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遥かなる火の鳥

作者: 瀬川潮

 ラジオによると、火の鳥が隣り町まで来たという。

 マンション五階にある自宅の窓を開けると、確かにぼうぼうと燃える火の鳥が見える。一羽は上空を旋回して火の粉をまき散らし、一羽は高いビルの上にとまり、羽根を休めている。町は火の海。我が町に目を転じると、通りは避難する人でごった返している。

「一体、どこに逃げるやら」

 佐々木陽二はそれだけぼやくと窓から離れ、それでもやはり避難の準備をする。

「火の鳥は大量発生して、今や世界は滅亡の危機に瀕しているというのに」

 ふと、ばかばかしくなって避難の準備をやめてしまった。

「どうせ滅亡するなら、好きなことをするさ」

 陽二は趣味のハーモニカを吹きながら死ぬことを決意した。

 ハーモニカを取り出す間に、ラジオから新たな情報が流れた。

 自衛隊の凍結弾が火の鳥を撃ち落としたというのだ。

 しかし、すぐさま続報が入る。

 消火されて落ちた火の鳥は、町の炎に包まれて復活した。まさに火の中から蘇る不死鳥だ、とのことだ。

「そりゃそうだろ」

 ハーモニカを取り出した陽二は、冷たく言い捨てた。

 そもそもこの火の鳥。どこぞの戦争の戦火の中から生まれ、火を吐き、その火の中から別の火の鳥が生まれるという、急速な異常発生をしたのだ。火を全て消さない限り、火の鳥は根絶やしにできないだろう。すでに国土全焼という地域もあるようだ。

「もう、情報は必要ない」

 陽二は、ラジオを消した。せっかく最後のハーモニカを吹くのだ。ラジオの音は雑音でしかない。

 ハーモニカに口をつけると、息を出しながら首を振って全音域を確かめる。

 雑念が無い良い音が出たせいか、わずかに頬を緩ませる。

 そして、一心不乱に吹いた。

 目をつぶり、上体を曲に合わせて揺すり、魂を込めて。

 だから、陽二には羽ばたきの音も聞こえなかった。

 彼がその存在に初めて気付いたのは、曲が終ったときに「ブラボー。おお、ブラボー」の声を掛けられた時だった。

 声が聞こえる方を向いて、陽二はぎょっとした。なんと、開け放したままの窓に、小さな火の鳥がとまっていたのだ。

「お前の曲、気に入った。俺のために吹いてくれるのなら、俺の背中に乗せてやってもいい」

 さらに陽二が驚いたことに、この火の鳥はしゃべれるし、交渉もするようだ。

「はは、お前のために吹いてもいいが、俺はお前に乗ったとたんに焼け死ぬじゃないか」

 陽二、笑う。

「なぜ気に入ったものを燃やさなければならないんだ。今は燃えない火をわざわざまとっているから、怖れる必要は無いぞ」

「燃えない火なんてあるわけ無いだろう」

 なるほど、町が気に入らないから市街地ばかりを燃やすのかと納得したが、燃えない火の方に突っ込んだ。

「証拠に、この可燃物は燃えてないではないか」

 火の鳥は、自分のそばにあるカーテンに首をしゃくる。確かに、燃えてない。

「もし燃えないにしても、お前の大きさじゃ俺は背中に乗れんぞ」

「わざわざここにとまるために小さくなっている。ほれ、はやく俺の背中に乗る決心をつけんと、焼け死ぬぞ。もう、俺の仲間の火の手がすぐそこまで来てるんだからな」

 そういう火の鳥の背後で、この町が燃えていた。

「分かった。どうせ、ハーモニカを吹きながら死のうと決心したばかりだしな」

「俺のために吹いてくれるんなら、死なしゃしないよ」

 陽二は、ベランダに出て大きくなった火の鳥の背中にまたがった。

「じゃ、行くぞ」

 陽二を乗せた火の鳥は、燃える町を後に空高くはばたいた。

「おい、一体どこへ行く気だ」

「まずは、空高くだ」

 陽二の問いに、火の鳥はそれだけこたえた。

「ほら、来た。間一髪だったな」

「え?」

 それだけ言った陽二だったが、直後に短く「あっ!」と息を飲んだ。

 何と、大津波が迫ってきているのだ。

「そうか、急激に地球全体の温度が上がって、極の氷が解けたのか」

 寄せる怒涛は、またたくまに町を飲みこんだ。

「おいっ、ほかの火の鳥はなぜ逃げないんだ!」

 町と一緒に、次々と水に飲まれる火の鳥を見て、思わず陽二は声を荒げた。

「火の鳥は火の中でしか生きられないんだ。どのみち、雨も降るだろう。火は確実に消えるよ。そうなりゃ、俺みたいに上空に避難しても末路は一緒さ」

「それじゃあ、お前達は一体何のために生まれたんだ。突然生まれて、いきなり大量発生して、そして一気に全滅か」

「火ってのはそもそも、そういうもんじゃねぇのか。生まれたら、燃え尽きるまで命を全うする。俺みたいにぶすぶすと燃えつきねぇヤツの方が珍しいはずだぜ」

 火の鳥は、当たり前のことを聞く陽二を哀れむように言った。

「それより、なんでお前はしゃべれるんだよ」

「お前のハーモニカを聞いて人の心に触れたから、じゃないか。俺にとってみれば、お前が火の鳥語をしゃべってるような気もするがね」

「……」

「まあ、深く考えてもしょうがないぜ。……おっと、ほとんど陸は残ってねぇじゃねぇか」

 火の鳥の言う通り、日本はほぼ沈没していた。

「よし。あの島に降りてやるから、そこでハーモニカを吹いてくれ」

 そう言って火の鳥は、もとは山だった場所に着地した。周囲が見渡せるほどの小島で、ほかに誰もいない。

 そこで、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。

「ち。のんびりする暇もねぇ。すまんが、俺はもう仲間の所へ行く。見送りにハーモニカを吹いてくれ」

「おい。仲間のところって、仲間は全滅したじゃないか。一体どこへ行くつもりだ」

「言ったろう。火の鳥は火の中でしか生きられないんだ。せめて、仲間が沈んだ場所に少しでも近い場所で死にたいね」

「おいっ、人も同じだ! 人も人の中でしか……」

「おっと、約束だ。俺はもう行く。お前は、ハーモニカを俺のために吹け」

 陽二は素直にハーモニカを吹いた。

 目をつぶり、上体を曲に合わせて揺すり、魂を込めて一心不乱に……。

 火の鳥は嬉しそうに羽根を広げると、そのまま飛び立った。

 直後に、雨脚が強くなり土砂降りになった。

 白く煙る空に向かって、陽二は雨に濡れるに任せ、ただただ、ハーモニカを吹きつづけた。



   おしまい

 ふらっと、瀬川です。


 他サイトの比較的縛りのきつい競作企画に出展した旧作品です。

 「大量発生もの」企画だったと思います。「何かが大量に発生する」、「その何かによって人類はほぼ滅亡する」、そしてあと一つ、比較的緩いお遊びのような縛りがあったはずですが思い出せません。

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