(6)
【武市】
表札には確かにそう書かれている。
武市君の実家は住宅街から疎外されたようにぽつんと佇んでいた。
「人がいる感じしないですね」
「そうだね」
周りには田んぼが広がり、穏やかな空気の中にありながら、目の前の建物からは一切の呼吸音が感じられない。古びた見た目もあいまってか、家そのものが死んでいるかのように静かだった。
「まあ一応」
無駄かもしれないと感じながら、インターホンに指を伸ばし押し込む。ピーンポーンと間延びした音が鳴る。10秒ほど待ってみたが、返答はなかった。
「いなそうですね」
「残念」
「どうしましょう?」
「張り込むにしたってこんなひらけた場所じゃね」
「一旦、諦めますか?」
「妹尾先生から先に攻め込もうかな」
「はい」
御神さんは特に留守に対して残念がる事無く、するっと武市家に背を向けた。
捜査に関して言えば、何か有益な話を聞けていたかもしれない。でも私は少しほっとしていた。
両親がどこまでの情報を持っているかは分からない。だが何にしても私達が聞こうとしている話は全く明るいものではない。むしろ古傷をえぐるようなものだ。
神山君の死。その時当事者の立場にいた武市君。その後の彼へのクラスメートの対応。今更掘り返されたくもない話のはずだ。
でも大丈夫だ。きっと別の側面からでも事件の真相は迫っていけるだろう。そう自分に言い聞かせ、武市家を離れようとした。
途端、すさまじい不快感が背中を覆った。びくりと急に感じた謎のおぞましさに私は後ろを振り返った。
息を止めた家が変わらず、そこにあるだけだ。
「どうしたの?」
「……いえ」
――気のせい、かな……。
気のせいにしては強烈な気配だった。敵意とすら思える程の嫌な気。しかし、その感覚をうまく御神さんに言葉で伝える自信もなかったし、結局はただの嫌な予感に過ぎないと思い、私はそれを口に出す事はしなかった。
結局何の収穫もなく、私達は武市家を後にした。




