(6)
「正直に言えば、私達はまだ今回の件が事件なのか事故なのか、判断がついておりません」
「……まだ何も、分かっていないのですか?」
喜美代さんの声に、ただならぬ不安が混じった。そわそわした感情が心に蠢き、不快な汗が額から滲み出始めた。
遺族から情報を得るという事が、どれだけ神経を使うものなのか。始まったばかりの短いやりとりだけでも、私の心はもうがたがたと震えだしていた。
「何も、という訳ではございません。その点については明確になった時点でお話出来ればと思っております」
「すぐには言えないような事なのですか?」
「現時点では、不明瞭な部分が多すぎるので」
「……」
喜美代さんの表情には納得がいっていない事がありありと現れているが、御神さんに動じる様子はない。
「最近、直樹さんから連絡はありましたか?」
「……盆に一度。向こうから今年も帰れないと。それっきりです。仕事上、盆休みが基本ない会社だったので。でもそれは毎年の事でしたし、今年もかと、少し残念に思ったぐらいです」
「その時、特に変わった様子はありませんでしたか?」
「いつも通りだったと思います」
盆という事は、亡くなる三か月程前か。その時点では内原直樹は自分に死が迫っているという意識はなかったようだ。
「分かりました。では少し話を変えます。次沢兼人さん、畑山怜美さんについてはご存じなんですよね?」
「ええ。聞いた覚えのある名前だと思ったのですが、やはり直樹の同級生でした。あの子達も、かわいそうに……」
これは私が事前に電話で確認していた内容だ。電話をかける際に、御神さんから確認するようにと指示を受けていたからだ。
「同級生というのは、いつ頃の?」
「小中学校、ですかね。高校になってからはどういう交友関係だったか……ちょうど反抗期もあって、その時期はあまり深入りすると機嫌を損ねましたから」
「なるほど。他に同じように親しかった子はいましたか?」
「後は確か……神山君、だったかしら」
「神山」
「はい。確かそんな男の子がいた気がします」
「なるほど」
「でも確か……」
そこで喜美代さんの顔に少し陰が落ちた。何かよくない内容である事が、表情だけでも分かる。
「その生徒に何か?」
御神さんが先を促す。喜美代さんは記憶を探りながら、うん、そうだわ確かと確認するように独り言をつぶやいた。
「……死んでしまったんですよ」
空気の流れがぐにゃりと変わった。
また死人だ。死を追えばまた違う死が現れる。何かは分からないが、私の中にとてつもなく嫌な感情が渦巻き始めた。
痛みだ。それは喜美代さんが抱えた痛みに似て非なる痛み。この事件の先にあるのは、とてつもない痛みだ。
「死んだ? いつですか?」
「確か、小学校の低学年頃だったと思います。まだ午後の授業があるはずなのに、変な時間に直樹が帰って来た事があったんです。顔色が悪くてどうしたのかと聞いたら、神山君が死んじゃったんだって」
「何故、彼は死んでしまったんですか?」
「さあ、分かりません……ただ、死ぬ直前までは元気だったのに、急に動かなくなってしまったと」
「動かなくなった?」
御神さんは何かを考えている仕草なのか、こめかみをとんとんと指で叩いている。
「当時の事について詳しく知っている方は、誰かいらっしゃるでしょうか?」
「目の前で見ていた直樹やクラスメイトが一番よく知っているでしょうが……」
「そうですか。それでは、卒業アルバムは残っていますか?」
「ああ、あると思いますよ。少しお待ち頂いてよろしいですか?」
「はい。ありがとうございます」
再び喜美代さんは立ち上がり、和室から出ていく。とんとんとんと階段を昇る音が扉の外から聞こえてくる。
「何か分かりそうですか?」
そう尋ねると、御神さんはふうと息を吐いた。
「とりあえず、次の目的地は決まったね」
「え?」
「彼が通っていた小学校に行こう。そこから更に掘り下げられるかもしれない」
「なるほど……」
二つの死から始まった事件。そして過去の生徒の死。
これらの死は繋がっているのだろうか。やはりこの新潟から全てが始まっているのか。
「お待たせしました」
喜美代さんがアルバムを両手に和室へと戻ってきた。