(2)
私の歩幅など気にせず意外と早い足取りで進む御神さんは、地下駐車場に向かい一台の車に乗り込んだ。車種はよく分からないが、流線型のスタイリッシュなスポーツカー。色は当然の如く黒だった。
ドアの開け方もよく分からない私がおろおろしているのを穏やかな笑みでしばらく見つめながら、御神さんは人差指を上にたて上下に軽く振って見せた。なるほどと思い、取っ手を掴み上にあげると、ドアがぐわんと扇のように開き私を出迎えた。
「すごいですね。女子とかイチコロで持っていきそうな車」
「プライベートで女性は乗せないよ。仕事用だから」
「仕事用? そんなもったいない」
「自分で運転して移動するなんて、そんな事仕事以外では面倒くさくてごめんなんだ」
「はあ」
なんだか自分にはよく分からない感覚だった。
車はブオンと生きのいい音を鳴らし、颯爽と道を駆け出して行った。
途中、どこへ行くんですかと至極まともな質問をしてみたが、「死にたくなかったら運転中は話しかけないでくれ」と言われてしまい押し黙るほかなかった。
死にたくなければなんて仰々しい物言いをするものだから、レーサーの並の走りでも見せてくれるのだろうかとも思ったがそう言う訳ではなく、むしろスポーツカーの性能を持て余すばかりの安全運転だった。
私の想像でしかなかったが、おそらくあまり運転は好きではないし得意でもないのだろう。だからこそ運転中の集中力を妨げられたくない。そういう意味での発言だと思う事にした。
そしてBGMもない沈黙の走行を続けておよそ三十分。車は一つの建物の前で停止した。
「大学病院?」
「そう。おそらく、これから何度もお世話になる所だ」
水落大学病院と書かれた巨大な施設に向かって私達は歩き出した。何度もここへ足を運んでいるのだろう。御神さんの慣れた足取りは、目的地へと一直線に向かうように地下の階段を下りて行った。
やがて行き着いた場所は「第一ラボ」」と書かれたプレートの部屋の前で、ノック一つもせずに御神さんは扉の先へと体をくぐらせた。
「失礼します」
御神さんの透き通った声が室内に響きしばらくすると、奥の方から白衣を着た男性が現れた。
「あ、真ちゃん。早速来たね」
「またお世話になります」
気さくに話しかける男性とは対照的に、御神さんは深々とお辞儀をした。
「この方、検死官の白鞘太一さん」
御神さんから紹介を受けた白鞘太一という男性に対しての私の第一印象は胡散臭いだった。白衣こそ着ているものの、銀色の短髪、がたいのいい全身、浅黒く日焼けした肌、かっと笑った口元から見えるびっかびかの白色の歯。検死官というよりチャラけた中年サーファー、もしくは何をしているかは分からないが懐豊かなどこぞの若社長という方がしっくりくる。
「お、何真ちゃん。こんな若い娘連れてきて。結婚のご報告かい? あ、それとも俺に紹介してくれんのかい?」
なんて事だ。想像を裏切らないこのチャラさ。
思わず苦笑いがこぼれた。
「あ、ちょっと君ー。呆れないでよー。冗談だよ、冗談。な、真ちゃん」
「相変わらずお元気ですね」
慣れっこの御神さんはそんなチャラさ全開の白鞘さんを素直に楽しんでいるようだった。
「こちらはゆとり刑事の安部美樹。現場に関してはずぶずぶの素人ですが、今回の事件のお手伝いをしてもらう予定です」
「どうも、ゆとり刑事です」
ぺこりと挨拶をしてみせると、白鞘さんは「ゆとり刑事って何だよ」と快活な笑い声をあげた。笑われているというのに、その笑い声が快活すぎて私の気分は不思議と悪くはならなかった。
「じゃあ、早速ですけど」
「ああ、例のね。うん、けどなあ……」
「何か?」
「まあ、とりあえず奥行こうか」
白鞘さんに連れられ、私達は歩を進めた。