(7)
深緑を基調とした表紙に猪下小学校という金の文字が映えている。
ページを開けば無邪気さと将来の心配などどこにもない、底抜けの明るい笑顔が溢れている。自分とは全く関係のない子供達の笑顔にも関わらず、私はそこに自分の幼い頃の懐かしさを重ね合わせた。
思えば、小さい頃からこの性格だった。
親には根気がない、やる気が足りないとそれこそ口癖にさせてしまう程に何度もその言葉を言わせた。
そんな自分が、まっとうな正義とは程遠いながらも、警察という道を志しその門をくぐる事が決まった時、親は私以上に喜び、涙さえ流して見せた。
「やれば出来る子ってやつだったのね、あんたも」
もうちょっといい褒め言葉はなかったかとも思ったが、両親の心からの笑顔の前に、気付けばほろりと私の目からも涙が流れていた。
「これが直樹です」
ふわりとタイムスリップした頭は、喜美代さんの声で瞬時に現実へと引き戻される。
見開きのページの左側には全体の集合写真、右側には一人一人の写真が載せられている。
喜美代さんが指差した先に、内原直樹の顔があった。やんちゃそうな見た目だが、照れくささの表れか、その笑顔はどこかぎこちない。
「あ、この子」
クラスの面々に目を向けると、その中に畑山怜美の名前があった。こちらは直樹とは違って、にかっと歯並びがしっかりと見える程に口を開き、満面の笑みを浮かべている。やけに短い前髪と元気の良い笑顔にはわんぱくさが溢れており、気の弱い男子ならば泣かしてしまいそうな強気さを放っている。
しかし、そんな少女ももうこの世にいないのだ。
「すみませんが、こちらをお借りする事は出来ませんか?」
御神さんがそう尋ねると、喜美代さんは「えっ」っと顔を歪めた。明らかに嫌がっている表情だったが、私にはなんとなくその理由が分かった気がした。
これは大事な息子の思い出の欠片なのだ。それを協力の為とはいえ誰かに預けるという事は気が進まないのだろう。それを察してか、御神さんは言葉を改めた。
「いや、失礼しました。今のは忘れて下さい。この後、猪下小学校に行くつもりです。そこでお願いしてみます」
「……はい」
そう言うと、ほっとしたように喜美代さんの顔が穏やかなものに戻った。
「では、そろそろ失礼させて頂きます。大変貴重なお話を聞けて助かりました。何かありましたら、また連絡頂ければと思いますので」
言い終えると御神さんは胸ポケットからすっと一枚名刺を取り出し、机の上に差し出した。
名刺の肩書きには【特別捜査犯第一部隊】という肩書と共に、御神真人の名前が記されていた。思わず声が出そうになったが、喜美代さんは何も言わずそれを手に取り、「宜しくお願いします」と私達に頭を下げた。
「ありがとうございました」
玄関で改めてお互い礼を交わし、私達は内原直樹の実家を後にした。