(1)
「おはよう。よく眠れた?」
「お陰様で」
「そりゃ良かった」
ゆったりとコーヒーを啜る御神さんの姿は、その一つ一つの所作、細い女性のような綺麗な手のおかげで無駄に優雅に映る。ふいに、こんな人が何故影裏なんて怪しい場所で刑事行為に勤しんでいるのか、強烈に疑問を感じた。
「はーあ。それで、どうするんです?」
「まだまだ分からない事は多いけど、昨日の結果から何者かの意志が働いている気はするね。おそらく事件と考えていいんじゃないかな」
「事件ですか」
「事件の目線から、堅実に攻めていこうと思う」
「堅実ですか」
「ちょっと、オウム返ししてるだけじゃないか」
「そうですか」
「ちょっとその”ですか”を一旦やめようか。ゆとりさん」
はふうとやる気のない息を、私はこれ見よがしに吐き出して見せる。
「そのゆとりさんって呼び方やめません? 私美樹ってちゃんとした名前があるんで」
「自分で言ったんじゃないか。それにこっちの方が呼びやすいし、何よりしっくりくる」
「馬鹿にしてます?」
「褒めてるんだよ」
最近御神さんは私の事をゆとりさんとかゆとりくん、と呼んでくる。
確かにゆとり刑事とは自分で名乗ったが、そんな呼ばれ方をすると、世代の犠牲者みたいな言われ方で気に食わない。
別にゆとらされたからゆとっているわけじゃない。ゆとりたいから、ゆとっているのだ。そこらへんを一緒にして欲しくないのだ。
「やる気ゼロみたいだね」
御神さんの言葉は時折容赦ない。その癖声音が優しいから余計に際立って私の心にしっかりと沁み込んでくる。
「だって、解決出来る気がしないですもん」
まあそんな御神さんにも慣れ始めてきてはいるが。
「どうして?」
「どうしてって? だって白鞘さん言ってたじゃないですか。犯人を捕まえるのは不可能だって」
「ああ、言ってたね」
私にとって検死室での白鞘さんの言葉は決定的であり、予想外であり、驚愕のものだった。
検死官という人間がそんな事を口にするのも、刑事という存在がそれを当たり前のように受け入れている事も、全てがあり得なかった。
「死人が犯人だなんて、完全に詰んでるじゃないですか!」
全くもって、私はなんでこんな事に巻き込まれてるんだろうか。