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第二話

セントラルパーク二丁目の角に、ハリスロの剣と呼ばれるギルドがあった。

その昔ハリスロと言う国王を守り敬っていた剣士が、死した国王の意思を守る為にギルドを設立したと噂されており、このセントラルパーク…引いてはガルダック国の国民や国家からの信頼も厚い。

現在第十四代目ギルドマスターであるエリオス・バダークの指揮の元、総勢二千人もの人数を抱える大型ギルドであった。


その門を叩くと、女は真っ先に奥にあるギルドマスターのところへと駆け寄った。


「マスター、ただいま。紹介するわ、……名前なんだっけ」


「ストーと言う」


「そうそう、ストーがギルド入りしたいんだって」


「……帰って来て早々騒がしいな。まあ、いつもの事か」


カウンターから女の方へと体を向けると、男は近くに居たウエイトレスへと言付けると紙とペンを持って来させた。

そして簡単に宣言を書き出し、名前を書くと向き直った。


「ストーと言ったな、ようこそ我がギルドへ。

堅苦しい挨拶も前口上も無いが…まあ、ゆっくり馴染んで行けばいいさ」


「…え、こんな簡単に?そうだ、入会金!」


「後日頂くとしよう、べス、彼を案内してやってくれ」


「かしこまりました」


先程のウェイトレスに案内されて行くストーを見送ると、手招きして来たギルドマスターの隣へと腰かけた。


「何を飲む?」


「飲まないわよ、今から病人の介護だから」


「病人?」


目を丸くしたエリオスに、女は頷いた。

そして今日あった出来事を話すと、大きな大きなため息と共に頭を叩かれた。


「いたっ」


「なんでもかんでも背負い込んで…この街の事なら俺達に相談してからでも遅くないだろう」


「私がギルドに所属するのはお金儲けの為よ?

もちろんみんなの事は大好きだけど」


「…俺もか?」


顎に添えられ熱っぽい視線を受け、女は白目で見やり飲みかけのサワーを頭からかぶしてやった。

そして微笑む。


「目は冷めた?私の容姿は神様の産物だけど…その容姿に群がって来る虫は殺虫剤ぶちまけてやるって前に話さなかったかしら」


「……俺にこんな仕打ちをするのは、お前くらいだぞ…シルビー」


「うるさいわよ、相当な罰でしょ。まだ足りないくらいよ」


「まったく…いつになったらお前は俺の物になる?」


「私は誰の物にもならない…好意はありがたく貰っておくけどね」


微笑んで席を立つと、エリオスの頭を撫でる。

そして掲示板の前で説明を受けているストーの元へと駆け寄った。


「べス」


「あら、シルベリア!あなたも改めて説明を聞く?」


「そうね、私も聞こうかしら」


「では改めて説明しますね」


こほんと咳をすると、べスは掲示板に向き直り笑みを浮かべた。


「こちらの掲示板には、この街での困り事や他の地区、地域。

そして街の店や商会からの依頼を掲載しています。

その他近隣の森や海などからの依頼もたまに入る事があります。

依頼を受ける際はあちらのカウンターから、私が受け付けさせていただきます」


「は、はあ…」


「取り敢えず、簡単な依頼から受けて行けばいいわ。

そして向こう側のテーブル…入口から右にあるテーブルはバディや一緒にクエストに行くメンバーを募っている場所もあるから、少し難しそうだなと思ったらそこのメンバーに声を掛ければ一緒に行ってくれるわ」


「そうか」


頷いたストーを見て、べスが苦笑する。


「シルベリアってば…私の仕事を取らないでよー」


「ああ、ごめんごめん!まあ、そう言う事。

すぐに覚えようとしなくても嫌でも覚えるから、安心して良いわよ」


手を振ると、べスは残りの説明を終わらせてカウンターの奥に戻った。


「こう言う感じ。ね、堅苦しくないでしょ」


「ああ…思ったより…」


「さ、帰る?それとも何か…奥さんにお土産でも買って…」


「シルビー」


「ん」


エリオスの声に振り返ると、手招きされたので深くため息をついた。


「ごめん、ギルマスに呼ばれちゃった。

先に家に帰ってて、夜にはそっちに行くから。

これで晩御飯を買ってちゃんと食べるのよ」


銅貨を数枚握らせると女は先程のカウンターへと戻った。


「どうしたの、ギルマス」


「今回の事。目的は一体何なんだ?」


「目的……ね」


ふっと息を吐き出して、べスに紅茶を頼む。


「…これ」


胸元から取り出したブラッド・ナイトを見せると、エリオスは女の手を取って奥の部屋へと向かった。


そしてソファーに腰掛けると、三度目のため息を吐き出す。


「…これは世の中に出回っていない裏の話しだろう」


「あ…そっか、ごめんなさい」


言われた意味を理解して謝ると、優しい表情に戻って先を促した。


「実はそのブラッド・ナイト…マジックショップじゃなくてただの武具屋に置いてあったのよ」


「…珍しい事も無いだろう、ただの指輪ならそこに魔導士自体が保護陣を施す事が出来る。

その宝石の純度が高いなら…」


「でも店主は、そのブラッド・ナイトの事を知ってたわ。

私が買おうとした時…十万ガイルで安過ぎるって言われたもの。

まあ、効果は切れててただの宝石になった今物好きしか買わないとは思ってたみたいだけど。

市場価値だけで考えれば闇オークションで数千万に化ける宝石だからね、呪いが継続しているのならの話しだけど」


言い終わると、エリオスはしばらくブラッド・ナイトを見詰めていた。


「…まだ、見付からないのか」


「んー」


足をぶらぶらさせながら、女は斜め上を見た。

色々と、長く旅をして来た事を思い出しているのかもしれない。


「うん。欠片も尻尾も見逃さないつもりで旅して来たんだけど。

全然…見付からなかった」


「……あれから三年か」


「いやあ、大陸は広いわね!歩きでしか行けない道も、荷馬車に乗らなくちゃいけない距離の場所にも行った。

だけど見付からないから、戻って来たのよ?」


「さっき俺を冷たく突っぱねたのは、やはり照れか?」


「さあね」


立ち上がり伸びをすると、扉の前で一度振り返る。

そして今日見せた中でもとびきりの笑顔を向けると「明日以降には甘えに来るから」と言い残して去って行く。


「…たまに顔を見せたと思えば」


不意打ちを食らった事に気付き、久しぶりに顔に熱が集まる。

その後三十分は部屋に人が入る事は無かったそうな。



セントラルパークからスラム街へ行くまでに、女は幾度も路地へ入った。

ある路地には野良猫、ある路地にはガラの悪い男達(もちろん邪魔なので掃除した)、そして最後に寄った路地で女は立ち止まると。

大きく相手に聞こえるようにため息を吐き出した。


「…さっきから結構気になっちゃうんだけど…そこの影に居る人、出ておいでよ」


大きく呼ばわると、路地の影から一人の男が出て来る。


「朝からだよね?私が武具屋を出てから…ストーのさらにあとを付けて来た人」


「気付いてたんだ…へえ、さすが」


眉間にしわを寄せながら、目の前の男を改めて見た。

昼間例の武具屋でストーと女の他にいた客だ。

見た目幼さの残る青年。

ブラウンの髪にブラウンの瞳。

青年は意識して笑みを作ると「シルベリアさんだよね?」と問いかける。


「ボスが貴女の買った宝石が欲しいらしくてさ、言い値で買うから売ってくれないかな」


「……ボスって?」


「質問してるのは、僕だよ」


相手は笑みを崩さない。

女は重巡するフリをして相手を盗み見た。

肩当てと胸当てのみの簡素な鎧に腰には剣。

剣士に素手の自分とが争って勝算はあるのか。

………あった。


「嫌と言ったら殺されるの?」


「そんな!僕みたいな素人が貴女に敵うはず無いじゃないですかー」


わざとらしく手を振って驚きを表す。

剣だけでは無く武術にも精通しているのか…はたまた女と同じ魔導士なのか。


「私、これが欲しくて十万ガイルも払ったのに…」


「またまたー、僕知ってるんですよ?

貴女…ブリアガードの皇女…ストランデの悪魔なんでしょう?」


「なっ」


男の笑みが深くなる。


「あははっ、驚いた!そう、貴女は今は亡きブリアガード公国の皇女様で、ストランデの森で神の加護を受けし悪魔だ!」


ストランデ…懐かしい名前だ。

今も続く男の罵りの言葉に、私は目を閉じると当時を振り返った。


ブリアガード公国。

多くの自然に囲まれた、大陸の中でも小国中の小国だった私の故郷。

当時私は7歳で、私の誕生日を祝う為に国の中でバースデーパーティーを行っていた日だった。


父と母と私のたった三人だけの家族はその夜、もう会う事が出来なくなった。




「…お父様、お母様!今日もたくさんプレゼントを貰ってしまったわ!」


小さな腕に抱えきれない程のプレゼントに喜んでいた私は、父と母と共にそのプレゼントくれた人、一人一人へと手紙を書いていた。

溢れる感謝の言葉を綴っていると、リビングに置いてあった柱時計が10時を知らせた。


「あら、もうこんな時間。

良い子は寝る時間ね、シルビー」


「えー…まだみんなに書けてないのに…」


不服そうにレターセットを抱える私に、父様が微笑みかける。


「明日また一緒に書こう、シルビー」


「そうよ、貴女抜きで進めたりしないから」


優しく諭され、それならと頷くと、ナニーのパトスと一緒に部屋へと向かった。


「あ!パトス、眠る前に中庭に寄りたいの!」


「夜風が冷えます故、ただいまカーディガンをお持ちしますわ」


パトスは優しく微笑み、私の最後のわがままを叶えてくれた。

しかし窓の外に見える見事な満月に好奇心を抑え切れなくなり、私は中庭へと向かう。


白銀に輝く満月を見上げ、私は中庭に植えられていた広葉樹の幹へと座り込んだ。


「素敵な誕生日プレゼントにたくさんの人のお祝いの言葉。

そして満月…ああ、すごく幸せ」


笑みを浮かべながら、今日の出来事を噛み締める。

その余韻を楽しみながらもパトスが戻って来る前に渡り廊下へ戻らなくては行けないので、私はその場で立ち上がった。


しかし近くで草むらが揺れ、ネコだろうかと近付くと…黒い何かは私の腕を掴んだ。


「何、誰なの!」


恐怖で叫ぶと、低い男の声が耳元で聞こえて硬直した。


「お前が皇女…シルベリアだな。

今日は満月…彼女の欲する条件に合う女…」


「彼女…?」


首を傾げると、後ろからパトスの悲鳴が聞こえて来て現実に戻った。


「姫様!シルベリア姫様ぁああ!」


「パトス逃げて!父様と母様を!!」


男の言った言葉の意味は分からないけれど、女だと言ったと言う事はその条件とやらに母様かパトスも該当してしまう可能性があった。

とにかく逃げて欲しくて叫んだが、男の手から放たれたナイフによってパトスはその場に倒れる。


「パトス!!」


「黙れ」


低くドスの利いた声に身が竦み、私は黙る。

血がどんどん溢れて来てパトスの体の周りに血の海が出来て、私の体はガタガタと震えた。


そのまま軽く抱えられ、見慣れた屋敷が遠ざかって行く。

近くにとめていた馬に乗ると、またもどんどん見慣れた景色が遠ざかる。

私はその時、屋敷の部屋から母様の悲鳴を聞いた。

あの優しい声がもう聞けないんだと、どこか冷静に受け止めていた。


森へと続く道はこんかにも暗かっただろうか。

馬で駆けるこの森は、こんなにも寂しかっただろうか。

小鳥のさえずりよりも悲鳴が聞こえる。

木々の緑よりも燃える炎が見える。

私の国が、死んで行く。


私はただ一人でも良い。

誰か、誰か一人でも生き延びて欲しいと願った。



暗く長い森を抜け、開けた場所へと来た。

その場所は森の精霊を祀る神殿、ストランデ。

半年に一度、私が舞を奉納して来た場所だった。

真っ白な石で作られた神聖な神殿が、男の放つ炎で汚された。


「…立て」


言われるがままに神殿の前へとやって来ると、背中を蹴られてその場に跪く。


「いたっ」


「喚くな!」


二の腕を切られ、パトスが流していたのと同じものが流れた。

真っ赤な血がどんどん溢れて来る。

男はさらにナイフを入れて傷口を広げると、血を手のひらですくって神殿に擦りつけた。


「精霊よ!この地の神よ!我に偉大なる力を!!」


「……ちか、ら…」


「古代の魔導を我が手に!!」


苦痛で身を捩りながらも顔を上げると、そこには欲望に目が眩んだ男が神殿に向かって叫んでいた。

…もし、私にその力があれば…みんなを、パトスを、母様の父様を、国民を…守れたのかな。


「…ちから」


私に力があれば。私に力があったら。


「私は…」


私に力があったなら、こんな事には。


「ならなかったのに!!」


力の限り叫ぶと、辺りに突風が吹き荒れた。


「許さない…許さない許さない、許さない!!」


血が沸騰する。目がよく見える。もう痛くない。


二の腕の傷口は流れた血を残して塞がった。

夜の中月明かりを頼りにしていた視界も光が無くともよく見えるようになった。

目の前には突然の突風に男がひっくり返っていた。


「よくも私の大切な人達を……」


「き、貴様っ!なぜ古代の力を…っ!!」


これが男の言う古代の力だと言うらしい。

だけど今は、私の頭の中は怒りで真っ赤だった。


その後の記憶は曖昧だが、次に私が目を覚ました時には私の国は消え去っていた。

神殿の付近は巨大なクレーターが出来ており、国中の国民と黒い布を巻いた男達はまとめて城の牢獄に放り込まれていたらしい。


その時、大陸を旅していたエリオスの父に出会い保護され、後にその出来事はストランデの悪魔によって滅ぼされたとなっていた。


ガルダック国へ連れられた私はそのままハリスロの剣へと入会。

当時のギルドマスターであるエリオスの父タザンによって魔導の扱い方を学び、そして今に至る。


色々しらみ潰しに大陸を巡っては黒い布を巻いた男達の事を探ろうとしていたのだが、中々どうして尻尾も欠片も見当たらない。


ほっと息を吐き出すと、私は目の前にいるバカに口を開いた。

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