湖水鞄の災害
ふうむ、こんな狭い島でも渇水が起こるというのか。やはり水の楽園など存在しないようだ。
……ああ、ちょうど新聞を読ませてもらっていたところだよ。いやはや、水の楽園かと思っていたのだが、この国も水不足と無縁ではないのだね。それでも大陸と比べれば、まだ安全な方か。
そうとも。大陸において、川など珍しい物の一種だ。少し歩いて行けるような場所ではない。まして湖ともなれば貴重品だよ。私がこの国に来て一番驚いたのは、川や水より何より、島の狭さに反して湖が多く豊かである事だった。大きさはともかく、土地の比率からすれば相当の物だ。
しかし、ああ、懐かしいな。かつて今のようにまともな貯水技術がなく、もっと人民が乾いていた頃、私は古い友人と協力して、ある道具を作成した。
……いや、いつものお人好しではなく、むしろその大先輩に当たる友人だよ。もっと古い時代、もしかすると君より古い時代の出身だったかもしれないね。
私達はそれぞれの知識を集めて、渇水を解決する道具を作成した。
それは、湖水鞄。難しい理論や仕組みは置いておくとして、要するに湖の水をその鞄に携帯し、それを枯れた土地で使えるようにする物だ。
もちろん、ただ水を汲むだけの鞄とは異なっていてね。湖水鞄は、湖の存在概念を写し、別の場所にそのまま再現する事ができた。つまり、全く別の場所に湖の複製を作れるのだ。当然ながら、元の湖が減るなどという事にはならない。こうした術というのは、世界を上手く騙す物でね。何故か同じ湖が二つあるのだ、と世界に対して錯覚させるのさ。そうすれば湖の複製さえ作れる。
初めての実験は、大成功だった。湖よりは池と呼べる大きさだったものの、すぐ近くに二つ目の水源を作る事ができた。
……思えばそれで浮かれてしまったのだろうな。私達は、大きな湖を湖水鞄に入れ、ある枯れた土地に複製を出現させようとした。選ばれたのは、全世界で比べれば小さい方だが、それでも一つの街よりは大きな、山間のとある湖だった。
湖水鞄は湖の概念ごと写すから、中心の位置さえ決めれば穴さえ掘る必要もない。鞄を開放すれば、同じだけの穴が勝手に掘られ、水が少し上から叩きつけられるように落ち、湖となる。
そう、私達はもっと注意すべきだったのだ。どうして水が少し上空から現れていたのかを。
二度目の結果は、完全に失敗だった。湖ははるか上空から……元の湖と同じ標高から、地面の穴に叩きつけられた。利便性を考えて街のすぐ近くに湖水鞄を設置していたから、あふれた水によって街はすぐさま洪水に呑みこまれ、沈んでしまった。
湖の概念をそのまま複製する力は、湖があった標高までも忠実に再現していた。だから水はあふれてしまったのだよ。最初の実験ではほとんど標高が同じで、気づけなかったがね。
まあ、私の恥ずかしい失敗談だよ。
そしてそう悲しむ必要はない。街の住民は離れた場所から見ていて、全員が無事だったのさ。彼らは街が呑み込まれるのを見て喜んでいたよ。
……そう。たとえ街が沈んでも、大量の水が手に入れば十分に満足だったのさ。数日後には新しい街が造られていたよ。たくましい事だね。
けれどこの国ならば、標高の低い湖が多くて動かしやすそうだ。中には例外もあるみたいだが。
え? 湖を複写する先の土地も足りない?
そうだね、この国には湖水鞄も不要だろう。水の楽園に、水害を喜ぶ覚悟などない方がいい。