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凍り鬼  作者: greed green/見鳥望
五章 氷と鬼
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(8)

 色々考えていたらお腹がぐーぐーぐーぐーあまりにうるさいので、とりあえず何か腹に放り込まなければとほっつき歩いていた時に偶然渋い小料理屋を見つけ、今日の晩御飯はここにしょうと決めた。


「いらっしゃーい」


 おっとりとした女将の声が私を出迎えた。


「あらら、こんな若い女の子が珍しい。外寒かったでしょうに。はいはい、どうぞおかけになってください」

「ありがとうございます」

「はい、これ暖かいおしぼりとお茶」

「あ、ありがとうございます」


 女将さんのにこやかな顔と人情を大事にした接客に、料理の味の前にここに来て良かったと、既に私は確信に溢れていた。


「はい、これメニュー」


 渡された紙のお品書きは女将さんの手書きだろうか。達筆ではないが、まるっとした可愛らしい自体は女将さんの人柄が感じられる親近感のあるものだった。

 目を通して見るが、一見して分かるものとご当地ものなのか、字面だけではよく分からないものもちらちらと見受けられた。

 

「あ、お姉さんこっちの人じゃないでしょ?」

「え? あ、はい。そうなんです」

「せっかくだから、こっちのオススメ食べていく?」

「はい。お願いします」

「じゃあ、わっぱ飯とのっぺい汁にしとこうか。量はそんなにいらない?」

「普通くらいでいいです」

「はーい。じゃあちょっと待っててね」


 いつの間にやら女将さんの口調はすっかり砕けたものになっている。都会の接客ではあり得ないものだが、その距離感がかえって新鮮で居心地がよかった。

 わっぱ飯ものっぺい汁もなんだか分からないけど、とりあえずお腹が膨れるのであればそれでいい。


「はい、じゃあ先にのっぺい汁ね」


 ほどなくして、ことりとお椀が目の前に置かれる。一見すると具だくさんの味噌汁のようで、人参、油揚げ、さやえんどう、里芋など様々な具が椀の中に詰め込まれている。贅沢にもその中心にはてらてらとルビーのようないくらが添えられている。しかし、少し不思議だったのが湯気が立っておらず、椀に手を添えても熱さがないという点だ。どうやら冷えたまま頂くものらしい。


 椀を傾け、ずずっと汁を口に注ぐ。ほどよく冷えた汁が喉を潤していく。主張しすぎない清らかな味が優しく広がっていく。


「お待たせしましたーわっぱ飯」


 次に現れたのは釜のような木の板の入れ物だった。味わっていたのっぺい汁を一旦置き、釜の蓋に手を掛けると、むわっと湯気が立ち昇った。

 散りばめられたいくらや細切りにされた薄焼き卵、そしてその上には鮭の切り身が並べられている。


「量は調節したけど、食べきれなかったら残してくれていいからね」

「はい」

 

 早速、しゃもじを使い小皿へとよそい、口に頬張る。

 こちらもまたなかなか。だしの効いたご飯と魚介の旨みがとても合っている。この店に来たのはやはり正解だった。私の直感というのもなかなか悪くない。空腹だった事もあり、私はあっという間に全部を平らげてしまった。


「よっぽどお腹すいてたのね」


 私の見事な食べっぷりに女将さんは嬉しそうに笑った。


「はい、もうぺこぺこで」

「でもお姉さん、わざわざこんな所に何しに? 観光じゃなさそうよね」

「あー、えーっと……」

 

 事件の捜査だなんてさすがにこの和やかな空気で口にするのは躊躇われた。


「ちょっとしたフィールドワークみたいなもので、特にその土地の歴史とか出来事を調べてるんですよ」

「へー、そうなの。なんだか大変そうな事をしてるのね」

「ええ」


 口からでまかせもいい所だったが、深くは突っ込まれなかったので大丈夫なようだ。


 ――でも、せっかくだし……。


「ちなみに女将さんは、こちらにずっといらっしゃるんですか?」

「ええ」

「猪下小学校ってご存知です?」

「ええ、知ってるわよ」

「昔、そこで何か大きな出来事というか、騒ぎとかってありませんでしたか?」

「騒ぎ? そんなのあったかしら」


 女将さんは拳を額にあててうーんと記憶を探っている。


「ひょっとして……」


 そう口にしたのは女将さんではなく、私から少し程離れた席に座っていた眼鏡をかけた中年の男性だった。


「すみません。盗み聞きしていたわけではなかったんですが」

「ああ、いえ。何か覚えていらっしゃるんですか?」

「ええ。昔そういえばあのあたりで、子供が死んだ事件があったなと」

「どんな事件だったんですか?」

「事件というか……まあでも、結構な騒ぎにはなっていましたよ」


 言ってみるものだ。何か情報が得られるかもしれない。一歩でも真相に近付ければ。

 これで少しでも、御神さんの役に立つ話が聞ければいいのだが。


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