4 戦闘狂男は成長する
翌日、レイは旅人組合に顔を出した。と、いうのも昨日の様子から見てシルヴィア達が同じチームに、と勧誘を受けるのが目に見えていたからである。組合の扉を開くと、彼の想像通りの光景が広がていた
「俺達のチームに入ればすぐに稼げるぜ!」
「いいや、こっちの弱小チームよりも俺達と一緒のほうが」
「お嬢さん、こいつらに連れて行かれたら何されるかわかりません、ここは私のチームに」
困った表情で助けを求めているシルヴィア。そんな彼女の前に立って勧誘をすべて断る宇迦之。ああ、これは助け舟を出したほうがいいな、と思うレイ。だが、こんな中でどうやって助けを出せばいいのやらと悩んでいたら、あちらのほうから声をかけてきた
「レイ殿、おはようございます」
「おはようございます。ずいぶんと人気なようで」
「姫の容姿に惹かれた有象無象の輩ですよ。私としては足手まといにならないか心配で」
宇迦之がそう云うと同時に周囲が殺気立つ。彼らも一応自分の力に自信を持っている旅人。ぽっと出、それも狙っている絶世の美少女の側にいる宇迦之に言われて不愉快にならないはずがない
「ずいぶんと手厳しいですね。どうです? 俺はあなたのお眼鏡に叶いますか?」
「さて、どうでしょう? やりあってみないと分かりませんね」
うっすらと笑みを浮かべる宇迦之。ああ、この人分かっててやっているなとレイは思う。彼としては自分たちの実力を誇示して唯の雑魚を近寄らせたくないのであろう
と、そう考えていると野太い声が響く
「ようよう、優男風の兄ちゃん。ずいぶんと俺達の事を莫迦にしてくれちゃって」
ぬっと現れたのは筋肉隆々のそこいらの成人男性よりも頭一つや二つは軽く越えるくらいの高さな男だった。その姿を見た周囲の人間が囁く。あれはBランクのガガだ、と。
ここにいる人間の中でおそらく最も強い部類であろう彼は豪快に笑いながら言う
「どうよ、旅人でも上位ランクの俺様と一緒に一狩りしようや」
「お断りします」
「つれねえなあ……」
あごひげを撫でながらガガは呟く。彼は本気で勧誘はしていない。彼が求めているのはそんな生易しいものではなく、もっと豪快でスカッとできること。それは
「なあ兄ちゃん。こんだけの人間から勧誘されて断るだなんて――よっぽど、自分の実力に自信があるんだな?」
不意にドスが聞いた声を響かすガガ。そう、彼は戦いを望んでいた。それも、自分よりも強い男との真剣勝負を。本能のままに戦い、本能のままに喰らう、そんな男は理解していた
――この男、強い
と、昂ぶる戦闘欲を抑えることもせずにギラギラとした目を宇迦之に向ける
「もちろん、自信ありますよ」
「ならよ、分かりやすく決めないか?」
ニィっと笑ってガガが言う
「俺と兄ちゃんが戦って、俺が勝ったら俺のチームに入ってもらう。兄ちゃんが勝ったら好きにする。どうだ?」
「姫、どうします?」
「どうするもこうするも、ここまでお前が話を引っ張ってるんじゃん。私全然喋ってすらないよ」
不満そうにそう云うシルヴィア。実際、彼女はこの世界に来てからあまり他人と会話をせず、全部宇迦之に取り決めさせているようなものだった
「も、申し訳ありません」
「まあいいでしょう。宇迦之、ぎゃふんと言わせなさい」
自らの主の許可が出て、彼は恭しく頭を垂れた
「心得ました」
「決まりだな! じゃあお前らもこれでいいな?」
宣言するガガに周囲の人間は心のなかで呟く。アンタの取り決めに反論したら潰すんだろ? と。身の程を弁えている旅人たちは、勝てるはずもない相手の宣言に渋々従うのだった
戦闘狂のガガ。そう呼ばれる男は、その名前に等しいほど戦いが好きだった。戦いが好きで好きで好きでたまらず、強いと言われる者が現れたらそれが誰であろうと正面から正々堂々と突っ込んでいくような脳筋野郎だ
「いいねぇ、痺れるねえ、この闘気」
目の前に立っている細身の長身、宇迦之を見て彼は呟く。巨大な斧を担ぎ、仁王立ちしているガガに対して宇迦之は何も持っていない、無手だった。だからといってガガは遠慮はしないし油断もしない。総じて魔法使いというものはそういう戦闘スタイルなのだから
魔法使いと言っても、その実体は純粋に魔法勝負をしかける後衛型と、肉体強化を主軸に置く前衛型の二種類がある。無手だったとしても魔法で実体化させた武器を扱う場合もあるので油断ならない
「行くぜ」
ニヤリと笑ってガガは突撃する。地面を刳りながら突進する彼は、無意識のうちに魔力を使い身体を強化していた。習っても居ないのに身体が自然とそうする。彼は自分が魔法を使えていることに気がついていない
雄叫びを上げながら突進してくるガガを見て、漸く宇迦之は構える。左手を付きだし、右手を腰に。振りかぶられた斧に向けて狙いを定める
「ふっ!」
全力で降ろされる敵の凶器。鈍重そうな身体に似つかわぬ速度で振るわれたそれは瞬く間に宇迦之の頭上に振り下ろされようとする
その瞬間、レイの優れた目は彼の拳に纏わりつく硬質化された魔力を見た。属性魔法とは違う、純粋な魔力の塊。彼はそれを斧にぶつけようと言うのだ
「はあっ!」
交差――硬い金属同士が破裂するような音を響かせて彼らの力は拮抗する。かに見えた。実際は衝突の瞬間、僅かに力負けしたガガが弾かれる斧の重量を利用し、それを支点に一回転して後退する。勢いで削れた砂が煙となって足元を漂う。だが、それをかき消すような速度で宇迦之が踏み込んだ
ガガの眼前に敵が迫る。近接戦闘において、重量という枷がない彼のほうが素早さ的には上回っている。だが、それは普通の肉体での戦闘においてだ
「ガガ、初めて彼を見たが、無意識の肉体強化――一流の魔法使いに劣らないとも言える」
「速度を殺さないように足に重点を置いて、それでいながら全身にも張り巡らされた強化魔法。仮に今の宇迦之の攻撃が通ったとしても、それと筋肉でほぼ無力化される」
レイとシルヴィアが冷静に分析をするなか、ギャラリーは湧く。皆、旅人として武力で金を稼ぐような人種だ。目の前の一瞬の交差だけでもどれだけの力のやりとりが行われたのかが直感で理解できるのだ
前回の自らよりも疾く、懐に踏み込んでくる宇迦之。だが、黙ってやられるようなガガではない。とっさの身体の捻りで致命的とも言える威力の拳を間一髪で避けた。しかし、元は獣の宇迦之、勢いで倒れた身体を、地面に突いた両手で支える。そして拳と同じく強化したその脚でガガを襲う
「やるね、兄ちゃん」
ガガは戦いを楽しんでいた。ああ、これだ、こういうのとやりたかった――!
「意外だな、アンタ広範囲殲滅が得意じゃあなかったか?」
一呼吸。互いに距離をとって言葉を交わす
「別に、近接戦闘が苦手とは言ってません」
「なるほど、な!」
先程よりも疾く、疾く! ガガの勢いは増していく。それに呼応するかのように宇迦之は徐々に魔力を開放して力を顕してく。稲妻の如き速度で交わされる拳と斧。魔力を直接叩きつけている宇迦之に対して、斧はその保護がない。故に、限界はじわじわと近づいてくる
そしてついに、斧が割れた
「チィッ!」
「終わりです」
「いいや、まだだ!」
無意識は加速する。もっと目の前の敵と撃ち合いたい! その思いがガガの拳に魔力を纏わせる。不意に身体に湧いた力、それを不思議に思いつつもガガは拳を打ち付ける
「っ!」
一撃、初めての一撃が宇迦之に入った。頭を狙われた攻撃を左腕で彼はガードした。そして、終わりは唐突に来る
ピタリと止められた宇迦之の拳。それはガガの胸元の直前で止められていた。ガードと同時に振りぬかれた拳がガガに当たる直前、宇迦之の意思によって止められたのだった
「どうです? 降参、しますか?」
「……ああ」
レイは驚愕していた。ぱっと見、いまの交差で不利だったのは宇迦之の筈だった。だが、実際はガガが負けを認めた
「成る程」
よくよく見ると、宇迦之の右拳に貯められていた魔力が一気に発動状態へと変わっていた。その気になれば凝縮された魔力の結晶が魔法となり、ガガの心臓を撃ちぬいたに違いない。それを理解して彼は降参したのだ
「感謝するよ、兄ちゃん。俺はこの戦いでまた強く慣れた」
「明らかに前とは違う、成る程危機に瀕することで覚醒する勇者タイプの人間ですね貴方は」
「ガハハ、よく言われるぜ」
宇迦之の細い手と、ガガの毛むくじゃらで巨大な手ががっしりと組まれる
「兄ちゃん、ありがとよ」
「いいえ、貴方のお陰で自分がどれだけかが図れました。感謝します」
「へっ、いつかは本気の兄ちゃんとやりあいたいが――果たして生きているうちに出来るか」
そして、一気に歓声が上がった
「お疲れ様」
「いえ……あれがBランクですか。戦い始める前、彼があの強さだったならば殺してしまっていたかもしれませんね」
Bランク、つまり最上の強さのガガを相手に手加減をする余裕があった宇迦之、レイはそんな彼が本当はどんな強さを持っているのかがとても気になるのだった
「まさか倒すとは思ってもいませんでした。これは俺とチームを組みましょうと提案しようとしていたけれどやめときましょうか」
冗談めかしてレイは言うが、シルヴィアはいいえ、と言う
「私たちはあまり物事を知ら無さ過ぎます。出来れば色々とご教授して頂きたいのでチームを組んで頂きたいのですが」
「……は?」
うんうんと頷くシルヴィアと宇迦之。それを見てレイは惚ける。自分よりも確実に強い宇迦之、そしてそれを従えるシルヴィアにこちらからチームを組もうとお願いすることはあっても、相手からお願いされるとは思ってもいなかった
けれど、とレイは考える。彼らに付いて行けばもっと強くなれるかもしれない、と。だから彼はこう答えた
「では、よろしくおねがいします」
「ええ、では早速依頼を受けに行きましょうか」
ニッコリとシルヴィアが笑いながらそう言う。あれ、と思いながらレイは宇迦之を見るが、彼は戦いが終わった後だというのにピンピンしている。もしかしたら大変な人とチームを組んでしまったかもしれないな、と思いながらレイはちょっぴり後悔をするのであった
そんな内心を知らないシルヴィアは、未だ戦いの興奮が醒めないギャラリーをかき分けながら組合へと向かう
「レイさん、私達に相応しい依頼とかってどういうのでしょうか?」
Bランクを倒しておいて何を言うか、と思いながらもレイは答える
「あなた方なら何でも出来ると思いますね。手始めに突然増えてきたワイバーンの討伐とかでも良いのではないでしょうか?」
「突然増えた?」
シルヴィアが不思議な顔をして尋ねる
「組合に緊急の募集がかかっているのですよ。何故か西からワイバーンが群れでやって来たと。それだけでは害は無いのですが、一部商人を襲うようなのが出ているらしいので、街に接近するのを討伐して欲しい、とのことです」
天変地異の前触れでしょうかね、とレイは呟くのだった