(2)
「不可能?」
次沢兼人の死体から目を逸らした私の世界は、二人のやり取りと無機質な床だけになっていた。頭がぐらぐらしながらも、御神さんから話だけでも聞いておくようにとやんわり釘を刺された身なので、せめて耳だけは働かさなければと二人の声に集中した。
「ああ、不可能だな」
「……まさか」
「察しが相変わらず早いようだな」
何かを察した御神さんの声には驚きが滲んでいる。
一体どういう事なのか、私は置き去りのままだ。しかし、そのあり得ない結果について、私もすぐに知る事となった。
「ああいう指紋はたまに見かけるが、どうもいまだにひやっとしちまうんだよな」
「死人の手、ですか」
「久々だわ。温度のない指紋。しかし、今回はどういう事なんだろうな」
「――死人の犯行」
「どうかな。見せかけだけかもしれん」
「そうですね」
「おかしな事件はたまに紛れ込むが、この世に存在しないものが誰かを殺すなんてのは、やっかい極まりねえ」
「……いずれにしても、死人の手の意味を探らないといけないですね」
「ま、そうなるな」
「また、宜しくお願いします」
「へいへい」
まるで世間話の調子でさらさらと流れる会話。しかしその中身はあまりに突拍子で奇怪で荒唐無稽だ。必死についていこうとしていた思考はあっけなく振り落とされる。
――死人の手? 死人の犯行?
二人は真剣に一体何を話しているんだろうか。いい大人が真顔で話すような内容ではない。顔は見えていないが、その真剣さは声だけでも十分分かる。
――これが影裏?
分かったようなふりをしていたが、私はまだ身を持って分かってはいない。肌で感じてはいない。
だが今初めて、影裏というものに肌を撫でられた気がした。
異質で、すんなり受け入れる事をよしとしない現実が拒絶した世界の一端。
こんな所に私がいていいのか。いや、いて大丈夫なのだろうか。
こんな事に巻き込まれなければ死ぬまで知る事もなかったはずの世界に、私は浸蝕され始めている。
――どうなるの、この先。
事件が解決したその時、私はまともでいられるのだろうか。