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鏡花水月と周辺理論  作者: 伊勢谷 明音
鏡花水月は街を行く
5/10

5 漆黒魔狼は彼女を待つ

 ワイバーン、伝承において竜のなりそこないとこの地では言われている生物ではあるが、生物学上は竜に分類されているらしい。どう見てもその巨体に不釣り合いな蝙蝠の羽で空を飛び、火を吹く姿は駆け出しの旅人をすくませるには充分すぎる。彼らは何故か西から移動してきたらしい。

 ワイバーンの天敵になりうる生物は上位種のサファイアワイバーンや、さらに上のクリムゾンワイバーン。そして滅多に遥か上空から姿を表さないと言われているドラゴンくらいのものだった

 国や組合が対応を模索している間にも、比較的安全と言われていた依頼を受けてワイバーンに遭遇してしまう旅人が後を絶たずにいた

「つまり、西にワイバーンにとっての脅威が現れたという認識で良いのですね?」

「はい。この国の西には森しかありません。そこは彼らの縄張りとして有名ですので、その森に脅威が現れたと考えられますね」

「森……?」

 自分たちが出てきたところじゃないかとシルヴィアは思うが、あることを思い出して口を噤む。前を行くレイが気が付かないようにそっと彼女は宇迦之に視線を飛ばした。彼は何かを察したように瞳を閉じて、首を縦に振った

(もしかして――)

 話は森で目覚めた日に遡る

 ゲーム時代の自宅だった家を出て、馬を呼びだそうとしたシルヴィアだったが、ふとあることを思い出す。設定では召喚士サモナーが仲間にしたモンスターは異空間に住んでいるという話だった。けれど、モンスターも生物。何か食べていないと生きてはいけないだろう。そこまで思い立った彼女は暴挙に出た

「とりあえずみんな、出ておいで」

 そう、所持しているモンスターを全部、召喚してしまったのである。小屋に閉じこもって宇迦之の農耕技術に頼って生きるにしても、収穫までに確実に飢えてしまう。そして、いま現在のシルヴィアに仲間を養う能力はない。従って、各々食料を調達させるようにしたのだ

『モンスターテイマーズ』においてプレイヤーが所持できるモンスターは150体。所持しきれなくなったモンスターは合成して進化させたりするのだがそこは割愛。召喚されて出てきたモンスターたちは強弱の差こそあるが、シルヴィアがプレイヤー時代に厳選して育て上げた精鋭だけであった

 無論、上限ギリギリで常時いるわけでは無かったので持っているモンスターは100体だけではあったのだが、それでも充分すぎるくらいの戦力だった

「大将! また戦いですか……って、どこですここ」

「姉ちゃん! 姉ちゃん! 土の匂いが違うぜ!」

「ふふん、また面白き事になったな小娘。まったく飽きさせぬ女だ」

 小さなものはネズミ、そして大きなものは古代竜。大小様々なモンスターたちを召喚したシルヴィアは命じた。要約すると

『よくわからない世界に転移したせいでお前たちを養うのが難しくなった。そのうち迎えに行くからそれまで自分たちで頑張って』

 である。なんという他力本願

(あー、これはきっと森に居着いた奴がワイバーン狩りまくったな)

 なんとなく察しがついた彼女は思う。もしこの状況が続くようであれば原因究明として国やら旅人組合が森に人間を派遣するだろう。そしてちょっかいを出されたワイバーンを追い出す原因となった仲間の誰かはそれらと交戦することになる

(生態系崩さないようにって厳命しとくべきだったか)

 時は既に遅しである。これは早急に森に行って、大将を気取っている誰かを回収しなければならないな、と考えた

 組合に付き、昨日世話になった受付の爺にレイが話しかける

「爺さん、ワイバーンの討伐依頼あるか?」

「レイか。いや、あれは先ほど取下げられたよ」

 まさか、とシルヴィアは思う。彼女が想像したとおり、国の対応はとても早いものであった

「調査隊が西に向かうとのことだ。いまはワイバーン討伐に変わって調査隊護衛を探しているよ」

「お爺さん、私も行きます!」

 受付の爺の言葉を聞いたシルヴィアは即座にそう言ったのだった





「騎士団、そして旅人の諸君! この仕事を受けてくれて感謝をする!」

 馬の上で1人の男が集まった一団にそう叫ぶ。誰も馬を持ってはいたが、リーダーである男が目立つように降りて話を聞いていた

「私は王国騎士団ヴェンダー支部部隊長のアルス・B・マードックである! 諸君! 今回の調査はおそらく過去最大に困難を極めるであろう!」

 ワイバーンが群れで逃げ出すような脅威。そんなものが国内、それも優秀な魔法使いを送り出す街の近くで見つかるという事態。もし街が壊滅してしまえば国の損失になるだろう。脅威を除くには先手先手が有効、そう彼は判断したのだ

「諸君らの健闘を祈る! では、いくぞ!」

 その場に居た騎士たちが訓練された動きで一斉に馬に乗る。それを見た旅人たちも慌てて馬に乗り、先行していく騎士団を追いかける。シルヴィアと宇迦之、そしてレイは中でも騎士団に次いでの早さで馬を駆り、大地を疾走していった

 宇迦之とガガの戦い、それを知っている旅人達は一見この仕事に不釣り合いに見えるシルヴィアたちを不審な目で見ることはなかったが、騎士団は違った。何故お嬢様みたいなのと戦いに縁がなさそうな優男がこんなところにいるのか不思議でならなかった

「馬の扱いも慣れているのですね」

「ええ。それにこの子達は唯の馬ではありませんよ」

 駿馬イザークとザイード。シルヴィアが乗っているのが前者で宇迦之が乗っているのが後者である。この二頭の馬は全力を出せば今先頭にいる団長を抜くことすら可能なほどスタミナと俊敏性を誇っているのだが、いまはそれを発揮する必要が無いために騎士団を追いかける形となっている

 しばらくして見えてきた森、そしてその入口について皆馬を降りる。調査隊とは名ばかりで、散り散りに森を探索するのだったが、騎士団は団体で森のなかを歩き始めた

「森の中は足場が悪いです、大丈夫ですか?」

 森の中、いままでであればワイバーンが木の上に止まり、得物を見つけては襲っていく。それは人間も例外では無かったのだが、いまは妙にしんとしている。ワイバーンに捕食されていた動物たちも逃げたのだろうか?

「妙だ、ホーンラビットの一匹すら見かけないなんて」

 レイが呟く。ホーンラビットとは角を持った兎で、突進することで敵を倒すというモンスターだ

「宇迦之」

「心得ています」

 不審がっている彼に聞こえないようにシルヴィアは宇迦之に指示を出す。森の中を魔法で探り出せと言外に込めたその言葉だったが、彼はきちんと理解したようで魔力を森中に張り巡らす。不意に襲う魔力の波、敏感な者はそれを感じて調査対象かと思いシルヴィアたちのいる方向に歩き出したりする

 間近にいたレイは勿論それを感じはしたが、宇迦之が何かをしたのだろうと思い特に何も言わなかった

「……成る程」

 魔力波で感知した、ワイバーンが逃げ出した元凶は間違いなく彼女らの仲間ではあった。しかし、その魔力波を使ったそれとの交信で何が起きたのかを察する

(彼は戦闘狂の気がありましたが……迷惑をかけるということを理解していない点ではあの筋肉男とは大違いですね)

「何かわかりましたか?」

 つぶやきを漏らした宇迦之にレイが尋ねる

「ええ、わかりましたよ。色々と」

 宇迦之がスゥっと笑みを浮かべながら言う

「戦いを望んでいるようですね、彼は」

「彼?」

 疑問符を浮かべたレイを無視するように宇迦之は方向転換して歩き出す。それを追いかけるシルヴィアとレイであったが、不意に叫び声が聞こえて三人共立ち止まる

「――――ない――――――――けて」

 声の方向はまさに、宇迦之が歩き出した方向だった

「行きます。姫、失礼」

 宇迦之はシルヴィアを抱えて駆け出す。数瞬置いてレイがそれを追いかける形となった。木の根っ子を物ともせず、湿った苔で足をすべらせること無く、風のような早さで二人は森を駆けていった


「く、くるなあああ!」

 手には砕けた剣。しかし、無傷の男は淡々と自らに忍び寄ってくるソレに恐怖を抱き、半狂乱になって叫ぶ。敵の黄色の瞳が彼を射抜き、彼は足を震わせる。本能的に勝てない、そう思ってしまうほどにソレは凶暴な闘争本能を全身から漂わせていた

「そこまでだ!」

 だが、今にも男が喰われんとしたところで止めに入る声が響く。オールバックの金髪、赤の鎧を纏った男。それは騎士団団長であるアルス・B・マードックだった。ピタッと止まったその化け物に彼は数瞬戸惑いはするが、部下を率いている手前、それを表に出すことはしない

「人語を理解するとは高度な知性があるとみえる」

「邪魔をするのか? 人間」

「っ!」

 知性があるとは思った。だが、言葉を発するとは思いはしなかった

「丁度いいところだったのによぉ。え? このままこの男が泣き叫んで騒ぎ立てる姿をじぃっと見ていればお前らも痛い目に合わなかったのになァ」

 黒い影がのしのしと忍び寄る。黄色の瞳、漆黒の毛皮。巨大な狼の姿をしたその化け物は、己をこう称する

「俺の名はヘリオス。まあ、暫くこの森の王になった狼だ」

――だから取り敢えずさァ、俺と殺ろうぜ、人間!

 ヘリオスは吠え、そしてその四本の足でアルスへと一瞬で駆ける。振りぬかれた爪を剣で受け止めたアルスは部下に指示を出す

「敵は狼型のモンスターだ! だが、現にワイバーンを駆逐している、空を飛んでも安全だと思うなよ!」

 了解、と口を揃えた騎士達は一斉に動き出す。いまここにいるのは5人。別働隊と分かれてしまったために最初に居た仲間の四分の一もいない。けれども、多すぎても仲間どうして傷つけあう結果になるのは目に見えている。そのため、援軍を呼ぶことはしなかった

「地を這え狗! ダークフォース!」

 重力魔法。それによってヘリオスは動きを緩める――かに思えたが

「そんなちゃっちい魔法で俺を止められると思うな!」

 重力波の影響外になる場所に一瞬で飛び退いてしまった。けれどもそれで十分、拮抗していたアルスから遠ざけることには成功した

「自由になったと思うな! リーフバインド!」

 風魔法。強力な暴風と周囲の木の葉を利用し、ヘリオスを封じ込めようとする。風の威力はハリケーンと同等か、それ以上。風の中心にいるヘリオスに直接ダメージを与えることは出来ないものの、渦から抜けだそうとすれば風に乗った木の葉により全身を切り裂かれるのは目に見えている

「捕らえたか?」

「な訳ねえだろ」

 え、と切り裂かれた風を見て呆然とする騎士。彼は騎士と呼ばれているものの、実際は魔法専門だった。優秀な魔法使いを生み出すヴェンダーにおいて、その中でも最も優秀と呼ばれていたはずの彼の魔法。だが、それは簡単に打ち破られた

「ったくちゃっちいなあ。ほんもんの魔法ってやつを見せてやるよ!」

 ヘリオスが吠えると同時に3つの魔法陣が現れる。空中に浮いたそれは、間違いなく騎士たちを狙っていた。込められるのは純粋な魔力

「環境破壊したら流石に叱られるどころじゃあすまないだろうからなァ……まあこれで勘弁してやるよ」

 発射。放たれた魔法弾を必死で避ける騎士たちであったが、着弾した地面は抉れ、舞い上がった森の土が彼らの頭に降り注いだ

「もういっちょ!」

 避けきれないと判断した先ほどの騎士は防護魔法を使う。しかし、それも打ち砕かれて彼は反動で吹き飛んでしまう。そして、木に頭をぶつけて気絶してしまうのだった

「くっ、よくも!」

「はい、1人。あと四人だぜ?」

 ああ、はやく来てくれねえかな、とヘリオスは思う。こうやって弱いものいじめをしているのもただひとつの理由からだった。虐めてはいるが、殺しはしない。傷もあまり負わせない。そうやって彼はある人物をおびき出しているのだ

 目の前の敵をいたぶっているのはそれまでの時間稼ぎ。そう、目的のあの人はもう気がついている。糞狐が自分のいる方向を察知しているのだからもう時期来るだろう

「ああ、楽しみだなぁ。これだけ悪いことをしたんだ。あの人はどうやって俺を叱ってくれるんだ?」

 そう言ってワクワクしているヘリオスは、誰も気がついていないがブンブンと尻尾を降っていた。そう、彼はただ単に目的の人物から叱られたいだけだったのだ。人はそういう感じで叱られたがっている人間をマゾと呼ぶ

 叱られて、悦ぶ。そんなヘリオスは他の仲間からはこう呼ばれていた。マゾ犬、と

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