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凍り鬼  作者: greed green/見鳥望
五章 氷と鬼
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(1)

 内原直樹の実家から贅沢に容赦なくタクシーを使い、ぐるると鳴った腹が当分鳴らないように食事を済ませた後、私達は次なる目的地である猪下小学校の前に降り立った。


「あれ、結構綺麗ですね」

「失礼な言い方だね。まあでも確かに」


 辿り着いた校舎はイメージしていた歴史を積み上げたくすみや古さは全くなく、新入生のような輝きとさわやかさを感じさせる、白く透き通った佇まいだった。

 校門のインターホンで、「茅ヶ崎教頭とお約束をさせて頂いている御神と申します」と伝えると「少々お待ち下さい」と若い男性の声が応対した。

 ほどなくして、私達のもとにスーツ姿の男性がこちらへ早足でやってきた。


「お待たせしました。茅ヶ崎です。どうぞお入りください」


 細身で高い身長と、少し黒めの肌と長めの顔は私にごぼうを連想させた。人懐っこい笑顔を浮かべながら私達を出迎えてくれた茅ヶ崎教頭と共に校舎内へと足を踏み入れた。

 授業中という事もあって、子供達の賑やかな声は鳴りを潜め静かだった。


「綺麗な校舎ですね。最近改装されたのですか?」

「ええ、そうなんですよ。もう結構な年数になりますからね。さすがにいろいろと痛んできていまして。かわいそうだなと思いましてね、思い切って綺麗にしてあげませんかと進言しましたら、皆同じ思いだったようで。おかげで、こんなに綺麗に若返りましたよ」


 茅ヶ崎教頭はまるで自分の子供の事を話すように誇らしげに語った。この人は学校が、というよりここが好きなんだろうなと、会って僅かな時間ながらもその思いがとても伝わった。


「どうぞどうぞ」


 校長室と書かれた扉をくぐると、客人と向き合うように並べられた座り心地のよさそうな黒いソファーが手前にあり、その奥には威厳たっぷりな校長の机がどっしりと鎮座している。

 じゃあ教頭先生の部屋は何処にという疑問を口にしたかったが、まあいいかと口にはせず、促されるがままソファーに腰掛けた。

 もふっとした感触は思った通りの心地良さで、思わずぐったりと背中まで預けたくなるが、さすがの私もそれが無礼な事ぐらいは弁えているので、背筋をぴんと伸ばし対面にいる茅ヶ崎教頭と向き合う。


「さて、何からお話しましょうか」


 茅ヶ崎さんは深く重い溜息をついてから、腰かけた体をずいっと前に傾けた。

 やはり、というか当たり前のように学校へのアポとりは私に任された。事件と共に、幼き日の彼らの事を知っている方はいないかと問い合わせた所、当時在籍していた茅ヶ崎教頭が応対してくれた。


「茅ヶ崎さんはずっとこの学校に?」

「いえいえ。教師というものは定期的に巡回するように学校を回りますから。ここへ戻ってきたのは三年程前になります」


 教師という職業を詳しく知っているわけではないが、私の友人にも教員についたものがいる。彼女の話でも、ある程度の時期が立つと違う学校に赴任するという話は聞いた事があった。

 

 教えるという事は変わらないが、交流を深め信頼を築けたと思ったら、また新たな地で一から始めていかなければならない。加え、昨今の教育の世界は前々からモンスターペアレントやらイジメやらと、一筋縄ではいかない重く厳しい問題も多い。そんな現状を聴いていると、私には到底出来ない大変な職業だなと、というのが私の教師という職業に対しての印象だった。


「驚きました。死んでしまったのが、あの子達だったとは……」

「当時の彼らについて、出来る限りお聞きしていきたいのですが、茅ヶ崎さんは彼らの事はよくご存じで?」

「もう十年以上も前か。まだ私が教壇に立っていた頃ですが、記憶には残っていますよ。ご覧の通り、そこまで大きくない学校です。一学年平均二クラスほどの生徒の少ない場所ですからね」

「彼らの担任をされた事は?」

「ありましたよ。小学校高学年の頃に。ただ全員ではありません。私の時は次沢君と畑中さんです」

「内原直樹君の事は?」

「憶えてはいます。次沢君達と仲が良かったですからね」

「お聞きしたいのですが、神山という男子生徒の事について、覚えていらっしゃいますか?」


 神山という名前が出た途端、茅ヶ崎さんの顔に切り付けられたような痛みが走った。


「ええ。学校という空間にいて、生徒が死んでしまうなんて場面に出くわしたのは、あの時が初めてでしたから……」

「その時の事を教えて頂いてもよろしいですか」

「はい。とは言っても、いまだ彼の死についは謎というか……一体何が起こったのか、よく分からないんですよ」


 茅ヶ崎さんの歯切れが途端に悪くなった。喜美代さんの時もそうだった。彼女も神山という生徒の死についての情報は曖昧だった。

 彼女は現場にいたわけではない。息子から口伝で聞いたに過ぎないので詳しい事を知らないのも無理はないかと思う。だが、実際に現場にいた人間がこの調子だ。

 この感覚。

 似たような感覚を私もつい最近したように思う。それは、初めてこの事件のファイルを目にした時の不信感に似ていた。


「かまいません。あなたが知っている事、見た事を、お伝え頂ければ」


 そして茅ヶ崎さんは、当時の事について語り始めた。


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