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第一章 死なずの勇者と三人の子供


勇者アルフレッドは知恵有る邪竜ディアブロの首に剣を突き立てた。

首から吹き出る鮮血と喉からしゃくりあげた絶叫と共に地に伏せる邪竜ディアブロ。



赤い月を背景におどろおどろしく建立されていた漆黒の城塞は既に炎に包まれおり、命の灯火が消えかかっている主の邪竜ディアブロと運命を共にしようとしていた。



"口惜しや。万物の頂点に立つ私が、よもや人間に敗れ去るとは"


邪竜ディアブロの辞世の言葉を聞き取りながら、勇者アルフレッドは得物を邪竜ディアブロの首から引き抜いた。


血を浴び紅く輝くそれを振るい、血を払いアルフレッドは邪竜ディアブロの側へひざまづく。



「お前は沢山殺しすぎた。赦される許容量を越えすぎていたんだよ」



ふ、と短く笑い目を細める邪竜ディアブロ。

目の前の勇者アルフレッドを映す視界がぼやけ始めたそのとき、既成景デジャヴは起こりはじめた。



"まるで千年前、父が死した時と同じだ。

…父もまた世界を統べようとし、人間に打ち倒された。

幼い我は人間に情けをかけられ、惨めに生き延びた…が、まさか父の二の轍を踏む羽目になるとは"


「『奢れるものはただ等しく灰になり、慎ましき者にこそ栄光は有りけり』…だったか」



邪竜ディアブロは勇者アルフレッドの放った言葉にハッと目を見開いた。

地なりのような唸り声をあげ、残された力を使い爪を向ける。



"おお…まさしく千年前に父が遺した言葉。

…そうか!見た顔と思えばお前は……!"



邪竜ディアブロの言葉は勇者アルフレッドが横に払った剣の一撃により遮られた。

斬り裂かれた肉の間から吹き出る鮮血が勇者アルフレッドの体を赤に染めてゆく。


物言わぬ屍と化したであろう邪竜ディアブロを視界に収め、勇者アルフレッドもまた地面に倒れ込む。


剣を地に

さながら墓標のように突き立てながら。



「お前も、お前の父の様に俺を残して逝くのか」


呟く勇者アルフレッド。



邪竜ディアブロから流れる血が。

城塞を燃やす炎が。

勇者アルフレッドの視界に映る世界全てを赤に染め上げる。



勇者アルフレッドの世界はぼやけ、黒い闇へと沈んでいった。




ヴァレンシア暦

1999年 7の月


【邪竜ディアブロ討伐】









ヴァレンシア暦

2099年 7の月



勇者アルフレッドが邪竜ディアブロ討伐に成功して百年経過した今日

ここラグナスの街ではそれを記念し感謝祭が催されている。


祭りを彩る露店や催し物の準備に勤しむ住人や、遠方をはるばる街に来た観光客とでごった返す大通りを、三人の子供がスイスイと進んでゆく。


歳は10程度

二人の男子に一人の女子だ。


三人で、今日はどのお店に行こうかなどと楽しげに話をしながら人混みを避けて走っていれば、短く刈り込んだ赤い髪の毛の少年が男にぶつかる。



「わっ!…ご、ごめんなさい!」



体を九十度に曲げ頭を下げる少年の頭を、男は優しく撫でた。


「気にしなくていいよ。君は大丈夫か?」

「う、うん」


顔をあげる赤髪の少年

そこに居たのは精悍な顔つきの剣士だった。

亜麻色の髪の、少年をやっと脱したかのような青年ではあるが、体付きはマントを羽織っていてもわかるようにかなり逞しい。

背中には古ぼけた、シンプルな長剣がある。



「とりあえず、ここは人の邪魔になるから別の所にいこうか」



子供たちは頷く。

三人の子供と剣士の周りには人だかりが出来、とてもではないが落ち着いて話が出来る場所では無くなっていた。






◇◆◇◆◇◆




「へえ、剣士さんの名前もアルフレッドなんだ!」

「勇者さまとおんなじ!」


街から離れた空き家。

そこは鍵が壊れており、三人の子供たちの秘密基地と化している。


アルフレッドは地べたに、子供たちはボロボロのソファーに腰掛けながら話をしている。



「名前負け…つまり名前が似合わないって色んな人からいわれるんだけどな。…そういえば、君たちの名前は?」



赤髪の少年は

「僕、ウィリアム!」


メガネをかけた少年は

「オレはクライブ」


アルフレッドと同じ、亜麻色の髪の少女は

「私ミシェラ〜」



と、それぞれ元気良く挨拶する。



「ウィリアムにクライブ、それにミシェラか。いい名前だな」

「あ、僕いつもウィルって呼ばれるからアルフレッドさんもウィルって呼んで!」



ウィルにそう言われアルフレッドは微笑み

「俺もアルでいいよ」と三人に申し出た。





「アルは何で旅をしているの?」

「やっぱり剣士らしく修行とか!」

「私的にはロマンチックに故郷に残した恋人に会いに行くとかがいいな〜」



やいのやいのと質問攻めをする子供たちに苦笑するアルフレッド。

ふう、と息を一つつき座り直す。



「まあ、色々…かな。

約束していたってのもあるし、自分がそうしたいってのもある」

「約束?」

「約束」



訳が分からず三人揃って首を傾げる子供に思わず噴き出すアルフレッド。

子供たちも何故アルフレッドが噴き出したのか分からないが、つられて笑い出す。





その後アルフレッド達は日が傾くまで話し込み、話に付き合い宿を探し損ねたアルフレッドはウィルの家に泊めて貰えると言うことになった。




◇◆◇◆◇◆




夕飯をご馳走になったアルフレッドはウィルの部屋で寝ることになった。


床に毛布代わりのマントを敷き、枕元に剣を置き横たわるアルフレッド。

ベッドの上からウィルがひょいっと顔を出す。



「ねえアル、アルはこのお祭りがなんだったか分かる?」


一応、とアルは曖昧に頷く。

ウィルはそれを見るとにいっと笑ってみせる。



「僕さ、勇者アルフレッドみたいになりたいんだ!弱きを助け悪しきをくじく正義の味方に」



ウィルの屈託の無い笑みを見、押し黙ったアルフレッド。

ウィルはアルフレッドの浮かべた表情にぎょっとする。


泣きそう、だったのだ。

何かをこらえるかのように瞳を潤ませるアルフレッドにウィルは慌てる。



「ど、どうしたのアル?」

「…いや、何でもない。何でもないよウィル」



取り繕うかのような笑みを浮かべるアルフレッド。

幼さ故か、その笑みを『心から』の笑みと勘違いしたウィルは

「そっか」と安心したように呟く。




やがて眠たそうに目をこするウィルに

「もう寝な」と促し、共に眠りに落ちるアルフレッド。


瞳の裏に何かの情景を映しながら、アルフレッドの意識は闇に沈んだ。







来る。


あの暗く恐ろしい空の向こうから。



あの先が見えぬ曇天を切り裂いた彼方から。



懐かしいものが

恐ろしいものが



やって来る―!






突如感じ取った気配に目を覚ましたアルフレッドは枕元の剣を手に起き上がる。

ウィルは当然ながら気配に気づかず安眠している。


しばらくその穏やかな寝顔を眺め、気配の主を突き止めようと表へ出るアルフレッド。




「……!」



アルフレッドが見たものは、暗い空。

隙間なく空を覆い尽くす魔物の軍勢。



突如空に出来た群の一部が下に隆起し、塊となって落下してくる。


魔物が降り注いだ時に生じた轟音により街は眠りから醒める。



「なんだこの音は…!」

「あれを見ろ!」

「ま、魔物だぁあっ!」



街は上へ下への騒乱。

更には街の勝手分からぬ観光客も居るため昼間以上に大通りは混雑し、人々は魔物の恰好の獲物となる。




「させん!」



大も小も関係なく魔物を一太刀で葬り去りながら街の人々を助けてゆくアルフレッド。

勇猛果敢なアルフレッドの活躍に街の人間は魅了されている。



そんな最中―。







「いた!クライブ!」

「見つかったのか!」



両親と離れ、騒乱の最中を走るウィルとクライブ。


途中で目的

―はぐれたミシェラを見つけ出す。


ミシェラは泣いていた。

傍らで事切れた両親を揺さぶりながら。



「おとうさんっ!おかあさぁん!」


いくら揺さぶってもミシェラの両親は目を覚まさない。

ウィルもクライブも幼いながらに『死』を理解していたから、その結果は分かりきっていた。



しかしミシェラは揺さぶり続ける。

『死』が理解出来ないわけではなく、信じられないから。



「―っ」

「クライブ?」


クライブはミシェラを連れて行こうとする。

このままでは魔物の餌になる危険性が高いと理解していたからだ。




しかし一寸遅かった。

ずんぐりした体躯の魔物が三人を見つけてしまったのだ。



「ひっ…!」

「やぁあだああっ!」


怯えるクライブとミシェラ

その二人の前にウィルが立つ。

両手を広げ、魔物から二人を守るように。



「僕のともだちに手を出すな!」


凛と言い放つウィル。

膝は震えているが、言葉に淀みはない。




魔物はただ無表情のまま、ウィルに向かい手を振り下ろす。








◆◇◆◇◆◇




「はあっ…はあっ」


息を切らしながら街中を走るアルフレッド。

避難し終えたウィルの両親から、ウィルが居ないと言われたのだ。


魔物に襲われて命を落とした住民の亡骸が目に付く。

救えなかったという悔恨の感情が胸の内にわくと同時に、ウィルの死という縁起でもない結末が脳裏に浮かぶ。



(死んでくれるなよ…ウィル!)










◆◇◆◇◆◇






アルフレッドが曲がり角を曲がると、今まさにずんぐりした魔物がウィルに右手を振り下ろさんとしている。




(間に合わないっ!)




アルフレッドが目を閉じた瞬間。




"無様ね。アルフレッド"



女の声が響き、魔物が爆散する。






一瞬の出来事に呆然とするウィル。

しかしすぐに緊張の糸が切れ、その場に座り込み泣き出す。



「ウィル!…クライブにミシェラもいたのか」

『…!アルーっ!』



子供たちは涙で汚れた顔のままアルフレッドに抱きつく。

アルフレッドも子供たちを優しく、しかししっかりと抱き締める。









「人気なのね。勇者アルフレッド」



突如響いた女の声に顔を上げるアルフレッド。

爆散した魔物が居たところには、漆黒の髪を靡かせる女性がいた。




「ヴァレンシア…」

「100年の間に腕が鈍ったのかしら?この程度の魔物の群れ、昔のアナタなら苦労しなかったはずよ」


笑顔で嫌味を話す女性にうつむき加減で

「すまない」と謝るアルフレッド。

アルフレッドの手の中に収まった子供たちは女性を見、さらに女性の放った言葉に驚愕する。




アルが、勇者アルフレッド。




伝説の存在だった勇者アルフレッドが、自身の目の前にいたのだ。



「すごい…すごーい!」

「で、デタラメだろ。だって勇者アルフレッドはもう100年前に…」

「アルフレッドは、諸事情により不老不死なのよ」



クライブの一言にヴァレンシアと呼ばれた女性が答える。



「アル…。本当に、アルが」

「…ああ、俺が勇者アルフレッドだ」




ウィルの問いに静かに、しかし確かに頷くアルフレッド。

そしてヴァレンシアへ向き直る。



「ヴァレンシア、何故魔物がいる」

「また『魔王』が現れた。邪竜ディアブロに代わる悪しき存在が」



それだけを伝え、ヴァレンシアは虚空へ消え去る。



『忘れないでねアルフレッド。アナタが『アルフレッド』となった時から【契約】は持ち越されたのだから』






後に残された子供たちとアルフレッド。



「忘れないさ」と言うアルフレッドの呟きは風に吹かれ、誰の耳に入ることなく消えた。









騒ぎから3日後。

街の復旧を手伝っていたアルフレッドは、この街を今日発つ旨を子供たちに告げた。


子供たちは泣かず、なにか決意を秘めた表情でアルフレッドの前に立つ。



「…どうした?」

「僕たちも連れてって。アル」


アルフレッドはその言葉を聞くなり、無言で立ち去ろうとする。

しかし子供たちはすぐに回り込み、アルフレッドの前に立ちはだかる。



「……何故だ?」

「昨日、決めたんだ」







◆◇◆◇◆◇




「アルが、勇者アルフレッドだったなんて…」

「寝耳に水…」

「すごいよね…」




復旧作業に従事する大人達を見つめる子供たち。

その中にはアルフレッドもいた。




三人の頭に浮かぶのは昨日の出来事と、アルフレッドの今までの出来事。


聞けば今まで語り継がれてきた世界の危機を救ってきた勇者とは、全てアルフレッドのことなのだ。


不老不死のアルフレッドが今まで戦って

今まで救ってきたのだ。


たった独りで。




「じゃあ、アルは誰が助けるの?」


涙を浮かべるミシェラ。


他人に望まれ

救いの手を平等に差し伸べ

自らをすり減らしながら永遠に生きていくアルフレッドを思うと思わずには居られない。



『助けたい』と―。







「僕たちが助けよう」



ウィルがクライブとミシェラに語りかける。


「僕たちはアルみたく不老不死じゃない」



だけど

アルフレッドを助けることは出来るはずだ。



「俺も、助ける」

「私も助けるよ!」



風が吹く。

一陣の風に吹かれた三人は、決意の瞳で空の彼方を見据えた。






◆◇◆◇◆◇




「両親には話した」

「俺は爺さん婆さんだけだけど、二人には納得いくまで説明した」

「私は…両親いなくなっちゃったから」



帰るべき場所を捨てた二人と、帰るべき場所の無い一人の目をそらさずに見つめ返すアルフレッド。



「今は足手まといかもしれないけど、必ずアルフレッドを助けられるようになるから…!」

「お願い!アル!」

「おねがいしますっ!」




頭を下げる三人を尻目にアルフレッドは背を向ける。



「危険だぞ」

「分かってる」

「食うものに困るぞ」

「みんなで手分けすれば大丈夫だよ」

「野宿が多くなるぞ」

「みんながいれば、平気!」




アルフレッドはふっ、と笑いそのまま歩く。

後ろの三人に

「付いて来い」と促しながら。



『…うんっ!』




明るい声が、晴れ渡った空に響く。



勇者アルフレッドと三人の子供たちは、ラグナスの街を発つ。




ウィリアム10歳

クライブ12歳

ミシェラ9歳




ヴァレンシア歴

2099年 7の月の事である。







【第一章 完】

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