(4)
「悪かったね」
検死室を出て開口一番、御神さんは謝罪の言葉を口にした。それに対して私は何も言えず、顔を下げるだけだった。
「事前に言ってたら、一緒に来てくれないだろうと思ったから」
「そりゃそうですよ……意地悪です……」
「そういうつもりじゃないよ」
「じゃあ、どういうつもりだったんですか?」
「免疫」
「免疫?」
「多分まだ死体は出るだろうからね」
「……」
その言葉は私の心を一層暗くした。
検死室での二人の会話。
死人は二人。でもこれは、物語で言えば序章。
私は心底後悔していた。
梅﨑先輩から渡された、影裏案件なんてものに関わってしまった事を。
私が御神さんのお手伝いから解放されるのは、まだまだ先になるかもしれない。
*
「地上にいながら窒息死。外傷なし。首を絞めた形跡もなければ抵抗の跡もなし」
「不思議ですね」
「全くだ。その場で全身氷漬けにでもされたかのような殺され方だな」
「自殺ではない?」
「おめえも分かるだろう。こんな自殺の仕方あり得ねえよ」
「殺されたと考えてもあり得ないですけどね」
「よく言うな。今までいくつもの奇怪な殺人を目にしておきながら」
「殺人と証明できるものが?」
「ねえな」
「うーん……」
「が」
「が?」
「一個だけ、強烈な証拠が残っている」
「証拠ですか」
「ああ。何者かの指紋が残ってる」
「指紋ですか。確か、第一発見者の田口という男が彼に触れていますが」
「もちろん、そいつじゃない。別のだ」
「それは少し、強烈ですね」
「だろ?」
「その割には、あまり表情が浮かないですね」
「強烈なんだけどな、解決には程遠い」
「照合は?」
「今かけてる。だが駄目だろうな」
「どうしてですか?」
「犯罪歴がある奴の犯行じゃねえだろ、こりゃ」
「確かに、ですね」
「それによ。この指紋、かなり気味が悪い。普通じゃねえ」
「どういう事ですか?」
「この指紋の主が犯人だってんなら」
「……」
「こいつを捕まえる事は、不可能だな」
*
「疲れただろう? 送っていくから、今日はゆっくり休むといい」
「え、そんな。まだお昼時ですよ」
「動ける元気が残ってるなら、別にいいけど」
車中に戻って御神さんからそう言われると、ずしりと重しでも乗せられたような胃の重さと全身の気怠さは否定出来なかった。
死体に囲まれるなんて慣れない環境にいたせいで、精神的に応えているようだ。
「……じゃあ、御言葉に甘えて」
御神さんの言う通り、今日はとりあえず、もうゆっくり休もう。




