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凍り鬼  作者: greed green/見鳥望
最終章 氷解
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(2)

「初めまして、妹尾恭子さん」


 取調室なんて入るのは初めてだったが、そこはドラマなどでよく見るのと同じ、閉塞的で無機質な空間だった。容疑者と向かい合うように置かれた机とパイプイス。ただそれだけだ。

 私達の対面には、妹尾先生が座っている。少し驚いたのは、彼女の顔に生気が感じられた事だ。あの夜に見た能面のように死んだ表情は、今目の前にある彼女にはない。


「お体の調子はどうですか?」

「……悪くないです」

「それは良かった」


 こうして見ると、本当にどこにでもいそうな女性だ。しかし、常識を超えた手口ではあるが、三人を殺害した凶悪犯でもある。

 私達は、残された彼女から真相を拾い上げなければならない。


「色々とお聞きしなければならない事があります。あなたには黙秘権がありますが、正直に話して頂けるととてもありがたいです」

「はい」

「まず、あなたの罪状です。あなたは、次沢兼人、内原直樹、畑山怜美、梅﨑栄治、以上四名を殺害しました。それに間違いはありませんか?」

「はい」


 彼女はあっさりと自分の罪を認めた。何も隠す必要などない。甘んじて罪を受け入れる、そんな真摯さすらも感じられる態度だった。


「分かりました。しかしあなたの行った事は、現代科学では証明出来ない手段での殺人です。今の国の法律では真っ当にあなたを裁く事は出来ません」

「……」

「とは言っても、あなたも認めた通り殺人は殺人です。あなたにはしかるべき罰が下ります。おそらく、事実とは異なる手段での殺人としてあなたの罪は処理されるでしょう」

「……そうですか」


 彼女の行為。それはそのまま公に発表出来るものではない。彼女のような場合、影裏案件はどう処理されるか。それは都合よく解釈をかえた物語に作り替えられ、見合った罪を与えて処理を行うといった流れになるそうだ。

 御神さんの予想では、おおかた特殊な薬品を用いて三人を殺した、なんてストーリーになるだろうとの事だった。


「しかし、それは我々にとっては関係のない話です。私達が知りたいのは、あくまで真実です」


 そう。それが彼女に会いに来た目的だ。

 真実。私達はそれを解明しに来たのだ。


「順序よくいきましょうか。では、我々が調べた結果をもとに話をしていきましょう。違っていれば違うと言って下さい」

「……はい」

「あなたは結果として四人の命を奪った。武市昌彦君の手首を使って。そのきっかけは何か。あなたの部屋からいくつかの手紙が出てきました。これです」


 そう言って机の上に何枚かの紙を広げた。きちんとした手紙ではなく、ルーズリーフにつらつらと書かれた乱雑なものだった。文字はどこか幼げで、どれも”せのお先生へ”という始まりで書き出しがされている。そして終わりには”たけいち まさひこより”で締めくくられている。


「あなた宛ての武市君からの手紙。ここには”僕のお願い”という名目で、それぞれに四人を殺害してほしいという内容が記載されています。あなたはこれをもとに彼らを殺した」

「はい、そうです」


 手紙は幼い武市君の口調で書かれており、その中には四人の居場所が記載されていた。この手紙は、千葉にいる彼女が殺害を行う際の情報元となっている。


「そしておそらくこれが一通目。事件の始まりです」


 並べられた紙の中から御神さんはすっと一枚を取り出し、彼女の前に差し出す。


「手首は、この手紙と一緒に送られてきたんですか?」


 彼女はこくりと頷いた。


「そうです。最初は私もさすがに、性質の悪い悪戯だと思いました。彼は既に死んでいます。生きてこの手紙を書いているなんてあり得ない。しかしそれにしても、ここに書かれていた内容は武市君を感じさせるものでした。ずっと私の人生で、彼の死は後悔として残り続けていました。耐えれらなくなってこちらに逃げてきてからも、ずっとずっと……。いるわけない。そう思いながらも、もう一つの包みを開けました。そこには、彼の小さな手がありました」


 手首だけとなった武市君だが、彼女にとっては十分だったのだろう。弛緩した彼女の表情からそんな思いが読み取れた。


「あなたは武市君を救えなかった事をずっと悔やんでいた。それと同じぐらい、彼を死に追いやった四人を恨んでいた」

「私が未熟だった。それも否めません。しかし子供だからと言って、全てが許されるでしょうか。彼らに意識はなかったでしょうが、あれはれっきとした殺人です。長い時間をかけて甚振る、悪質な殺人です」

「それが動機ですか」

「はい」


 償いと復讐。それが彼女を動かした犯行動機。ここまで聞いている限り、動機と行動に矛盾はない。

 彼女は犯人だ。しかし、確かめなければいけない点が別にある。


「武市君の手を使い、その想いを遂げた。あなたの懺悔と復讐。それは武市君の為の復讐でもあった。しかし、あなたが貰ったその手紙について。あなたも先程言ったように、彼は死んでいます。彼にこれは書けません」


 事件を実行したのが彼女である事は証明された。しかしそのきっかけになったこの手紙。これは一体誰が書いたのか。死んだ武市君が書いたのか。

いや、違う。

 この事件には、もう一人犯人がいる。


「この手紙は、もう一人の犯人が書いたものです。あなたはそれが誰か、知っていましたか?」

「……いいえ。そんな事気にしませんでした。誰かが武市君を騙っている事も当然考えました。しかし彼と会えて、そんな事はどうでもよくなりましたから。私達を手伝ってくれた事に感謝はしていますけど」

「なるほど。それほどにあなたの想いは強かったようですね。しかし、我々はそれで終わるわけにはいきません。この手紙を書いた者。そして妹尾恭子に、復讐という名目で殺害を行わせた者」


 それを行った人物。それは――。


「梅﨑栄治。いや三原栄治と言った方がいいですかね」


 最後に死んだ梅﨑先輩。

 この事件は彼と彼女によって始まった。


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