第九話『覗き見の世界にゃん!』のその②
第九話『覗き見の世界にゃん!』のその②
「あからさまにいえば、そうなるのかもしれません。
ここだけの話、マザーの影には『個』としての意志も付与されています。だから、なのでしょう。わたくしもマザーもお互いを別個の存在として認識、振舞っています。
マザーでありながらも、マザーではありません。では全然マザーではないかというと、やっぱり、マザーなのです。それがわたくし。どうです? ややっこしいですか?」
「うんにゃ。頭が変てこりんににゃりそうにゃ。
じゃあ、レミロにゃん。いつもウチらが広場とかで会っているミロネにゃんもやっぱり、マザーミロネにゃんの影にゃの?」
「ミロネ327号のことですよね?
そうです。彼もわたくしと同じで……くすっ……ややっこしい存在です」
レミロにゃんが口にした『ややっこしい』の言葉の中に、思いの全てが凝縮されている気がしたのにゃ。『自分が何者であるか自分でも良く判らにゃい』。そのことへの苛立たしさや不安が絶えず、レミロにゃんの心につきまとっているのにゃ。少にゃくともウチにはそう感じられた。笑顔にゃのに戸惑いの色らしきものが浮かんでいたのも心が為せる技にゃのかもしれにゃい。とはいってもにゃ。次の言葉を口にする前にはもう消えていたのにゃん。説明っぽい口調にゃがらもどこか親しみを感じさせる態度と話し方は変わらず。にゃもんで一緒に居てとても心地いいのにゃ。
「マザーの操作というお務め上、わたくし自身はここから離れることが出来ません。そこで彼の出番というわけです。外界に身を置いてわたくしと同様の務めを担っています。マザーから直接、もしくは、わたくしからの要請で、飛び回ったり歩いたり泳いだり、とまぁ実際に自分の身体を張って監視と観測を行なっているのです」
「要請がにゃい時は?」
「普段は……ご存じですよね? あなた方と遊んでいるか、ぶらぶらしているだけです。それでいて絶えず外界の情報を霊覚で拾ってくれてはいますから、情報収集としてのお役目は立派に果たされていることになるわけです」
「あのミロネにゃんがにゃあ。
知らにゃかった。レミロにゃんといい、ミロネにゃんといい、すっごいにゃあ」
「お褒めの言葉と受け取っておきます。ですが、マザーの影霊とはいっても、わたくしたち『ミロネ』の、妖体としてのレベルはかなり低いのですよ」
「そうにゃん?」
「はい。マザーとの情報のやり取りや、手に入れた情報の共有など、はた目からすれば高度な能力と映るかもしれませんが、実のところ、わたくしたち自身がマザーの影だから出来るのにすぎません。それ以外の能力にしても、せいぜい翅人型共通の『翅を使って飛べる』くらいですから、どこをどう高く見積もっても最低ランクの部類としか位置づけられないと思います。でも、それでいいのです」
「というと?」
「元々が、『ほとんどなにも出来ない』からこそ、造る過程はもちろん、造ったあとでも、『手を入れやすい』という利便性が確保されたのです。『これをするのに是非とも必要』と思われる特性や能力を新たに付加したり変更したりが容易に行なえるので、マザーはことのほか重宝しているといった次第です。もっとも……、手を入れられる、とはいってもかぎりはあります。それにですね。手を加えれば加えるほど、与えた能力が大きければ大きいほど、『ミロネ』の、妖体としての寿命はどんどん減ってしまうのですよ。
とまぁそんな制約もあって、影霊ひとりになにもかも詰め込む、などという無茶なやり方はしなくなりました。代わりに、用途用途に応じた、さまざまなバリエーションの『ミロネ』が造られていったのです。これはこの『ミロネ』に、あれはあの『ミロネ』にと、やらせたい作業の数だけ『ミロネ』を用意して、それらに適合する身体に仕立てる、といったことを繰り返してきた次第です」
「にゃら、レミロにゃんも手を加えられたのにゃん?」
「はい。わたくしには、マザーの操作はもちろんのこと、自力でマザーのメンテナンスを行なえる知識と能力をも付与されました。『個』としての意志も持っていますので、万が一、マザーが異常終了をしたとしても、消えることなく、再起動へのプロセスを実行することが出来ます」
「にゃるほどにゃあ……って、異常終了? 再起動?
にゃあ、マザーミロネにゃんって六大精霊のひとりにゃのにゃろう?」
「でした。……いえ、訂正します。今もそう……です」
今までと違ってにゃんとにゃく歯切れが悪いのにゃん。目の前の困ったようにゃ顔にウチも口を噤むしかにゃい。そのまま、しばし無言の時が流れたあとにゃ。レミロにゃんは思い切って、みたいにゃ感じで言葉を紡いにゃのにゃ。
「ミアン殿。ミアン殿は、『霊体のデータ化』『データの霊体化』のいずれか一つでもご存じですか? もしくは、どこかで聞いたことがおありでしょうか?」
「いんにゃ。知らにゃい」
「でしょうね」
小さくうなずいたレミロにゃん。ややあって続けた言葉は。
「ミアン殿。ここに居るマザーは……、
かつて天空の村に存在していた同じ名前の空間精霊とは少し異なるのです」
「というと?」
「はるか昔の記憶ですが、今のわたくしにも受け継がれています。
あの運命の日の直前、マザーはわたくし……当時のレミロですが……に命じて、もしもの場合にと、『あるもの』を保存させました。今思うに、賢明なご判断だったのでしょう。おかげで完全とまではいかないにしても、こうして保守空間としてのお務めを十分に果たせるだけの知力と霊力は残せたのですから」
「あの運命の日? ひょっとして、村に『死の灰』が降りかかった時のことにゃん?」
「お察しの通りです」
「それで? あとの話が良く判らにゃいのにゃけれども。
『あるもの』とか、『完全じゃにゃい』とか、にゃんのことにゃん?」
レミロにゃんは静かに首を横に振る。
「済みません。わたくしの口からは、とてもそれ以上は。
マザーの件についてはいずれまた、ということでお許し願えませんか?」
「まぁ……そういうのにゃら」
かにゃりの抵抗感にゃ。どうやら、無理強いしても話してはもらえにゃさそう。
「どうしても、というのであれば、ミロネからお聴き下さい。
彼なら教えてくれると思います。……多分」
(そうはいってもにゃあ……。
レミロにゃんが話しにくいのにゃら、ミロネにゃんもおんにゃじにゃろう)
友にゃちのイヤがることはしたくにゃい。にゃもんで、『追及はここまで』と諦めたのにゃん。
話を戻すことに。レミロにゃんに続き、ミロネにゃんについても尋ねてみたのにゃ。
「あなた方の良く知っているミロネ327号。いえ、なじみの呼び方である『ミロネ』とだけしておきましょうか。彼にもわたくしと違う能力が与えられています。外界を自由自在に行き来出来る、霊覚ですら感知出来ない姿になれる、などです」
ここでまたまた疑問が湧いてしまったのにゃ。
「ちょっと気ににゃることがあるのにゃけれども」
「はい、なんでしょうか?」
「さっきから口にしている327号っていうのはどういう意味にゃん?」
「ああ、それですか……。これはわたくしの立場からすれば誠にいいにくい話なのですが」
(いいにくい……。こちらは脈がありそうにゃ。にゃらば是非とも聞かずばにゃるまい)
にゃにも耳に出来ず、ではつまらにゃい。他ネコの秘密は蜜の味。にゃもんで、もっともらしい説得を試みたのにゃ。
「にゃらいってみにゃさい。心にわだかまりを持つのは良くにゃいにゃよ」
「それもそうですね。……ではここだけの話として。
要するにですね。そのぉいってみれば『通し番号』なのですよ。
ミロネ327号は『シリアルナンバー』とかの呼び方をしているようですが」
「通し番号?」
「正直にいいますと……、
済みませんでした。実は、彼について語った言葉の一部に正しくない表現があります」
「というと?」
「彼はまさに『ミロネ』の原型なのです。今、述べた能力も生来、備わっているもので、実際、彼自身にはなに一つ手を加えられていません。彼のような『ミロネ』は量産を前提に造られています。いい換えるならば、造りやすく数を増やしやすい『ミロネ』なのです。
名前が影霊の総称と同じなのも、『原型である』との理由からに他なりません。通し番号がつけられているのも、量産されるのを考慮してのことです」
ウチを戸惑わせてしまうには十分にゃ言葉にゃ。
「あにょぉ……そにょぉ……にゃんていったらいいのか……。
早い話が、『その他大勢』ってわけにゃん?」
「まぁそういうことです。もっとも、今は増やす必要がないのでひとりっきりですが。
……おや、黙ってしまわれましたね。むごいいい方とお思いになられましたか?」
後悔先に立たず、とは良くいったものにゃん。
(はぁっ。興味にゃんて持つんじゃにゃかったにゃあ。
にゃあんか聴けば聴くほど、悲哀を感じてくるのにゃあ)
返事のしようもにゃく、口が自ずと噤んにゃのにゃ。
「ぐすんぐすん。……ふわああんにゃ! ふわああんにゃ!」
「ええと…ええと……」
おろおろおろ。おろおろおろ。
「どうしたの? ミアン。なにを号泣しているわん?」
「ぐすん。ミーにゃあん。あのにゃあ」
こそこそこそ。
「ふんふんふん……ぐすん。そりゃそうわん。うえぇぇん! うえぇぇん!」
「あらあら。なにがあったの? ふたりとも。どうしてそんなに泣いているの?」
「ぐすん。イオラ。あのねぇ」
こそこそこそ。
「ふむふむふむ……ぐすん。それはひどいわ。あんまりだわぁ」
「にゃ、イオラにゃんにゃってそう思うにゃろう?」
「良かったわん。アタシたちだけじゃなかったわん」
「当たり前よ。誰だってそう思うわ。自分が『その他大勢』なんて気づかされた日には」
「あれっ? イオラは泣かないわん?」
「女の子はね。タフじゃないと、生きていけないのよ。特に一万年以上も生きるにはね」
「にゃあるほろ。さすがは肝っ玉お母さんにゃ」
「うん。思わず納得。さっすが、肝っ玉お母さんだけのことはあるわん」
「……はて? どうしてかしら?
『肝っ玉お母さん』はいいとして、その言葉を聴いた途端、どっぷりと太ったおばさんの姿が脳裏に出てきちゃうのだけれど?」




