記念日
「なんか最近、集中力なくなってきましたよね」
ある日の朝、部下の一人が唐突にそんなことを言い出した。
「・・そう見えるか」
「見えます見えます!ちょっと前まではバリバリ働いてたのに、ミスも多くなってきて!」
他の部下達が伏し目がちになる。誰も不平不満をもらさないが、きっと内心皆同じ気持ちなのだろう。
「・・・実はな」
「どうしたんですか?心当たりでも?」
一つだけ引っ掛かることがある。あまり関係無さそうだが・・・。
「・・・最近、妻の作る料理が苦いんだ」
「へ?」
部下が訳が分からないという顔をする。
「え、それって、仕事の能率が悪いのと関係あるんですか?」
俺もほとんど関係ないと思ってんだけどな。しかしこいつ、きっぱりと能率が悪いって言いやがったな。
「どうかは分かんないけどな。」
「いや、ありませんよ!てか、あるわけないでしょう?」
部下が顔の前で手をひらひらさせて否定する。大袈裟な奴だ。
「とにかく!しっかり仕事してくださいよ!」
それだけいうと、奴はさっさとデスクに戻った。他の奴らは、そんなこいつを尊敬と恐怖が入り混じった目で見ている。・・なかなかいないからな、上司にあそこまで大胆に言える奴。
結局その日は仕事の能率が悪いまま、9時に切り上げて帰路に着いた。
「ただいまー。」
「あ、お帰りなさい、あなた。」
普段どおり、何げない会話。苦くなっていく料理も、やっぱり俺の勘違いなんだろう。
「今日はとっておきよ!いい食材使ったんだから。」
妻が嬉しそうにいった。
「ん、あれ?今日何かの記念日だったっけ?」
「そうよ。大事な記念日。」
あれ?今日記念日だったか。全く覚えてなかったな。
「ごめんよ、プレゼントも買ってこれず。」
「いいわよ別に。さぁ、支度支度!(ポトッ)」
ん、妻のポケットから何か落ちたな。
俺はそれを拾い上げた。
「・・これは、日記?」
メモ帳ぐらいの大きさ、古びた日記だ。
「どれどれ・・」
『9月10日 今日はハンバーグを作りました!』
そこには、独特の丸字で献立が書かれていた。
10日と言えば・・7日前か・・。そういえばこの日は久しぶりにハンバーグだったな。
「何だ、ただの料理日記か。」
良かった。そう思って何気なくページをめくった。
すると、
『実は、○○をいれたんだけど全然気づかれなかったなあ。』
補足のように、謎の言葉も書いてあった。○○って・・これ、まさか・・!
必死に記憶を掘り起こす。確かこれ、有名な、ど、毒薬・・・ ?
確かに毒薬だ。しかも、かなり遅効性、それでいて、致死量もかなり多い・・・。
するとその時、日記の中から一枚が破れて抜け落ちてきた。
「なんだこれ・・。」
拾い上げて見る。と、そこには大きく、こういうふうに書かれていた。
『9月17日 殺人記念日』