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鏡花水月と周辺理論  作者: 伊勢谷 明音
竜神少女と時刻みの瞳
8/10

1 竜神少女と奴隷の首輪

二章です

 この大陸は広大だ。人間が踏破できたところなんて、全土の半分でしかない。険しい山々や奥深い洞窟、そして何やらよくわからない金属で出来た遺跡など、人々は寿命の限りその未知に挑み、命をちらしていった

 そういった人間が知らない場所には大概先住民がいるものである。彼らは自らの領地を守ろうと、人間の侵入を拒み続けるのだ

 木の生い茂った山にはそこで生きるのに適した進化をした獣人や、桃源郷と人々が呼ぶ所に隠れている長命種。洞窟には狭いところで住めるように身長が低くなったドワーフがいる

 彼らは亜人と呼ばれて、国によっては全く人里で見かけることが不可能であった。大陸西側に位置しているソレスト王国などはそれが顕著で、亜人が現れようなら物珍しそうに見られる。そして、彼らを奴隷として持つことは貴族にとってとてつもないステータスでもあった

 奴隷、彼らは罪を犯した時に平民から格下げされる。しかし、罠にはめられてその身分になったものもいる

「食事をおもちしました、ごしゅじんさま……」

 特に、罠にはめられるのは人間の世界を知らず、縄張りを飛び出してきた亜人が多かった

 この長命種の少女は、山奥に1人で居たところを旅人に捕まえられたのだった。彼は長命種が高く売れるのを知っていたから貴族のところへ連れて行き、売り払ったのだ

 そのままだと少女はまだ奴隷じゃない。だから、貴族は使用人を通じて少女を罠にかけた。彼女が屋敷のものを盗んだように仕立てあげたのだ。重大な物の盗みをしたとして彼女は奴隷へと国から正式に認められ、自らを陥れた貴族に付き従うのである


 しかし、悪いことをすれば罰が下るものだ。彼女を伴って馬車で町から町へ移動していたその貴族は途中で山賊に襲われた

「坊っちゃん! 護衛の兵たちが次々と……ぐっ!?」

「じ、爺!」

 執事として貴族に仕えていた彼は腹から剣を生やし、その場に崩れ落ちた。今、ここで生きているのは貴族と奴隷の少女、そして山賊だけだった

「貴族の馬車は金目の物が多いなぁ」

「お、あそこにいるのは長命種。しかも竜神族じゃあないか。それも幼いとなるとその手の輩に高く売れるか?」

「違いねえ」

 ガハガハと笑う山賊たち。それに震え上がり失禁している貴族の男であったが、自分でそれに気がつくことはなく、奴隷の少女を盾に「こいつをやるから命だけは……!」と命乞いをするのであった

「へえ、それは魅力的な提案だ」

「ほ、本当か! なら」

 貴族の男は懐から少女が自らの奴隷であるという証明がされたカードを取り出す。そして、羊皮紙を取り出すと奴隷の譲渡を確約した文を書き、印鑑を押してからそれらを少女に強引に持たせてこう言った

「こ、これでアンタ達のものだ!」

「でもさ、助けてやるとは言ってないよな?」

「え」

 そしてそれが彼の最後の言葉となった

 思わず竜神族の少女を手に入れた山賊たちは、首をはねたばかりの男の身体を踏んづけて、そして首を蹴鞠のように蹴り飛ばしながら、その日の収穫を祝う

 竜神族、それは神話の時代に突如として現れたと言われている、竜の角と尻尾を生やした亜人だ。成長するとそこらへんの旅人でさえ歯が立たなくなる程の力を手に入れるのだが、奴隷の首輪の効力により、たとえ成人したとしても虐げることができるのだ

 大体200年以上生きると言われており、奴隷として貴族たちに数代も仕えることになってしまった者もいる。売れば一生どころか何回かの人生を遊んで過ごせるだけの金が手に入るために、山賊たちはもめることもせず、売って手に入れた金を山分けしよう、と楽しげに話すのだった

「と、頭領! あっちからものすごい勢いで走ってくる馬が! 人が乗っています!」

「何人だ!」

「2人です!」

 その報告を聞いてリーダーの男は安堵する。なんだ、2人か、と。ならば十人以上もいるこちらが断然有利。蹴散らしてくれる、と

 だが、続いてなされた報告に彼だけでなく、山賊たちは全員戦慄した

「ぎ、銀髪の男と女……」

「う、嘘だろ! あの旅人か!?」

「はい! ここの周辺であんな容姿の二人組は他に居ません! 一月ほど前から有名になったあの二人組です!」

 勝ち目がない、逃げろ! と山賊たちは尻尾を巻いて逃げようとし始めた。馬に次々に乗り、戦利品を持てるだけ持って、そして少女を連れて走りだすのだった

 しかし彼らは次の瞬間には絶望する。彼らが逃げ出した方向が一瞬光ったかと思うと、一匹の黒い、そして大きな狼が現れたからだ。凶暴そうなギラギラと光る黄色の瞳を山賊たちに向けて、狼は吠えた

「ひ、ひぃ!」

 そうして彼らは恐怖で固まった馬を乗り捨てて、錯乱しながらも逃げ出そうとする。だが、そんな無様な姿を見せていても彼女らは容赦をしない。銀の少女が手を振るうと同時に、山賊たちの周囲に轟々と燃える炎が現れた

 そして、逃げ場を失った彼らに通告する。投降せよ、お前らは完全に包囲されている、と

 銀の少女、シルヴィアは戦意を完全に失って、うなだれている縄でしばられた山賊たちをその場にあった貴族の馬車にぎゅうぎゅうに詰め込んだ。宇迦之が馬を操り、脱走しないように見張りをヘリオスにまかせ街に運ぶことにした

 そして、シルヴィアは召喚した馬に乗り街へと一足先に帰るのであった。ついでに山賊に捕まえられていた奴隷の少女を連れている。年は7,8くらいだろうか、ひどく怯えた様子だった彼女をあやしながらシルヴィアは考える

 襲われていたのは貴族の馬車だった、そしてこの子の主だった貴族は殺されて山賊に捕まったのだろう、と。どう見てもこの子は長命種の竜神族、おそらく売り飛ばされそうにでもなっていたのではなかろうか

「奴隷かぁ」

 奴隷の首輪をつけている少女についてシルヴィアは思案する

 現代日本人的感性からすれば奴隷というものに忌避感を感じるし、それにどう見てもこの子が重大な罪を犯したようには思えない。おそらく嵌められて奴隷に身を落としたのだろう

 少女の持っている奴隷証明書と何が書いてあるのか彼女にはわからない印鑑が押された羊皮紙、それを見ながらシルヴィアは呟く

「とりあえず、奴隷を開放する方法を調べないと」


 ヴェンダーの街について、彼女は真っ先に旅人組合へと顔を出す。ここにやってきて一月が経ち、少しずつだが彼女は街に馴染んできた。金も貯まって、今は小さくはあるが部屋を借りてそこを拠点としている

 竜神族の少女を伴って現れたシルヴィアに、周囲の人間は注視した。ただでさえ目立つ彼女が、それよりももっと見かけない長命種の子どもを連れてきたのだ。興味を持たないほうがおかしかった

「お爺さん、オーク討伐の依頼を取り消しでお願いします。先ほど貴族の馬車を襲った山賊を発見、捕縛しました。宇迦之が今彼らを見張っています」

「了解したよ。で、そこの女の子は?」

「おそらく貴族の奴隷だったのでしょう。山賊に捕まっていたのを保護しました。これを」

 少女から受け取っていた奴隷証明書と羊皮紙を受付の老人に手渡す。ここの文字を勉強してはいるものの、一月やそこいらではまだ自由に読むことは出来ないからだ

「モレノ・S・シーヴァ男爵の奴隷としてここに証明する、か。そしてこちらは彼の印鑑が押された奴隷譲渡を認めた紙だ。正式な書類として機能する。これを私に手渡したということはこの少女を君のものにしたいという意思表示として受け取って構わないね?」

 えっ、とシルヴィアは声を上げる。受付の老人はニッと笑って彼女に耳打ちをする。どうせ君はこの女の子を開放しようと思っているだろう? なら今は君の奴隷としておけば後々楽になるだろう、と

 なぜそれを、とシルヴィアは驚愕するが、それを口にだすことなくペコリと頭を下げるのであった

「正式に君の奴隷となるには少しだけ時間がかかる。一週間経ったら奴隷解放の鍵と、所有権を示したカードが発行される。出来上がったら手渡すよ」

「ありがとうございます」

 不思議そうにして二人のやりとりをながめていた竜神族の少女。その様子に気がついたシルヴィアは少女の視線に合うように屈んで

「しばらくしたら君は自由になれるんだよ」

 と言った。そして聞く、君のお名前は? と

「りゅうき。わたしの名前は龍姫りゅうき

「そっか。私はシルヴィア。シルヴィア・ローゼンベルグ。よろしく、龍姫ちゃん」

 さらさらの金髪に蒼いまんまるな瞳。ちょこんと生えた角は可愛らしく、尻尾は髪と同じ金色の鱗だった。成長したならば美人になるだろう、とシルヴィアは想像する。その名の通り、竜の姫に相応しい容姿と言えた

 そうして話しているうちに後からやってきた宇迦之が組合へと到着する。組合の裏方が彼が運んできた山賊達の身元を確認して報告する

「最近貴族の馬車ばかりを狙って襲っていたメメリア・ウォスキーとその一味です。指名手配されていました。お手柄ですね、シルヴィアさん、宇迦之さん」

 それを聞いた組合に居た旅人たちがどよめく。これで彼女らの大手柄がまた一つ増えたのだ

 先のヘリオスの一件、そして一月の間の依頼達成率や今回のこれを含めたならば、間違いなく旅人ランクはCにアップするだろう

「ほほう。なら私は先程の一式と今回の件、上に報告しておくよ」

「ええ、お願いします」

「ああそれと、私の伝手を使ってその子の親を探しておいて上げよう」

「感謝します、お爺さん」

 もう一度深く礼をしてシルヴィアは龍姫と伴ない、宇迦之と共に組合を出るのであった。そして外に出てから思う、あの老人は一体何者だろうか、と。竜神族に知り合いがいるかのような物言いだった

 この世界にやってきてからのはじめての友人、レイもその正体を測りかねているらしい。だが、彼は昔あの老人が旅人であったというのを聞いたことがあるという

「お姉ちゃん、お姉ちゃん」

 不意にくいくいとシルヴィアは龍姫に袖を引っ張られる

「お風呂入りたい」

 そう言う彼女は、よく見なくても土や血に汚れていた。よくよく考えてみれば山賊に囚われたり、その前に主人だった貴族を殺されていたり、汚れるような出来事ばかりだった。貴族は体裁を重んじるために、彼女を常に清潔にしておいた。そのために今の汚れたのが嫌なのだろう

「そうね、じゃあお風呂に入ろうか」

 手を引いて家に帰る。辿り着いたらすぐに浴室に向かうのだった。シルヴィアは家探しをする上で、唯一条件を設けていた。それは風呂である。九尾の狐である宇迦之を周囲の目を気にせず洗いたかったがためのそれであったのは彼女だけの秘密である

 少女の汚れた衣服を脱がし、同じく自分の服も脱いで浴室に入ろうとした。だが、それに気が付き龍姫に聞く

「これって……?」

「ん? うーん、わかなんない。気がついたらあった」

 少女の胸元、そこには黒く、痣のように人間の目が描かれていた

「そっか」

 シルヴィアはその文様に、どこか引っ掛かりを覚えながらも、少女の身体を洗うのであった

 そう言えば、と彼女は考える。状況的に目の前で人が殺されていてもおかしくなかったのに、この少女は平然としているな、と。竜神族は肉体だけでなく精神面も人間より強いのかもしれないな、と推察するのであった

少し短いです、後日修正します

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