所には木に向かい矢を射るウィリアムがいた。
木には無数の矢が刺さっており、長い間弓矢の訓練をしていた事を予想させる。
「寝付けなかったんだ」
「俺も寝付けなかった」
お互い静かに笑い、それぞれの得物を駆使した特訓に励む二人。
それは夜の闇が去り
空が白み始めるまで続いた。
汗だくになりながら地面に倒れ、紫色の空を互いに見上げるウィリアムとクライブ。
もう星も月も見えないが、夜の闇と朝の光が入り混じった空は綺麗だった。
「なあ」
ウィリアムが発した言葉にクライブは首だけを向けた。
既知だからだろうか
ウィリアムが何を言いたいかはすでに理解している。
「終わらせよう。魔王の復活を」
「…」
昼間のアルフレッドの話が鮮明に蘇る。
魔王は必ず復活する。
だから勇者アルフレッドは戦わなければならない。
十年
百年
千年
あるいは、もっと長い時間。
孤独に耐えきれなくなって
仲間を作って
たくさん死に別れて
また孤独になって
「僕たちで終わらせよう。そんな悪循環を」
「もう魔王を出現させないようにして、アルフレッドの不老不死の呪いを解く」
お互いに顔を見合わせ、誓う。
今登り始めた暁の太陽がそのしるしだ。
未だに幼く、青い二人の誓いが今未来にどのような影響を及ぼすのかはまだ解らない。
しかし、不安や恐れの色を纏わないその二つの視線は、不死なる勇者が安らかな安息を得た未来のみを見据えていた。
ウィリアム15歳
クライブ17歳
今はまだ若い彼らの
暁の誓いである。
「二人とも何処に居たんだ!?心配したんだぞ!」
『ごめんなさい…』
暁の誓いを終えた二人を待っていたのはアルフレッドからの、いきなり無言で外出した事を咎める叱咤だった。
正座させられた二人の頭上からくどくどとアルフレッドの説教が降ってくる。
ミシェラもいきなり居なくなった二人を心配していたらしく、泣きはらした赤い眼で二人を睨んでいた。
説教が不意に止まる。
何事かと思った二人にアルフレッドが抱き付く。
そして、その腕を肩に回し二人を抱き締める。
そして二人の耳元で、かすかに聞こえる声で呟いた。
「頼むから、置いていかないでくれ」
勇者と讃えられている男の、あまりにも弱々しい語気に二人は万感の思いを込め、謝罪した。
幾千年も孤独を味わい続けた男は、この上なく孤独に弱いのだと。
いや、それは間違いだ。
アルフレッドだけに限った事ではない。
どれほど力が強かろうと
どれほど頭が良かろうと
独りで生きられる人間など、この世界にはただ一人として存在しないのだから。
「とりあえず…無事でよかったよ」
「ごめん、アル」
「心配かけたな、アル」
もう良いよ。と手をふるアルフレッドの申し訳なさから押し黙る二人。
その沈黙を打破しようとミシェラがアルフレッドに話し掛ける。
「ねえアル、昨日聞きそびれた…と言うよりずっと聞きそびれた事があるんだけど、質問していい?」
アルフレッドはその質問に心当たりがあるらしく、椅子に腰掛け頷いた。
「あのヴァレンシアって女性、一体何者なの?」
ウィリアムとクライブもその単語にハッとする。
アルフレッドの旅に同行する前、故郷を襲撃した魔物の軍勢。
そして魔物に襲われた三人を助けた謎の女性。
アルフレッドと既知であり、更には世界の暦『ヴァレンシア暦』と同じ名前を持つ女性。
アルフレッドは息をつくと、真面目な面もちになった。
三人も自然と緊張の糸が張り詰めたような感じになる。
「今まで話す機会も無いし、話さなくてもいいと思ってたが…まあ良いか。話すよ、アイツの事」
俺とアイツ…ヴァレンシアが出会ったのは、最初の魔王を討伐したときだ。
つまりは、
ヴァレンシア暦
0017年
の時だな。
【第二章 完】