(7)
しかし、結局手首を使う機会は訪れなかった。しばしば故郷を訪れ、手首の存在を確認する事はあったが、手に取る事はなかった。不思議な事に、手首は全く腐敗せず、綺麗なまま残り続けていた。それを見て、やはりこれは特別なものなのだと思った。
気付けば俺はすっかり栄治として人生を歩んでいた。警察官になり、悪事を裁く生活に奔走していた。
『久しぶりに会わないか』
次沢達の誘いの連絡。たびたび彼らから連絡は来たが、その都度俺は断っていた。気まずさ、居心地の悪さ、死んだ過去。彼らと会った所で、想い出を楽しく語り合う事など出来る気がしなかったし、する気もなかった。
「そうだな」
だが、俺はその日彼らのもとに会いに行った。心のどこかでは寂しさや懐かしさがあった。そろそろいいんじゃないかという思いもあった。
「久しぶりだな、栄治」
名を呼ばれ、ぎっと爪を立てられる不快さはあったが、久方ぶりの面々に懐古の念がそれをかき消した。
酒も入り、楽しい時間が流れていた。しかし、それはほんの一時のものでしかなかった。
「そういえば、昌彦おもしろかったよな」
次沢がにやにやしながらそう口にした。それに合わせて周りも「ああ、よく遊んだよな」
、「いいおもちゃだったよね、はは」と同調して笑った。俺だけがぎこちなく笑っていた。
「結局死んだんだよな、あいつ」
俺が殺したなんて知る訳がない。手首の事でしばらくは警戒が続いていたが、いつの間にやら警察の姿はなくなっていた。
「なんか感じ悪いよね、あたし達のせいで死んだみたいになってたし」
「俺らがあいつを殺したみたいな」
「でもさ、そういや忍殺したのあいつだったのかな?」
どくんと心臓が波打った。急にぞわぞわとした不快感が身体を覆いはじめた。
「それはねえだろ。あんなんで死ぬってどんだけ貧弱なんだよ。まあでも、そうだったとしたら忍も腹立つだろうな。昌彦に殺されるなんて」
「妹尾ちゃんもさ、めっちゃパニくってたよね」
「ああ、懐かしいな。あの人、イジメ問題移行はすっかり老けたよな」
「なんか見てて滑稽だったよねー。もう必死でさ、昌彦に話しかけたり。なんかうわーってなってたの覚えてる」
「確か、関東に逃げたんだよな、あの後」
「え、そうだったっけ?」
「教師一応続けてるんだっけ?」
「今は知らねえけどな。ちょっとイジメあってごたごたしたくらいで逃げ出す豆腐メンタルでよく教師続けられたよな」
みちみちと、頭の中の血管がちぎられていくような、言い知れない激しい感情が湧き出していた。
昌彦はいい。あいつの事に関しては同意見だ。だが、先生は違う。
俺は、先生まで苦しめるつもりはなかった。見ているこっちも苦しかった。先生にだけは、心から申し訳ない事をしたと反省した。
だが、こいつらは――。
――なんでだ。
「おい、栄治どうした? 元気ねえな」
「あれ? えいちゃん実は妹尾ちゃんファンだったとか?」
「マジかよ。知らなかったぞ」
三人の茶化す声が煩わしく、俺は思いっきり三人を睨みつけていた。
「なんだよ、怖え顔して」
――なんで、俺だけなんだよ。
「お前らが死ねば良かったのに」
「は?」
きょとんとする三人を尻目に、俺はその場を後にした。
俺の頭には、昌彦の手首が浮かんでいた。