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凍り鬼  作者: greed green/見鳥望
最終章 氷解
64/70

(4)

「さすがだな、御神さん」


 声音は妹尾恭子。しかしその口調は聞き馴染みのある生意気で不機嫌そうなもの。

 それはまさしく、梅﨑先輩、つまり三原栄治の口調そのものだった。


「演技も大変でしょう」

「そうだな。女になった事はねえからな」


 事前に何も知らずこの現実を目の当たりにしたら、私は混乱どころの騒ぎではなかっただろう。

 目の前にいるのが妹尾恭子ではなく、三原栄治であるという事に。


「教えてくださいよ。全て教えてやる、あなたはそう約束してくれましたよね」


 先輩が死ぬ前、私は全ての真相が手の届かない所に行ってしまうと思った。だがそうはならなかった。先輩は、まだここにいるのだ。


「せっかくだから、あんたの口から説明してみてくれよ。だいたい分かってるんだろ」

「はあ……骨は折れますが、仕方ないですね」


 御神さんもあの時点で気付いていたのだ。三原栄治は、消えないという事に。

 だからこそ、先輩はすんなり妹尾先生に殺され、御神さんもそれを止めなかった。


「武市君の手が触れた者を死に至らしめてしまうように、この世の中には通常ではあり得ない力を持ち合わせた人間が少なからず存在します。私の友人にも、瞬間移動が出来るなんて者がいました」

「そいつはすごいな」

「そしてあなたもその一人。あなたの場合は、憑依。魂の移動です。あなたは死んだ瞬間に、魂の居所を妹尾恭子へと移した」


 こんな取り調べ、普通の刑事が聞いたら鼻で笑うだろう。しかしそれを笑う者は誰一人としていない。私も御神さんも、そして妹尾先生の姿をした三原栄治も。


「違和感を覚えたのは豊さんが死んだ時です。何故彼が死んだのか私には最初全く分かりませんでした。しかしそれがきっかけで、もう一人別の思惑がある事を疑い始めました。あのタイミングで死ぬのはどう考えてもおかしい、しかも意味ありげに息子と同じ死に方です。あれはもはやメッセージです。私達に気付かせるための」

「あいつの死も無駄じゃなかったわけだ」

「あの状況を見て自殺じゃないと疑うのは私達ぐらいだ。そして果ては、武市君の死も同様だというメッセージ。その殺し方が分からなかった。しかし憑依の可能性に思い当たった時、説明がつけられる事に気付きました。もうここまで言えばいいですよね?」

「そう。二人は俺が憑依して殺した。俺が肉体を支配して、首を吊らせた」

「そう考えれば、手首の謎も解けます。死んだ彼がどうやって自分の手首を斬りおとしたのか。憑依は生者に対して行われるものだと思っていましたよ。しかしあなたの行為は、神をも恐れぬものだった。あなたは武市君を操り首を吊らせた。そして死んだ肉体に憑依し、彼の手首を斬りおとした」


 あまりにも恐ろしい事実だった。

 憑依という力を用いて行われた犯行。何より恐ろしいのが、中学生という幼さでその力を用いて、武市君を殺めた事だ。


「普通なら、笑っちまうような推理だな」

「でもあなたは笑っていないじゃないですか」

「普通じゃねえからな」


 何もかもが普通ではない。憑依、死を招く手。それらが犯行の全てを可能にした。

 そこにそれぞれの想いが乗り、これだけの死人が出た。

 あってはならない事だ。どれだけの想いがあったとして、こんなに人が死んでいい理由にはらない。


 理由。

 事実を並べ、事件の外側を知る事は出来た。しかしその内面。


 四人が死んだ理由。それは教師と生徒の懺悔と復讐。

 そしてそこに加えられた、武市君と豊さんの死と、憑依という力。


「事件の真相は、武市君の手を用いた死と、憑依によってもたらされた死。この二つです」


 だが、まだこの事件には拭えない違和感がいくつも残っている。


「何度も何度も、考えました。並べられた事実を眺め、その奥にある真実は何か。二人でずっと考えてきました。そしてここまで辿り着いた。しかし、それでも足りないのですよ」

「足りない? 何がだ?」

「あなたが事件の真犯人と考えた時、どうしても、その動機に納得がいかないのですよ」

「何が納得いかないんだよ」

「あなたは憑依という力がありながら、その力で殺したのは武市君親子のみ。あなたを含めた四人の殺害の実行は妹尾恭子が行っている。憑依があれば、わざわざそんな事をしなくても、少なくとも、三原栄治以外は簡単に殺せたはずです。でもそうしなかった。それは妹尾恭子に殺させる事に意味があったからです」

「償いと復讐、だろ」

「そう。しかしそうなるとおかしいんですよ」

「おかしい?」

「三原栄治の事についても、私達は当然調べました。穏やかな生徒だったそうですね。武市君のイジメに関してもそこまで積極的ではなかった。仕方なく周りに同調していたという様子だったと。彼を憐れんで、彼の為に復讐を行った。そう考える事も出来そうでしたが、そうなるとおかしな点があります」

「……」

「まずわざわざ妹尾先生に殺害させる所が分からない。特別先生を慕っていたというわけでもなかったようですしね。それに武市君の為の復讐ならば、武市君を殺した事と辻褄が合わなくなる。あなたは武市君を殺した事を認めた。では何故彼を殺したか。彼に対して何らかの恨みがあった、そう解釈した方が自然です」

「……」

「まさかとは思いました。でもその方がしっくりくるんですよ。武市君に恨みがある人間。その条件に当てはまるぴったりの人物がね」


 私にとって、先輩は先輩と呼べる存在だったのか。私には分からなくなっていた。

 だって、彼は――。


「そしてその人物だからこそ、武市君の手を使うという犯行に至る事が出来た。なぜなら、その力を知っていたからです」


 本当の彼ではないのだから。


「まわりくどい事をしてすみません。順序良く行きたかったものでね」

「別にかまわねえさ」

 

 彼の顔は、観念するでもなく、むしろそれを望んでいたというような顔だった。


「本当はこう呼んでほしかったんですよね。神山忍君」


 御神さんの声に、彼は笑顔で答えた。


「……懐かしい名前だ」


 全ての答えが、開かれようとしている。


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