リグレットキッチン__Ⅱ
やっと書けた、「後輩のポテチをひとつ貰う」のシーンです。
でも本来はこうするつもりじゃなかったのに。
ちなみに七夕記念で書いた作品でもあります。
「……別に、寂しくないし」
「素直に寂しいから帰ってきてって言えばいいのに」
先輩の居なくなった部室には、この半年で私ともう一人の部員が増えたいた。時々来る先輩からのメールを見てはこうやって落ち込んでいる面倒な私を、新入生である花守千歳はそう言って一蹴した。
千歳は小さい頃から私の面倒を見ていると言っても過言ではないくらいに、私よりもしっかりとした一つ下の幼なじみで、今年この学校に入学してきた。
今日、7月7日の朝に届いた先輩のからメール。
「この国には七夕がないらしいんだ。だから代わりに『炭酸水が水道から出ますように』って書いておいてくれ」
という何ともふざけたメールに対して、少しは私の事を気にしてくれてもいいのにと、部室で菓子を食べ続ける私に対しても「また太るよ」と冷たい言葉を送ってくれるくらいには、しっかりした後輩は、私のためにクッキーを焼いていた。
「お姉ちゃんはさ、自分勝手だよね」
「はっきり言わないでよ……今傷つきやすいんだから」
「知らないよ、自業自得じゃん」
確かにそうなのだが、私はそれでも先輩も悪いと声を漏らす。
あの人は鈍感過ぎる。
誰かのために自分を犠牲にするくせに、触れてるものしか見ないのだからタチが悪い。あの人が時々送ってくるメールも近況報告というよりも暇つぶしに送ってくるような他愛ない文ばかりだ。
そんな言葉を並べる先輩と言葉を隠す私の距離は、相も変わらずだ。
「千歳紅茶入れてー」
「あ、紅茶切れてたよ」
「えー……じゃあ何でもいいや」
あからさまに自分のやる気が削がれていく。夏の暑さも影響して、今の私は屍のようだ。
冷蔵庫を開いて、手前にあったオレンジジュースのペットボトルを取って、また机に戻る。
半年前ならば、冷蔵庫は材料の隙間に炭酸水が押し込まれているような状態だったが、今はもう炭酸水は無い。材料とオレンジジュースとお茶が数本並ぶだけだった。
「短冊って言っても、私も書かないし……」
「書けばいいじゃん、先輩と会えますようにーって」
オレンジジュースの蓋を開けながらそうボヤくと、出来上がったクッキーを持ってきた千歳が私からオレンジジュースをひったくってそう言った。
「別に会いたくないし」
クッキーを一つ食べる。焼き上がってまだ冷ましていないので、熱い。
「あっそ、ツンデレってのは相手がいない時にしても意味無いよ」
自分は焼いたクッキーを食べず、机においてあったのり塩味のポテトチップスの封を開けた。
「よくそんな甘いの食べられるね」
と、千歳が作ったクッキーを食べる私の顔をマジマジと見つめてきた。
千歳は昔から甘い物が苦手で、どちらかというとポテトチップスだとか、そういう物をよく食べていた。
「甘い物がないと生きてけないよ」
「私はポテチさえあればいいや」
「1口貰うね」と、千歳の持っていた袋から3枚ほどポテトチップスを取り出し、口に含んだ。
クッキーと違って砂糖ではなく塩の味が口に広がったが、甘みがないと何処か物足りなくて、クッキーを口に入れた。
やはり私には甘い物の方が合っているのだろう、あまりポテトチップスを美味しいとは感じず、オレンジジュースを飲んだ。
「やっぱ砂糖がいい」
「ついに原料を求めるんだ……太るというかもう、病気になるよ」
「いいの、美味しいもの食べて死ぬんなら満足だもん」
「そ、」と呆れたような返事が返ってきて、少しの間無言が続く。
先輩がいた頃の部室はもう少し明るく、私もよく笑っていたと思う。別に千歳が悪いわけじゃないが、今の私は半年前に比べると格段に暗くなっている。
甘い物を食べると美味しいと感じるし満腹になれば幸せな気持ちになるが、何処か満足しないような感覚が残るのだ。
いつも罵倒していた先輩がいなくなってストレスが溜まっているのが原因だろうと、言い訳の理由を考えては答えを突き付けられてしまう。
何を話すか考えながら私は、ふと思いついた質問を口に出す。何度か聞いた質問だったと思うけれど、私はこの質問をやめようとはしない。
「ねぇ千歳、私が少しわがまま言ってたらどうなってたかなー……」
「お姉ちゃんが先輩の彼女になってた」
そんなわけないでしょと反論はせず、私はその答えを聞いて机に顔を突っ伏した。
後悔しているのは、この半年で痛いほどに自覚した。
どうしようもないことだと諦めようと、ひたすら忘れようともした。けれど先輩が他愛ないメールを送ってきては思い出している。
「まぁ、帰ってくるの待てばいいじゃん。いつかは帰ってくるんだし、それまで待ってから告白してもいいんじゃない」
珍しく優しい言葉だ、と思ったところで「その間に恋人出来てるかもだけど」と付け加えられた。
けれどそれに反論するのは、それこそ間違っている。
私が選んだ選択肢は諦める事ではなく、先送りにすることだったはずだから待つのが通りだ。
先輩に伝えた「帰ってきたら話がある」の言葉を、先輩が忘れてさえいなければいいのだが、それは少し不安。
「そうだね、待ってるしかないよね」
「待ってるだけじゃダメだけどね」
合いの手のようなツッコミに私は「じゃあどうすればいいの!」と返した。
「そんなの知らないけど、とりあえずは短冊書いてあげればいいんじゃないの」
空になったポテトチップスの袋を捨てて、千歳は立ち上がった。
「今日見たいアニメあるから帰る」
「はーい、また明日ねー」
さて、私も帰ろう。
そう思った矢先、携帯のバイブレーションが起動した。
『 着信、先輩』
私は少し迷ってから、応答の方へスライドした。
「何のようですか、フランス先輩」
『変な名前を付けるな、今暇?』
わざと忙しいと言ってやろうかと迷ったが、仕方なく私は暇だと伝える。
これまで先輩が2回電話してきた事があったが、そのどちらも他愛ない雑談で終わり、余計に胸が苦しくなった思い出がある。だから嫌なのだ、私のことを一切考慮しないこの男からの電話は。
『俺、来月そっちに行くことになったから泊めてもらえない?』
「はい?」
そんな風に、どうやら私の物語はシリアスには終わらず。
何の前触れもなく訪れるイベントに「馬鹿何じゃないですか!?」と声を荒らげる事になってしまった。
『冗談、でもお前の家の近くのアパートに住むと思うから、一ヶ月位の間よろしく』
鳴き始めた蝉の声に夏の気配を感じながら、私はゲリラ豪雨のような電話を切る。
もう短冊なんて書いてやらない。少し書いてあげようとも思っていたけれど、もう書かないと決めて残っていたクッキーを頬張った。
最初に連載にしなかったので、ショートショートの形で行きます。
一応短篇集という形にはなっているので、すみませんでした。
作者は自分以外にリア充を許しません。