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凍り鬼  作者: greed green/見鳥望
二章 死人の手
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(3)

「うっ……」


 雰囲気。空気。その場を支配する目に見えないものに圧迫される感覚。肌に触れる空気が冷たく感じるのは気のせいではないのだろう。

 四方の壁には等間隔にいくつもの正方形が区切られ、そのそれぞれの中心には奥に眠る者を引きずり出す為の取っ手が備え付けられている。

 

 途端、背筋を何者かの指でなぞられたようにぞくりと寒気が走った。

無数の正方形の奥に眠る者。そこには、様々な死者達が格納されている。

 この部屋が冷気に満ちているのは、決して保存上の都合で温度を下げているだけではない。死して温度をなくした者達から溢れる空気が、この場を支配している。


 薄暗い部屋の中央には、人一人がちょうど寝そべる事の出来る担架が一台存在していた。担架は薄い緑のシートで覆われているが、隆起したその形からシートの下に人だったものがいる事が窺える。


 目が回ったかのように、視界がぐにっと曲がった。

 並行を保つ事を放棄した体が右にぐらりと傾いた。そのまま成す術もなく床にたたきつけられるかと思ったが、その体がぽすっと傾斜を保ってその場に止まった。

 

「大丈夫、じゃなさそうだね」


 横に立っていた御神さんの手が私を支えてくれていた。


「すみません、なんだか、急に気分が……」


 言葉を発すると少しだけだが気分がましになった。ぐらついた体を自力で戻すだけの力は取り戻した。


「まあ数ある初体験の中でも、死体に囲まれるなんてのはなかなかに強烈な部類だわな」


 日々死者と向き合う白鞘さんは、まるで昨日のテレビ番組の事を話すような軽い口調と笑顔を私に向けた。

 どれだけの死体と向き合えば、こうも笑えるようになるのだろうか。到底私には無理だと思った。


「安心しな。今から見せる死体はまだ初心者向けだ。後生おめえさんを苦しめるようなパンチの効いたもんじゃねえ」


 そう言って白鞘さんは親指で緑のシートを指差した。


「あれが、次沢兼人ですか」

「次沢……?」


 つぎさわ。その名前はつい最近目にし、耳に入れたものだ。


「最初の犠牲者、ですか」

「そう」


 御神さんが言っていたヒントとはこれの事か。

 確かに、事件を紐解く上では必須の材料だ。材料なんて言い方はよくないかもしれないが。


「ほいじゃ、とりあえずご尊顔を」


 白鞘さんがはらりとシートを捲る。

 思わず私は目を逸らした。だって死体なのだ。死んでいるのだ。

 人は生まれ必ず死ぬ。常識ではあるが、日常ではない。人の死を真っ直ぐ見つめる覚悟を決めてきたわけでもない。

 

 怖い。

 単純にその感情が私の目を死体から遠ざけた。


「確かにこれは、まあ初心者向けだ」


 御神さんの手が私の肩を優しく叩いた。


「ほんと、ですか……?」

「でも、君には無理だね。後ろを向いておいた方がいい。それか目を瞑っておく事だね」


 御神さんの声は柔らかかった。

 その優しさがかえって、やはり死体というものが生きている者にとってどれだけ異質で、強烈なものであるかを心に植え付けた。


「なんだよ。刑事ならこれぐらい見ておくべきだろう」


 白鞘さんの声は咎める程強くはなかったが、呆れをはらんだものだった。

 

「いいんです。彼女、ゆとり刑事ですから」

「そうだった」


 はっはーとまた快活な笑い声があがった。


「まあ、見なくてもいいからさ、僕達の会話ぐらいは聞いておいてよ」


 その言葉は優しさにも感じられたが、期待はしていないとはっきり言われたようにも思えた。


 頑張るつもりはなかった。

 けど。

 少し悔しいなと、気付けば自然と私は唇を噛んでいた。


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