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凍り鬼  作者: greed green/見鳥望
第一章 影裏
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(2)

 嫌な予感はした。なにせ嫌な予感はしたのだ。そして嫌な予感というのは馬鹿に出来ない。往々にして嫌な予感というのは当たるからだ。

 なぜなのだろう。良い予感と嫌な予感という言葉を二つ並べられて、どちらの方が実感する事が多いかと聞けば、圧倒的に後者を選ぶ人間の方が多いはずだ。

 嫌な予感というのは主張が強い。ひょっとすると、未曾有の危機が迫っているという人間の本能的センサーが働くせいなのかもしれない。

 だがしかし残念ながら、嫌な予感を感じ取ってそれを避けきる事が出来る人間というのはそうそういない。その曖昧な第六感は、予知や予言として活用するにはあまりにお粗末で手遅れな感覚なのだ。


「おい、ゆとり刑事」


 普段は私の事を安部と呼ぶ先輩がわざとらしくそう呼んだ時点で、嫌な予感センサーはマックス三本ばりばりだ。だがもちろんすでに手遅れ。私の机にバサバサバサと資料の束が降ってくる。

 ふう、と一息。

 手遅れなのは諦めるとして、問題はどれほどこれが私の平穏をかき乱すものなのか、それが非常に重要だ。


「なんすか、これ?」

「お前、どうせ暇だろ」

「暇じゃないです。山ほど処理する書類がありますから」

「じゃあ暇だな」


 全く会話が成立していないが、いつもの事なのでやんややんや言う事はもうここに来て一年も経った私にはよく分かっている。

 乱暴に言い捨てる先輩をきっと睨みあげた。だがそんな私の鋭い視線は当然の如くお構いなしで、鼻頭をぽりぽりとかきながら、他人事のように明後日の方向を向いてみせる。


 梅﨑栄治うめさきえいじ

 私と違って現場バリバリの刑事で、私より三年上の先輩にあたる。柔道で鍛え上げたがっしりとした体格と、いかつい顔面から岩男と称されるこの男は鍛え上げられた肉体だけではなく、悪を憎む正義の心で職務を全うするお手本のような刑事である。

 刑事の中でも大きな戦力として期待されている人材の一人らしいが、そんな男が急に何の用だろうか。

 目の前の資料に目を落とす。しかし表紙にある一枚目に書かれた文字は酷く怪しげなものだった。

 

"影裏案件として処理"


「かげ、うら?」

「かげりだ」

「かげり?」


 影に裏と書いて影裏。

 怪しい。とてつもなく怪しい。それでいて、簡単に触れてはならない禁忌も感じられる異様な雰囲気。影裏案件。

 なんとなくだが、意味が分かった気はした。だがそれはおふざけすぎるし、そんなのテレビや漫画の世界の話だ。私はふざけ半分でその気持ちをそのまま口に出した。


「ひょっとして、現代科学なんかでは説明のつかない不可思議案件だったり?」


 馬鹿が。テレビの見過ぎだ。嘲笑と共に軽蔑の言葉を頂戴するだろうと思っていた。しかし当の梅﨑さんは眉をぴくりと動かしただけだった。

 

 ――まさかなのか……?


「当たりですか?」

「さあ、どうだろうな」

「否定はしないんすね」


 返事代わりに梅﨑さんがにやっと笑って見せたので、私は思わず生理的嫌悪感でひっと短い悲鳴を小さく漏らした。


「とにかく、伝えたぞ」

「伝えたって。え、ちょっと!」


 既に身をひるがえして背を向ける梅﨑さんの姿は、瞬く間に遥か遠くへと消えていった。


「やり逃げかよ」


 ふてくされた私は、梅﨑さんの置き土産を手に、イスにだらしなくもたれかかった。


「あやしい」


 あまりに不気味で怪しい資料をぱらりとめくると、活字がずらずらっと一気に攻め立ててきた。その時点で底なしの嫌気に襲い掛かられていたが、任されてしまった以上無視する事は出来ない。万一人が死んでいるような物騒な事件であれば、それを放置してしまった時の罪の深さ、大きさは計り知れない。

 私としては、もしそれで私自身に責任を負わされる事になろうものなら、無責任な先輩に押し付けられたパワハラ同然の案件だったと声高らかに言うだけの気概はあったが、おそらくそんなものは通用しないだろう。


「めんどくさ」


 とりあえず私は影裏案件とやらに目を通す事にした。


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