(4)
「んー疲れたー!」
ぐーっと背伸びをすると、背中の筋がぐんっと伸びていくとともに、ぽきぽきっと小気味よい骨の音が鳴った。
「お疲れ様」
御神さんはビールの入ったグラスをこちらに向けた。それに合わせて私もグラスを合わせる。
「お疲れ様でしたー」
それぞれの夜を過ごした一日目とは違い、私達は居酒屋で互いの疲れを労った。今日一日で集めた情報も貴重なものになるだろう。
「しかし、すっかりゆとりが色褪せて来たね」
「そうでしょ。自分でも感じるんですよ。すごく今キレてきてる感じがするんです」
「もうゆとり刑事だなんて呼ばせない、って感じだね」
「でも力抜く時は抜きますから。全力で」
「そうかい。これからも頼りにしてるよ、ゆとり刑事」
早く答えに行き着きたいという思いは加速する一方だった。机の前でやる気もなく書類を処理する日々。あの頃考えていた事は、さっさと家に帰りたいという無気力の塊のような気持ちしかなかった。やりがいも何もない。ただ生活する為だけの仕事の日々。
でも、根本は、本当はそうじゃなかったのかもしれない。どこかで刑事という泥臭いながらも事件を解決するという正義に、私はちゃんと憧れていたのかもしれない。そうでなければ、安定の為だけに警察に身を置くなんて考えには至らなかったように思える。
きっかけで人は変われる。本当の自分に気付く事が出来る。
面倒としか思えなかったこの事件が、こんな自分に気付かせてくれるだなんて、分からないものだ。
――ん?
ぞわりとした不快感に急に背中を撫でられた。まただ。またこの感覚だ。反射的に視線を後ろに向けた。
「どうしたの?」
そう言えば、ちゃんとこの事について御神さんに話した事はなかった。私は少し前から感じている違和感について話した。
「ここ最近、誰かに見られているような感覚がするんです」
「それはいつ頃から?」
そういえば、最初はいつだったか。
――そうだ。あれは……。
「武市君の家に行った時です。あの時、すごく変な感じがして」
「言われてみれば、ずっと家の方を睨んでたもんね。と言う事はもしかして、留守じゃなかったのかな?」
何の反応も見せなかった武市家。しかしあの時、私達を誰かが見ていた。あの家の中から。
「とりあえず、出ようか」
「……はい」
どろっとしたぬかるみの上に足をとられるような気持ちの悪さに包み込まれた。私達はそうそうに店を後にした。その場にいる事が耐えられなかった。
店を出た瞬間に夜風に晒された。冷たい。得体の知れない恐怖に冷えた心に、風は更に染み込んだ。
「何か目的があるんでしょうか……」
「良くはない事だろうね。監視するぐらいだからね」
あの家の中に誰かいたとすれば、答えは自然に出る。
「一人行動は避けた方が良さそうだね」
ずっと感じてきた嫌な予感が、強烈なシグナルとなって今体の中で鳴り響いている。
警報。暗い夜が掻き立て、音を響かせる。私の背中を撫で続ける何者かの気配は、消える事無く一層強まっている。やはり、ずっと近くにいる。そして、今は更に。
「あんたら、何をしにきた」
声が聞こえた。背中に突き刺さったのは、もはや気配ではなく、実体を伴った敵意だった。




