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鏡花水月と周辺理論  作者: 伊勢谷 明音
鏡花水月は街を行く
6/10

6 騎士団長は目覚める

「はい二人目」

「ぐっ……!」

「おいおい、さっきまでの威勢の良さはどこに行ったんだい? 騎士さんよォ」

 ヘリオスは次々と騎士を追い詰めていく。彼は他の者からマゾと呼ばれていはするが、戦闘狂の気があると言われるほど戦闘行為も好きではある。否、もともとは弱いものいじめをすることによって悦びを得ていた、いわゆるサドでもあった

「三人」

 彼にとっての今は、とてつもなく至福の時間とも言えた。明らかに自分より格下の相手と手を抜きながら戦い、畏れさせるという快感。そして、ここに来てから今までやってきた色々な『悪いこと』に対する説教への期待。そのどちらも彼にとってはとても素晴らしく、魅力的なものであった

「四人だ。残りはアンタだけだぜ、リーダーさん?」

「くっ!」

 連れてきた部下たちを全員気絶させられ、武器も壊され無力化されてしまった。目の前の敵は今まで戦ってきたどんな敵よりも強力かつ凶悪であった。アルスの心にはひしひしと絶望の影が忍び寄っていく。だが、彼にも誇りがあった。そんな絶望に負けない強い誇りが。だから彼はここで尻尾を巻いて逃げることをせず、毅然と目の前の凶悪な敵に1人であっても立ち向かおうと、震える足に喝を入れるのだった

「でも、私は貴様を倒す」

 アルスは剣を構えてヘリオスに突進する。ありったけの魔力を込めた必殺の魔法剣、いままで困難を乗り越えてきた彼自慢の技。持てる全ての力と、出来る限りの足運び。実力以上の力を発揮した彼の魔法剣は、確実にヘリオスを捕らえた――かに思えた

「まだ遅えよ!」

 彼が斬ったのは唯の黒い影、即ち残像。目にも留まらぬ早さで一瞬のうちに横へと飛び退いたヘリオスは、アルスが反応できるであろうギリギリのタイミングで襲いかかる

 剣を振り下ろした体制のまま反応した彼は横薙ぎにそれをまた振るうが、その途中で強大な力に阻まれ、剣はピタリと止まってしまった

 その理由は簡単、ヘリオスが剣をその鋭い歯で食い止めたのだった。強大な顎の力に挟まれてミシミシと音を立てるアルス自慢の剣は、次の瞬間には粉々に砕け散ってしまった

「なっ――」

「俺の歯は頑丈だぜ? リーダーさんよ」

 呆けた体制のまま突っ立っていた彼の身体は、次の瞬間にはヘリオスの体重が十二分に乗った頭突きにより吹き飛ばされ、密集している木の一つにぶつかり轟音を立てた

 そしてヘリオスは気配を察知する

「来たか」

 アルスが倒れている方向のその先、そこには人間の限界を越えた早さで自らに近づいてくる人型の影が見えた

「あの鎧は――アルス・B・マードックか!」

「ド派手にやられてますね。でも、気絶しているだけです。周囲に倒れている彼の部下だろう人たちも同様です」

 やってきたのはシルヴィア、宇迦之、レイの三人だった。そしてヘリオスの姿を視界に入れたレイはその凶悪さをにじませる闘気と、惨状を見て驚愕する。まさか、動物にこのような闘気を漂わせるものがいるとは、と。周囲の騎士団の安全確保をすることは難しいだろう、けれども自分と宇迦之の二人ならば――そう考えていたが

「ヘリオス、お前一体何をやっているの?」

 そう言葉を発したシルヴィアに硬直する。彼女のその台詞はどうも知り合いに話しかけるようなそれに聞こえてならなかったからだ

「あの狼を知っているのですか?」

「昔、アレが調子に乗っているときに一度懲らしめてからの間柄です。もう人様に迷惑をかけないように調教――いえ、教育を施したはずなのですが」

 割りと物騒な事をさらっとシルヴィアは言う


 彼女とヘリオスの出会いは中々にありふれたものだった。彼女が駆け出しの召喚士サモナーだった頃から少し経ち、中堅どころとしてある程度の敵と渡り合っていた頃の話だった。イベントにおいてボスキャラとして登場したのが彼、ヘリオスだった

 最上位に君臨するレア度を誇る彼を是非手下にしようと様々なプレイヤーたちが彼に挑んだ。しかしながら、最終的に彼を手に入れることができるのはラストアタックを決めた者のみ。そういう仕様だった。シルヴィアはその時に運良くラストアタックを決めることで彼を手下に加えたのだが、その後が中々に厳しい物があった

 それは、彼の性格である『やんちゃ』、『凶暴』が原因だった。テイムしたはいいが、一週間以上彼に構っても中々にシルヴィアに対する好感度が上がらなかった。だが、そういう性格のモンスターを手懐ける攻略方法はすぐに教えてもらえた

 即ち、子犬に対する躾のように上下関係をはっきりさせる。それだけだ

 シルヴィアはマスターである権限を使って彼を弱体化させて徹底的に教育を施した。犬にやるようなお手からおかわり、その他諸々を。最初は全然従わなかったが、そういう時にある程度の攻撃を加える事で渋々従わせるようにした

 結果、彼は性格に『従順』が加えられるほどに調教――もとい、教育されて今に至るのである

「またお仕置きが必要なようですね。宇迦之、レイさん。手出しは無用です」

「心得ました」

 シルヴィアはてくてくとヘリオスの目の前へと歩み寄る

「あ? どうした女。命が欲しけりゃ近寄るな、喰うぞ?」

(喋った、だと)

 レイは困惑するが、口に出さない。それほど目の前の光景に釘付けになっているからだった

 大の男、それも騎士団の団長を任されるような男が一方的に嬲られた光景、それを見ても物怖じせずに狼へと近づいていく少女に畏敬を覚えたからだった

「お仕置きです、ヘリオス。もう一度お前の上に立つものが誰なのか、その身に刻みなさい!」

 彼女がそう云うと同時にヘリオスが突進する。先ほどアルスを十数メートル吹き飛ばした、その勢いよりももっと恐ろしいそれを、彼女は正面から向かい撃つ

 右手人差し指をすっと差し出し、そして

「な!?」

 その次の瞬間の光景にレイは驚愕した

 ピタリと、先程一気にスタートダッシュを切ったはずだった巨大な狼の身体は止まった。彼を止めたのは一本の指。それを額にピタリと押し当てて完全に威力をかき消したのだった。彼女の指先は仄かに光っており、何かしらの魔法が発動しているのが見て取れた

 そしてそのまま彼女は腕を持ち上げる。それと同時にヘリオスの身体が持ち上がっていき、ついにはシルヴィアの目線より上にその身体が移動した。無論、それに無抵抗な彼ではないが、生憎足をじたばたさせているように見えるだけで、滑稽な光景だった

 ぶん、とシルヴィアは腕を横薙ぎに振るう。霞むほどの早さで振るわれた腕、それと連動してヘリオスの身体は一気に横へ発射された。風を切りながら吹き飛ぶヘリオス、そして彼は先程のアルスのように木へ衝突し、地面に伏した。しばし置いて気が折れて倒れていく

「ぐっ、ふ――」

「誰が倒れていいと言いましたか?」

 シルヴィアが腕を突き出し、今度は手のひらを発光させる。そして再び宙に浮いたヘリオスの身体は彼女の腕の動きに連動して森の中のありとあらゆる物にぶつけられるのであった


 為す術も無く、己等を蹂躙した獣が1人の少女にいいようにされている光景を見て、最初は夢かとアルスは思った。美しく長く伸びた銀髪、指揮棒を振るうように動かされる白魚のような手。美しいその姿に見惚れてしまっていた

(私はまだ、生きているのか……?)

 ぼんやりとした意識、まだヘリオスによって受けたダメージが残る身体で見る光景は、今まで見たことのない不思議なものだった

 彼にとって、彼女は救世主だった。どうしようもない敵、自らの誇りとプライドを粉々に打ち砕いた敵をいともたやすく良いようにもてあそぶその姿

「女ァ、このままで済むと思うなよ……」

「まだ言葉を発する元気がありますか。残念ですね、私の教育が心に響かないだなんて」

 ギャウン、と鳴き声を上げながら地面に叩きつけられる獣。それを行っている少女の姿。しかしながら、彼はどこかとても激しい攻撃に晒されているはずのヘリオスが悦んでいるように見えた

(頭を、打ち過ぎたか)

 薄い意識の中、ただ彼が見続けているのは支配するものと、いいように弄ばれるもの。その二つだけだった

(……っ?)

 そして、彼は内心に変化が起きたのを感じる

 もやもやとした思い。永遠につづくと思われる少女に依る蹂躙を見ながらも、いいやそんなはずはないと必死に否定する。しかし、その思いは抑えきれずについに言葉に出てしまうのであった

「――――しい」

 鳴きながらも悦ぶ狼の姿、それを見た彼の思いは希薄だった意識を現実に引き戻し、全身に力をみなぎらせた!

 そしてついによろよろと立ち上がって、叫ぶ

「羨ましいぞ! 犬!」


――瞬間、空気が凍った


「え、と。……貴方、アルスと言いましたか」

「ああ」

 凍った空気の中、やっとの思いで言葉を発した宇迦之であったが、対するアルスはやけに晴れ晴れとした表情をしていた。それに若干イラっとしながらも宇迦之は続けて問う

「貴方、今羨ましいと言いました?」

「ああ、言った」

 宇迦之はその返答を聞いて頭痛を覚えたのか頭を抱える。あっけに取られていたレイと、彼の部下たち(アルスと同じようにシルヴィアの蹂躙劇の間に覚醒した)だったが、次第に彼が何を言わんとしているのか理解して再び思考を停止させる

 だが、そんな中全く変わりの無い者達が居た。シルヴィアとヘリオスだ

 シルヴィアは全く周囲の状況に気がついていない。彼女にとって現実世界になったここでこれ以上の心配事を増やさないようにと必死に調教している途中なのだから

 だが、ヘリオスはアルスの叫びを聞き届けた上で、思考は止めなかった

(リーダーさんよォ。お前もその扉を開いちまったか)

 宙を舞い、地面に這いつくばりながらもかれはアルスに視線を飛ばす。彼の黄色い瞳に込められた意味を理解したのか、アルスはゆっくりと頷く

「私も、彼女に支配されたい」

 そう言った彼を、部下は引っ張っていくのであった

 しばらくして撤収の合図が上がる。シルヴィアはどこからか取り出した縄でヘリオスを縛り、地面を引きずりながら森の出口を目指す

 今まで彼女のことをただのお嬢様だと思っていたレイであったが、今回の出来事を見て只者じゃあないなと感じた。圧倒的に敵を支配する能力と、上に立つものとしての風格を漂わせた彼女。それを思い出すだけで彼は身震いをした。その矛先が自分に向かないことに安堵する

 目覚めてしまった男、アルスは引きずられるヘリオスを羨ましそうに見ていたが、団長の務めがあると、面にはその感情を出さないようにしていた。けれども、彼を見る部下たちの視線は、どこか冷たい

「団長さん」

「は、はい! 何でしょう!」

「この犬をどうするのか、私に一任させてもらえます?」

「勿論であります!」

 その後、街に帰る調査隊であったが、誰もが馬に引きずられていく狼の姿に驚き、そして出発するまでは侮蔑の視線を投げていたシルヴィアたちに畏敬を覚えている騎士団の一部の人員を見て、何があったのだろうかと首をかしげたのであった

少し短いです。後日修正します

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