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第一話

セントラルパーク、二丁目の武具屋。

ここは大陸有数の巨大な街。

その場所には様々な衣食住が集まると言われており、セントラルパーク内ではそれぞれが目的の品物を手に一喜一憂していた。


近くの港でとれる海の幸。

山間で取れる新鮮な野菜や森で狩って来たばかりの肉など、街行く人々は露店を冷やかす。


そんな街中の寂れた武具屋に、一人の女が現れた。

その者、王族に多いとされる薄い蜂蜜色の髪を持ち、光の精霊を宿した金色の瞳を持った大変顔形の整った美女であった。

右往左往に跳ねる髪は肩までの長さで、きょろりと店内を見渡すと右側の棚の上から三段目に置いてあった箱に目を付けた。

店内には女の他に二人客がおり、一人は浅黒い肌に綿のシャツ、そして船乗りに多い裾が縛れるタイプのズボンを履いている男と、まだ少年と呼んでも差し支えないであろう幼さの残る簡易鎧を付けた青年。

それぞれが棚を冷やかしていた中で、女は迷わずその箱を取ると店主の居る奥のテーブルへと足を進めた。

真っ白なタンクトップの上に同じく白いジャケットを羽織り、金の刺繍の入ったバルーンスカート。

そして真っ黒なニーハイソックスに白のブーツ。

真っ暗で埃っぽい店内には、女は異常な程似つかわしくなかった。


「おっちゃん、これちょーだい」


コトリとテーブルに置かれたそれを見て、店主は鼻で笑った。


「これが何なのか分かるのか?」


「うん。言い値で買うよ、ちょーだい」


口元で笑みを作り、女は再度口を開いた。

店主はその様子を見ると、深く深くため息を吐いて箱を開けた。

小さな箱の中には、闇色に光る指輪が一つ入っていた。

その指輪を見た女は、口元だけの笑みから本物の笑みへと表情を変える。


「……いくら出せる」


「先約でもいるの?」


「質問してるのは俺だ」


「……うーん十万ガイルでどう?」


「足元見過ぎだろ。他を探しな」


鼻を鳴らすと、店主は指輪を箱に戻そうとする。

すかさず女は笑みのまま言い放った。


「十分だと思うけど?悪魔の指輪と呼ばれたマジックアイテムだし。

それにその魔法…どう見ても効果切れてるよね、持ち主を次々殺すマジックアイテムなのに、効果の切れてるただのガラクタに十万も出してくれる客はそうそう居ないよ」


「うっ」


店主の顔色が曇る。

その隙を見て、女はテーブルへと手をついた。


「今なら十万出してあげる。

だから早くそれ、私に売れ」


金色の瞳が熱を放っているような錯覚に陥る。

ただの女に脂汗をかくほどプレッシャーを感じている店主は、ようやく頷くと古ぼけた箱に入った指輪と、値段相当の宝石とその他マジックアイテムを付けて女から金を受け取った。


「お前さんは物好きか?

わざわざ来て呪いのマジックアイテムなんぞ買って」


「物好き?まあ、そうかも知れないけど。

でも私に呪いとか、関係無いから」


そう言って受け取ったアイテムを腰に巻いたポシェットに直しこむと、女は店主に手を振って店を出た。

小さな箱から指輪を取り出して指に嵌めると、すごくブカブカだったので肩を落とす。

露店を冷やかしながらゴールドのチェーンを買い込んでネックレスのトップとして悪魔の指輪を身に付ける事にした。



「…やっぱり良い色」


胸元にキラリと光る深い闇色の宝石を色々な角度から見つめながら、女はうっとりと頬を染める。

悪魔の指輪に使われている宝石は、ブラッド・ナイトと呼ばれる悪名高い宝石だった。

とある屋敷に山賊が押し入り、何十人もの血を浴びたルビーは、元の紅色を失い青く黒く染まったと言う。

殺された怨念の怒りが宝石の色を変えたと言われており、その指輪は昔あらゆる場所を巡り、持ち主に不幸をもたらした。


何度も自分の指に嵌めてみるものの、一向に溝が縮まる気がしない。

大通りから伸びる分かれ道を二、三本見逃した頃には満足し、胸元に指輪を仕舞い込むと少女は路地裏に散歩入って跳躍した。


「……やっぱね」


建物の二階部分にあるベランダに足を掛けながら、真下に居る相手を見る。

そこには浅黒い肌に綿のシャツ、そして船乗りに多い裾が絞れるタイプのズボンを履いた男が悔しそうにナイフを握って女を見上げていた。


「…よ、寄越せ…」


「いやよ」


「寄越せ!」


ぶんぶんとがむしゃらにナイフを振り回しながら、男は叫ぶ。

賑やかな大通りからあまり離れていないので人々の活気溢れる掛け声に、男のとち狂った声はかき消される。

わざわざこの路地に入って来る者はいないだろう。

涙をも浮かべながら、男は「指輪を寄越せええ」と叫んだ。


「理由は?人の事付け回しといて理由も無し?」


ナイフを最低限の動作で避けながら女は問い掛ける。


「指輪を…売って、俺は……俺はっ!」


「…よく分からないけど、欲しいなら、お金」


少し動きの鈍った男に、女は瞬時に間合いを詰めて両手を差し出した。

その様子に、男は怯む。


「だから。おーかーねっ!

私だって十万出したんだから、あんたは十三万ね」


「なにっ!?」


「当たり前でしょー?

私が言い値で買おうって言った時もしもっとつりあげた値段で交渉してたらあんたに買われてたのよ?

普通その場合、もっと金積んで譲ってもらおうとするべきじゃない?」


「そ、そんな…金、どこにも……」


がくりと膝を落とした男は、その場で泣き崩れた。


大きな街には良くある事だと思うが、どう国の王様が頑張っても貧富の差は生まれるものだ。

生まれつき身体の弱い者。働く気の無い者。ドラッグにハマった者。

理由は様々だが、彼らは少しでも国から恩恵を受けたいが為に、国の端などにテントを張って暮らす。

恐らくこの男もそう言う類の人間だろう。


「このままでは…妻が……」


「あら、奥さん病気なの?」


女の問い掛けに、男はしばらく黙り込むと少しずつ話し始めた。


「去年の秋頃から、急に熱が出始めて…。

薬を買ってやる事も、医者に診せてやる事も出来なくて…」


「それで盗賊の真似事か。

理由は分からなくは無いけど、そこまで落ちたら行先は憲兵の屯所よ?

良くて懲役、悪くて国家房行きね。

奥さんとも会えなくなって、あなたが出て来る頃には死んじゃってるかもー」


へらりと笑って両手を広げると、男は持っていたナイフを女へと向け走り出す。

その攻撃を紙一重でかわして男を地面に転がすと、女は男へと言った。


「いーい。この世の中綺麗事で生きて行けるほど甘くないわ。

そんなのこの国のみんなが知ってる。

だから今まで私にして来た事も良くある事で流せる」


「な、なにを…」


「私に正式に依頼なさい。

あなたの奥さんを助けて下さいって」


目を見開いて驚く男に、オンナは微笑む。


「奥さんの事、とても愛しているんでしょう?」


「あ…あぁ、俺にとってとても大切な奴なんだ…」


「なら、私が助けてあげる。

その代わり報酬は頂くわ」


「俺には、やれるものなんて…」


「今は良いから、さ!奥さんの元に案内してちょうだい」


笑みを浮かべる女を見て、男は意を決したように立ち上がった。

それと同時に、女も服についたホコリを払って男の後に続いた。

この国の端、サウスエンドと呼ばれる場所が現在のスラム街のようで、女の真っ白な服をスラム街の住人が物珍しそうに見ている。


「…この家だ」


トタンで屋根を敷いているだけの、基礎も何もない場所だった。

藁の敷いている場所に寝ているのが奥さんのようで、急に入って来た女を不思議そうに見ている。


「こんにちは、いきなりごめんなさいね。

私は流れの魔導士。あなたの具合が悪いと聞いて、少し寄ってみたの」


「それは…わざわざこんなところまで、ありがとうございます…」


「ああ、起きなくて良いのよ。

寝ていらして」


背中に手を回すと、ゆっくり藁の上に寝かせた。

顔色が悪い。熱も高い。

これが去年の秋頃からと言う事は半年もこの状態で耐えているのか。


「今から治療しますね。

奥さん、安心して…目を閉じて下さい」


安心させるようにこりと微笑むと、相手はうっすらと微笑んで目を閉じた。

後ろでは不安げに男が女を見ている。

そんな中、女は集中する為自身も目を閉じ。

手のひらを相手の額へとかざした。


「…風邪が悪化したようね。

喉も腫れているし、何より食生活の改善が一番みたい」


「だが、俺が働いても働いても…賃金は上がらねえ」


「見たところあなた船乗りね、この港の船に乗ってるの?」


「ああ、コーウェン男爵様の積み荷を降ろしてる。

夏前から秋に掛けて、向こうの大陸に渡るんだ」


向こうの大陸と言うと、アゼール大陸の事だろうとあたりを付ける。

アゼール大陸には広大な鉱山があって、昔から良質な宝石などが多く輸出されていた。

コーウェン男爵と言う名前も、二・三度耳にした事がある。


「これ、あげるから市場で牛乳とチーズと、あとリコッシュのハーブとお米買って来て」


「ぎ、銀貨!?」


「両替したいのよ、あとあなたもご飯食べてなかったら適当に買ってらっしゃい」


「良いのですか?こんな…ただの平民にあなたのような綺麗な方が…」


女の言わんとしてる事はまあ分かる。

なぜ見ず知らずのスラム街の住人にこんなに優しく出来るのか不思議なのだろう。


「私はね、貧富の差とか身分の差とか…正直どうでも良いのよ。

そんなの生まれた場所と運で変えられる事は少ない。

でもだからって、その場所で満足している人間は嫌い。

…あなたの旦那さんは、あなたを助けたいが為に間違っちゃってるけど強盗まで起こそうとした人なのよ?」


「そんなっ」


女が驚きで体を固める。

男はそれを聞いてじっと俯いていた。


「でも素敵じゃない、そんなに愛されてるなんて羨ましい。

旦那さんはあなたの為を思ってた。

だからちゃんと、賃金は安いけど働いてた。

その場所で満足なんでせず、あなたの事を思って働いていた。

それを聞いて、良心の赴くまま本能に従っただけなのよ」


額に手を置いて、女は微笑んだ。


「ほら早く買って来て、奥さんのご飯も作るのよ!」


「わ、分かった!!」


男が家を飛び出すと、女は部屋の隅にあった桶を持って来て水を呼び出し桶を洗った。

その桶に水を溜め、少しずつ相手の頬を拭ってやる。


「あなたは今は気張らず、ただ私のワガママに付き合ってちょうだい」


「…申し訳、ありません」


涙を流しす相手へ微笑みながら、女は問い掛けた。


「去年の秋頃から、熱が出始めたと聞いたのだけど。

その時なにか特別な事をしたとかなかった?」


「そうですね…あの頃は私も働きに出ていまして。

もしかすると職場で風邪をもらったのかもしれません」


「ああ、そうなの?職場って、この近く?」


「街の呑み屋です、そこで厨房の補助をしていました」


若干顔色が良くなって来た。

少しマッサージを加えながら、相手の身の上話がちょうど終わる頃。

男が走って帰って来た。


「買って来たぞ!」


「ん、ありがと。奥さん、お鍋借りるわよ」


そう言って簡素な台所に立つと、薪で火を炊いて鍋に牛乳を入れた。

沸騰する手前でご飯を入れてふっくらして来たらチーズを入れる。

仕上げにリコッシュを刻んで混ぜれば出来上がりだ。

器に盛って奥さんに渡すと、驚いた表情で匙を入れた。


「…美味しい」


「良かった。本当なら香辛料入れても良かったんだけど、まだ刺激物は控えた方が良いからね」


「……本当にありがとう」


「ん、気にしないで!私の気が向いただけだから。

これ残ったのはあなたも食べて良いわよ、やっぱり自分の分のご飯買って来なかったしね」


お釣りを受け取りながら、女は銅貨を数える。

その様子に男が血相を変えて立ち上がった。


「俺は盗んじゃいない!ちゃんと頼まれた物を買って来ただけだ!本当だ!」


「誰も怪しんじゃいないわよ。

はいこれ、取っときなさい」


女に言われるがまま手を差し出すと、銅貨を20枚手のひらに落とした。


「街にギルドがあるのは知ってるわね?

今日私の居た二丁目の武具屋の近くにハリスロの剣と言うギルドがあるわ。

そこに登録するのに銅貨は10枚、初めて受ける依頼の手数料が銅貨2枚。

それ以降は手数料が掛からないから」


「ぎ、ギルドって剣士や魔導士が受ける依頼しかないだろ?」


不安そうな男に「そうでも無いのよ」とオンナは首を振った。


「そりゃ魔導士や剣士に来る直接な依頼もあるけど、街の人が困ってるって依頼も沢山あるの。

あなたはこの街に住んで長いじゃない?まして船乗りならこことは別のアーゼル大陸の知識もあるんだし。

ギルドが魔導士と剣士にしか扉を開かない訳じゃないわ」


「だが…」


「報酬は、今の賃金の7倍くらいだと思うわよ」


「7倍!?」


「クエストにもよるけどね。

明日まで私もここに居て、奥さんの治癒を続けるわ。

その間にギルドに紹介してあげるから、一度クエストを受けてみれば良いと思う」


それだけ言うと、女は手のひらに力を込めて奥さんへと触れた。


「立ってみて、多分自分で立ち上がるより体が軽いはず」


「……本当だわ、すごい…自分の体がとても軽い!」


その反応に微笑むと、次いで男に視線をやる。


「今からギルドに行くわよ」


「ああ、分かった」


「奥さんはしっかり食べて今日は休みなさい。

私はこの人をギルドに届けてさっさとクエストを受けられる状態にしてくるから。

なにも不安に思わなくて良いわ、今はしっかり休む事」


「…ええ、何から何まで本当にありがとうございます。

それで…失礼でなければお名前を…」


「ああ!そうね、そう言えば名乗っていなかったわね」


苦笑すると、にこりと微笑んで女は名乗る。


「私はシルベリア・コレット。友達にはシルビーって呼ばれる事が多いけど…、まあ好きに呼んでちょうだい」




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