(5)
「遠い所からわざわざ、ご苦労様です」
私達を出迎えてくれた内原直樹の母、喜美代さんは丁寧に腰を折った。
「いえ、こちらこそ急な申し出にも関わらず受け入れて下さって感謝しております」
御神さんが深々とお辞儀する様に、慌てて私もそれに倣った。
「どうぞ、おあがり下さい」
「失礼します」
玄関をあがり、促されるままに私達は和室へと通された。
畳の上には既に炬燵が敷かれており、季節が移ろうのは相変わらず早いものだと暢気な事を思った。
「お茶を淹れてきますので」
そう言って、喜美代さんは一度部屋を出た。襖が閉まる音を見計らって私は御神さんに声を掛けた。
「やっぱり、かなり疲れてるみたいですね」
「無理もないだろう」
着ている服や背筋が伸びた佇まいを見ればまだ若さを保っているように感じられたが、こけ気味の頬と白髪の目立つ頭髪は、年老いて訪れたものではなく急激な心的負担によるものだろう。
愛情を持って育てた息子に先立たれる。しかも、良くも分からない不明瞭な死で。
自分ならばどんな感情を持つだろう。少し想像しただけでも、いたたまれない気持ちになる。赤の他人である私でさえ痛みを伴うのならば、当の本人はどれだけの痛みを抱えているのか。それでも痛みを堪え、協力してくれた彼女には感謝の念が絶えない。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
急須に入った緑茶からはほんのり湯気が立ち昇っていた。
「寒いでしょう。炬燵入れましょうか?」
「ああ、いえいえおかまいなく」
喜美代さんの申し出を御神さんは丁寧に断る。確かに肌寒さはあるが、炬燵を入れるほどのものではない。
「この度は、心からお悔やみ申し上げます」
御神さんが再び頭を下げる。何度もこういう場面を経験してきたのだろう。その所作や言葉運びには一つのよどみもなく、それでいて故人を労り遺された者への配慮も十分に含んだものだった。
「直樹に、何があったんでしょうか」
必ず出てくるだろうと予想していた言葉が、思っていたより早く喜美代さんの口から吐き出された。
当然の疑問だ。一度は正当な警察が動きながらも、まずそもそも内原直樹の死が事件なのか事故かすらも明かされていない。不可解な死はそのまま影裏へとバトンを渡された。
ここに来て、どう答えるべきなのか私には分からなくなっていた。やり取りは僕がするからとこの場に関しては御神さんが全てを背負ってくれる事になっているが、自分なら彼女になんと言葉をかけるか。
息子さんは死人に殺されました、なんて言えるわけもない。まだそうと決まったわけではないが、私がこの事件で今まで見てきたものは、既に常識を超えている。はいそうですかと、素直に受け入れられるはずもない。
「内原さん」
御神さんは静かに語りかけた。




