第三話
「…気は済んだかしら?」
「なに?」
楽しそうな表情が一変し、青年は私を怯えた目で見始める。
「あなた私の過去を知っているのよね。
なら今の私の情報もご存じなのかしら」
「…現在は放浪の旅に出ていて、最近この国に戻って来たんだろう?」
「半分正解でもう半分は間違ってるわ
私はある目的の為に旅をしていた…それを知らない時点であなたは恐るるに足らない存在だと言う事が分かった」
右手の手のひらに魔力を集中させて、放つ。
「ぐあっ」
風の刃が青年を襲った。
殺しはしない、せめて威嚇にはなるだろう。
「私はある女を捜しているの…あなたのボスは彼女かしら?」
「ひっ」
一歩青年の方へと踏み出すと、青年も一歩後ろに下がる。
「腕から行く?足から行く?街中で死体が転がっていたらあれだけど路地裏なら全く問題無いわよね?
時々ある事だし、憲兵隊からの事情聴取には笑顔で「敵討ちです」とでも言えば通りますものね」
「ひぃ…うわあああ!!!」
にこりと笑みを向けると、情けない事に青年は走り去って行った。
「…今回もハズレかー」
青年の去って行った方面を見やり、女は天を仰いだ。
青年の口振りからすると、私はあるところではそれなりな有名人らしい。
確かに目立つ容姿をしている事は自覚しているが、十年以上も昔の事をどうしてあの青年はあの様に詳しく知っていたのだろう。
「……尻尾、掴んだか?」
女はそう独り言つと、首を振って路地を抜けた。
露店で買って来た果物を手に、ストー達の居る家まで向かう。
スラム街は閑散としており、やはり珍しそうに私を遠巻きに見る事は変わらない。
心の中で苦笑しつつ家に入ると、奥さんが台所に立っていて「あら、お帰りなさい」と振り返って微笑んだ。
「こんばんは、もう立っていて大丈夫なの?」
そう問い掛けながら持って来た果物を渡すと、礼を言いながら頷く。
「ええ、体が嘘のように軽いの。
頭も痛くないし、喉だって!旦那が頑張ってくれているのだから、私も早く元気にならなくちゃ!」
「…強いのね」
女の言葉に、奥さんは力強く頷いた。
「せめて料理は俺がすると言ったんだが…」
「まあ、だめよ!あなたが台所に立つとっせっかくの材料が無駄になっちゃうじゃない!」
奥さんの返しに笑いながら、女は治癒の魔法を奥さんへとかけると家を出た。
これでもう大丈夫だと確信したのと、今日の会えりの連中がまた襲って来ないとも限らない為。
ギルドの宿に泊まる事にした。
スラム街を抜けると、薄く広く広がる殺気に気付いた。
ギルドまではまだ距離がある。もう夜も深いこの時間帯に市街地で死人を出すのは本意では無い。
「路地に入るしか」
「……なぜお前は人に頼らず自分一人で解決しようとするのか」
「エリオス!」
セントラルパーク五丁目を進んでいると、急に隣から聞こえて来た声に驚いて立ち止まる。
そこには銀の髪を持つハリスロの剣を支える男、ギルドマスターのエリオスが居た。
「飲み帰り?」
「バカ。お前を待ってたに決まってるだろう」
そう言って苦笑すると、エリオスは隣に並んで歩き出した。
「俺はハリスロの剣のギルマスだ。
まあ盾くらいにはなってやれる」
「…そっか、いつもありがとう」
素直に礼を言うと腰に手が回って来たので思いっきり抓ってやった。
後ろで淀んでいた殺気が薄れて行くのを感じながら、私は無事ギルドまでやって来れた。
「じゃあエリオス、私は宿に泊まるから」
「俺の部屋に来ないのか?」
不思議そうな顔をしたエリオスに舌を出して「手を出されたら困るから、行かない」と断って、併設されている宿へと向かった。
宿の扉を開けると、帳簿を睨みつけながらしわくちゃのおじいちゃんが顔を上げる。
「ああ、シルベリアか」
「久しぶり、ヒューデルさん。一泊お願い」
笑顔を向けると、いつもの部屋番号が彫られた鍵を受け取って二階に上がる。
二階の角部屋は私のお気に入りなのだ。
備え付けのキッチンで湯を沸かし、乾燥したハーブを入れてしばらく待つ。
淹れたハーブティーを飲みながら女は明日以降の動きを考えていた。
夜が明けて一番、女はエリオスの元を訪れた。
エリオスの私室は何度か訪れた事があるが、今日は来る事が分かっていたようで。
テーブルの上には紅茶が用意されていた。
「来るって言ってた?」
ソファに腰を下ろすと、苦笑して「明日以降甘えに来ると言っていただろう?」とエリオス自身もソファーに腰掛ける。
「そう言えば言ってた」
「だろう」
隣に座ったエリオスは女の頭を優しく撫でる。
されるがままに目を閉じた女は、ふっと息を吐き出しながら呟いた。
「ありがとう」
「いきなりなんだ」
驚いたように視線を女に向けるエリオス。
その反応にむっとしながらも、今は素直になろうとしているらしい女は、エリオスの肩に頭を預けながらもう一度礼を言った。
「昨日も、一昨日も今も、もっと言うとずっと昔私がエリオスと出会った時から。
貴方は私を見捨てずに、私と向き合ってくれて居た。
もちろんタザンにも感謝しているけれど…今お礼を言えるのは貴方しかいないから」
「気にするな、シルビー。俺はお前の為ならなんだってしてやるさ」
「……うん」
その気持ちは素直に嬉しかった。
自分の言葉はいつも苦しかった。
昔と比べてしまう昔の自分が嫌いだった。
私だけが悲しい子だと…当初は目も当てられないくらい暗く考えてしまっていた。
そんな私が今笑顔で話せているのは間違いなくタザンとエリオスのおかげで、私の目標が達成した後に迷惑がられるくらいにギルドに貢献して行くつもりだ。
「それで、今日は何を言いに来たんだ?」
「え?」
目を丸くすると、ふとエリオスは微笑んだ。
「お前が甘えに来る時は、何かしら成果があった時だろう?
それに今日はセクハラに対して寛大だからな」
「…取り敢えず手を退けようか」
ぎりりと爪を立て捻りあげると、苦笑しながら女は言った。
「昨日エリオスと出会う前、刺客と口論になったの」
「……怪我は」
「無い。私の過去を知っていた男で、ごく一般的な剣士風の男だった。
私が昨日見せたこれをボスが欲しがってるって言ってたの」
胸元からブラッド・ナイトを取り出すと、エリオスの表情は曇る。
「しかしその宝石の市場価値を考えれば誰もが欲しがる。
それこそ正当な手段が通用しない相手もだ」
「…その中にもし、彼女が居るのなら…」
女は目の前に答えを見付けかけているのかもしれないと思いワクワクした。
しかし、エリオスはいつもの通り渋い顔で首を振った。
「早計だ。まだ集まり切っていない情報を信頼するのは危険だ。
そもそも相手がその答えを持っていなかった事が一番怪しい」
「でも…」
「シルベリア、まだ時期じゃない」
優しく手を頭に置かれ、微笑む。
「俺の方でも少し探りを入れてみよう。
それまでもう少し一人で動くのは止めてくれないか」
「…エリオス…」
「俺だってお前の力になりたいと思っているんだ」
優しく抱きしめられて、女は深くため息を吐き出した。
「分かったわ」
「ありがとう」
そっと頬に当たって離れて行ったエリオスの唇にクッションを投げ付ける。
「私にこんな事して良いのは今日だけよ、今日だけだからね!
明日からはまた酷い事言ってやるんだから!!」
真っ赤な顔をした女は、そう叫ぶとエリオスの胸に飛び込んだ。
「良いさ、本当は誰よりも寂しがりで意地っ張りなお前も好きだからな」
笑うエリオスに女も抱き着くと、ゆっくりと唇が重なった。
突然の孤独故の反応なのだろう。
女はある時から自己防衛が過剰になる時期があった。
タザン曰く「守ってくれる存在が居なくなったと感じているから」と、少し落ち着てから言われた事がある。
女は生きなければいけなかった。
両親と国民の分まで生きなければいけなかった。
そう考えてしまい、女はどんどん潰れて行くように自分を虐げがむしゃらにクエストを受けようとしていた。
今はただ自分の納得の行く考えを模索している途中なのだろうと、ギルドのメンバーは敢えて言及もしなかった。
そうして三年が経てば、女の心も落ち着いて来たらしい。
クエストを受けて行く内に身に付けた力で、女は自自分自身について考えたと言う。
一つ。今まで自分は守られ過ぎていたと言う事。
二つ。やられた事はやり返さなければいけないと言う事。
三つ。自分は…変わっても良いと言う事。
守られる存在よりも守る存在でありたい。
そう気付いたから。
女がその事に気付き、変わって行った。