(8)
「うん、やはり来て正解だったね」
「何があったんでしょうね、神山君に」
「そのあたりも、何か分かるといいんだけどね」
「ですね。にしても、あの名刺なんですか?」
そうだ。事件も気になったが、最後にさらりと現れた御神さんのあの名刺。
「ああ、これ?」
御神さんの胸ポケットから先程と同じ名刺が現れた。
「特別捜査犯第一所属。そんなものないじゃないですか!」
そう。そんな部署は存在していない。
非常にその名前と酷似しているSITと呼ばれる部隊が存在するが、そちらの名称は特殊捜査班だ。似てはいるが御神さんの名刺のそれは、私達警察に属するものが見れば、それがデタラメである事は一目で分かる。
「そんなの知ってるよ」
御神さんはひらりと名刺を胸に戻す。
「こういうデタラメが僕みたいな人間には必要なんだ」
「どういう意味ですか?」
「少しは考えなよ。簡単な事さ。何故そんなものが必要になるのか」
思ってもないタイミングでまた推理か。めんどくさい。でもこうなると何かしらの答えを出さないと先に進めないようなので、考えてみる。
名刺とは自分という人間がどういうものかを表すものだ。御神さんはそれを偽ったことになる。では偽りなく御神さんという人間を示すとどうなるか。
「ああ」
そりゃそうか。確かに簡単な話だ。
「影裏なんて、怪しすぎますもんね」
「事実君だって信じなかっただろ?」
言える訳がない。
怪奇とは無縁な一般市民に、常識では考えれない事件解決を担当している者だなんて言えばどう思うか。
だからこそ御神さんは一応偽ったのだ。一般人があの名刺を見てもよくは分からないだろう。あの”特別”という表現が本当はどういう意味なのか。それが怪異を扱うものとはまず判断しないだろう。もしその”特別”が”影裏”なんて記載されていようものなら、いらぬ不安や不審を招く。
事件の詳細について肝心の部分を隠したのもその為だろう。もっとも、その肝心の部分について、私達もまだ完全に掴めていないのだが。
「でも、どうするんですか。事件が解決した時、真実は伝えるんですか?」
事件の真相が常識を超えた時、私達はそれをどう扱うのか。結局そこで真実をありのままに伝えるのなら、元から偽る必要などないのではないかと私は思った。
「伝えるわけがないよ。そんな事をすれば、面子を何より気にする警察という組織の大きなヒビになる」
「じゃあ……」
「そこは僕らの仕事じゃないよ。僕らは単純に真相を追うだけだ。この世の真実を馬鹿にする警察組織の人間が僕達に押しやったものを、真っ直ぐ、ありのままの真実を受け止め、究明する。僕は面子なんか興味ないからね。そんなものを守る役割までは請け負っていない」
御神さんの声は硬かった。それは憐れんでいるようでいて、憎んでいるようでもあり、嘆いているようにも感じられた。
「だからこの名刺も本当は嫌なんだけどね。でもこれは、面子を守るものじゃなくて、被害者を守るものだって思って使うようにしてる。誰もが真実を受け入れてくれれば訳はないけど、そうじゃないのがこの世界だから」
「……」
御神さんの心にあるもの。それは間違いなく正義だ。
正義にもいろいろな形がある。本来は真っ当で真っ直ぐなもの。その象徴が正義。しかし、その象徴が陳腐に聞こえてしまう、感じてしまう時もある。それはくだらない理由で、自分達の都合で、いいように解釈された正義もあるからだ。
歪んだ正義。屈折した正義。
ど新人の私が、上層部の事などちゃんと知っているわけではない。だが警察内部にいると、誰もが正義のもとに動きながらも、首をひねるような正義もあるというのは事実だ。
――私の正義はなんだろう。
ゆとり刑事だなんて、それを一つの個性のように触れ回って過ごしてきた。
正義の心を持っていないわけではないが、面倒だ、やる気がないとのたまう私の正義など、振りかざすにはあまりにも恥晒しなものだ。
ぐう。
「あっ」
私のお腹がみっともない恥を鳴らした。
「食事休憩にしますか」
「お恥ずかしい限りっす」
この程度の恥なら、かわいいものだ




