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凍り鬼  作者: greed green/見鳥望
第一章 影裏
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(5)

 ――警察内部にこんな場所があるとはね。


 としみじみ思いながら、私は廊下をひた歩いていた。

 三階フロアの手洗いと非常口が隣接しているすぐそばのエレベーターに乗り込み、666999と押してから開ボタンを1秒長押しした後に、閉を押す。

 通常であれば最後に押した9階を指すはずの電子パネルは消灯し、無言で下に降りはじめる。およそ三分ほどの長い降下が終わると扉は静かに開き、暗く長い廊下が目の前に現れた。影裏と呼ばれる場所はその一番先にポツンと見える扉の向こうだという。

 暗く固い無骨なアスファルトの壁がそびえる狭い通路をしばらく歩き、私は扉の前で足を止めた。


 “影裏部署”


 ふざけているのか大真面目なのか、扉に取り付けられたまるで家の表札のような二文字が異様な空気を放っていた。

 

「失礼しまーす」


こんこんと軽くノックをし、一声かけるとともにドアノブをひねり押し開いた。


「へえ」


 思わず感嘆の声が出たのは、思っていたよりも影裏という場所は廃れていないのだなというのが率直な気持ちが故だった。


 部屋の真ん中にある机とパイプイス。それだけ見れば取調室の一室を抜き取ったような空間だったがその周りを取り囲んだ棚の中にはびっしりと綺麗に無数のファイルが保管されていた。そして部屋に入って右側には五、六段ほどの小さな階段がついており、その先には図書館のようにずらっとまた棚が並んでいた。

 

 一体このファイルは何なのだろう。適当にファイルを抜き取り表紙を見る。

 File no a-110。

 事件をアルファベッドと番号で管理しているのだろうか。中を開いてみるといくつもの資料がクリアファイルに丁寧に入れられている。事件概要やら当時の新聞記事、なんらかの事件についての資料のようだ。しかし事件の内容を少し読んで見ると、それがすぐに普通の事件ではないものだと分かった。

 

 事件は小三女児が行方不明になったというものだった。

 それだけならまだ普通だが、その内容は思わず首を傾げてたくなるようなものだ。

 

 女の子は母親とスーパーで買い物をしていた。どこに行くにも母の手を握っていた女の子はその日もずっと母親の手を握っていた。しかし一瞬その手がするっと離れた。おやと思い母親が目を向けた時には、既に女の子の姿は消えていたという。

 手が離れて女の子を確認するまでの時間はおよそ一秒。その間に少女の姿は完全に消失した。すぐに見つかるだろうと館内放送で呼び掛けを行ったものの見つからず、事件性もあると考え警察に通報し、捜索が始まった。


 それでも少女は見つからなかった。スーパーという群衆の中、当時その場にいた人間に聞き込みを行ったものの、誰一人その少女の事を覚えていなかった。これは無理もない。いちいち他人の子供を集中して見ているわけにもいかないし、そんな目で見ている方が危険だ。警察の期待は監視カメラの映像に寄せられた。だが、そこに映った真実は目を疑うものだった。


 館内を歩く親子の姿。母親の言う通り、確かに二人の手はしっかりと握られていた。行き交う人々の中、仲良さげに歩く二人の姿は微笑ましく映ったが、少女が消えてしまった今となっては痛みを伴うものだった。

そして、それは唐突に起きた。

 監視カメラに背を向ける親子。ちょうど少女の姿にかぶるように一人の男性が通り過ぎた。その一瞬。男性が歩き去った後、少女の姿は消えていた。

誰もがその映像に驚愕し驚きの声を上げた。おかしい。ありえない。

 通り過ぎた男性が少女を無理矢理連れ去った、なんてわけではない。あくまで監視カメラの角度上、少女の姿にかぶるようにそこを通っただけだ。カメラの映像からでも少女との距離が触れるにはあまりにも遠いものである事は明確だった。その瞬間、まるで手品や合成映像のように少女の姿だけが消えたのだ。

 その後驚く母親は慌てて周囲を見渡すも、その姿はどこにもない。


 神隠し。

 言葉を目にしたり耳にすることはあったが、これはまさしく神隠しだ。こんなものを解決しろと言われてもどうにも出来ない。

 そうか。やはりここはそういう場所か。

 どうにもならない事件の処理が回ってくる未解決事件の倉庫。たらい回しのあげく最終的に捨てこまれるゴミ箱部署。そんなところか。きっちり保管はされているが、どうせそのまま闇に葬られているのだろう。


 ――なんだ、じゃあやっぱすることないや。


 良かった。これなら資料だけ渡しておさらばできそうだ。

 その時。


 ぎい。


 影裏の扉が開いた。びくりと体が飛び跳ね、とりあえず手にした資料を棚に戻そうと思ったが、その前に扉の向こうから現れた人物の視線の前に私はその場で固まった。

 しばしの沈黙。二人の視線が止まった時間の中で交差した。

 

「あ、あのー」


 気まずさのあまり出した声にも、相手は微動だにしなかった。


「あの、ちょっと頼まれ事をしまして、資料の方を……」


 そこまで言うとようやくその男はああと少し高めの声を漏らした。


「持ってきてくれたんだ。ありがとう」


 男は言いながら部屋の真ん中に置かれた唯一のイスに腰掛ける。

 すっきりとした細見の体にフィットとした上下黒のスーツに、黒のシャツ。

 その黒が余計に彼の肌の白さを強調していた。その白さは彼の頭髪にまで反映されていた。肩先まで伸びている長く白い髪は艶やかでありながら、毛先の部分はくしゅっとパーマがかかっていた。

 顔を見る限り、年齢は若そうだ。いっても二十代後半ぐらいか。薄くすきっとした輪郭と細い目は狐を連想させた。

 

 私はこの時まだ分かっていなかった。

 この後、持ってきたその頼まれごとに自分自身がどっぷりと巻き込まれる事になるなんて。


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